02)紅珊瑚のラペルピン1
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ドーソン前侯爵のお別れの儀が行われたのは、小雨が降る日だった。傘をさすほどではない柔らかな雨は、しかしそれでも日差しを遮ることで冬の終わりらしい寒さを際立たせ、参列者は一様に外套を纏っている。
エリオスも騎士団の正装にこれまた団の正式な外套でもある濃紺のマントを纏い、右腕に控えめな喪章を付け、後ろの方で目立たぬように並んだ。
さすが先の大戦の英雄。王弟殿下や王太子をはじめとする王族の方々や、現役大臣や騎士団のお歴々と、錚々たる面子か居並ぶ。まだ爵位も継いでいないエリオスのような若輩者が参列するには烏滸がましくも感じるが、父伯爵が領地にいる今、父の名代として、また騎士団に籍を置く者として静かにその死を悼む。
学生時代の武術鍛練の際に英雄から声をかけてもらって、らしくもなく赤面して動揺したことをしみじみと思い出しながら、各々がドーソン前侯爵が眠る棺にお別れの花を捧げる様子をぼんやりと眺めていた。
「やぁ、来てたんだね」
騎士団の連隊長に声をかけられ、はっと意識が覚醒する。
「連隊長。すみません、ぼんやりしていて」
「いいよ、こんな日だからね、考え事もするよ」
連隊長もエリオスと同じ騎士団の正装に身を包んでいる。彼はそのままエリオスの隣に並び、やはり祭壇の様子を眺めていた。
「立派な会ですね」
「そうだね。リシャール殿、白銀貨の手紙を受け取ってから、ものすごく精力的に旧交をあたためていたんだよ。騎士団にも何度か顔出してたし」
連隊長は少しだけエリオスの方へ身体を寄せ、声を潜めて手紙の話をしてきた。
今日、ここに来てからもあちこちで「白銀貨の手紙」という単語が囁かれているのをエリオスは聞いた。誰もが小さな声で、それでも隠すわけでもなく手紙のことを話している。
「そうですね、お姿を拝見しました」
エリオスは手紙については触れず、ドーソン前侯爵が騎士団へ来ていたことに対してのみ返事をした。
「僕のとこにも来てくれてね、ほら、大戦からそろそろ五十年だろ。今の騎士団の現役は小競り合いしか経験ないからさ、ちょくちょく引き締めろよって」
かくいう連隊長も三十半ば過ぎなので、大戦後に生まれている。
我が国と周辺国の連合軍が、大陸一の大帝国を相手取って戦った先の大戦は連合国側に利のある形で終戦したため、我が国は結果的に大戦前より豊かな国となった。もちろん辛酸を舐めた帝国側も相変わらず機を狙っているから、国境近くでは小競り合いもある。だが、大戦を知っている世代からしたらのんびりしたものなのだろう。
「エリオスは白銀貨の手紙、見たことある?」
「……我が家は祖父母がどちらも早く亡くなっておりますので……」
「あぁ、そうか。アレが出てきたの最近だしね」
そう言うと、連隊長は祭壇の前に置かれた棺の周囲にいる重鎮たちの一団を顎で示す。連帯長の父上の、前師団長の姿も見えた。
「うちの親父とかの年寄り連中はさ、リシャール殿は旅立つ準備ができて羨ましいって言ってたよ。遠くに嫁いだお孫さんが産んだ子どもにまで会いに行ったらしいよ」
「そうなんですか……」
妹が以前「フューエル領は遠いわね……」と、呟いていたのを思い出した。王都からは遠く離れた、海辺の辺境伯領だ。そちらまで行かれた、ということだろうか。だとしたら、あの時点では体力も気力もあったのだろう。
遠くに嫁いだ孫と、その子が産んだ曾孫に会えたのなら、手紙を出したかいがあっただろう。
若い令嬢には似つかわしくない、飾り気のない便箋にペンを滑らせる時、妹はいつも苦しそうな顔をしている。
その手紙が永い旅への支度をする者の助けになっていることを、望む人もいることを教えたいと思った。
高貴なる方、あるいは歴戦の猛者や立場のある方々が去った後、騎士団の若手が弔問の列に並ぶ。ここも何となくの序列があるが、エリオスは連隊長に連れられる形で早めにその順番が回ってきた。
祭壇の傍には、ドーソン侯爵をはじめとした家族が揃っている。ドーソン前侯爵の孫にあたる、わりと親しくしていた学園時代の先輩の姿も見えた。
沈痛な表情の先輩やその家族に対して会釈をし、エリオスはドーソン前侯爵の棺に向かい騎士の礼をとった。そして、多くの花に埋もれたドーソン前侯爵への別れと共に棺の片隅に花を供えた。黒のジャケットの襟元に飾られた紅珊瑚で形作られた花は、一面の白い花の中で浮かび上がるように鮮やかな姿を主張していた。
あぁ、これが妹が言っていた『素敵なラぺルピン』なのだな、と思い、そのピンを身に着けて旅立つドーソン前侯爵の死を悼んだ。
そして、妹の出した手紙が無事に受け入れられ、何かの役に立ったであろうことに満足した。
連隊長に挨拶をし、同僚や知り合いと少しばかりのやり取りをし、エリオスはドーソン邸を後にした。
続きを、本日午後5時30分に投稿予定です。
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