10)リュカ、帰還2 side E
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「ちょっ……こっわっ!これがリュカルディンの本気?視線だけで喉切られるかと思った」
マデレーナに対する呼び方を言い咎めたリュカの一瞥は、そこらのナイフよりよほど鋭利に研ぎ澄まされたものだった。
エリオスは、いつになく妹至上主義な乳兄弟に対して少し疲れもしたが、それ以上に上司に対して呆れた。
「あなたもわざわざリュカの嫌がることばかりあれこれ重ねて繰り返さなくても………」
「名前くらいいいだろ?」
エリオスの妹に対して、己の外叔父の名を騙った第三王子は、何が悪いのか、とばかりに気楽に返す。
「妹の呼び名についてはリュカに賛成ですし、リュカの名前については、本人が厭うているのをわざわざ重ねるのは……あぁそうですね、構ってほしいんですね。リュカはあなたにつれないですから」
「なんでそうなる!」
「あなたはご自身が思うよりずっと素直でわかりやすいですよ」
エリオスは、目の前の軽薄な貴人にため息混じりの笑顔をみせる。
学園に通っていた頃から、リュカはこの尊き人を歯牙にも掛けない。むしろ忌み嫌っているといっていい。
建前上は平等を謳う学園ならまだしも、ラインバッハ伯の次期専属となった子爵位持ちと、側妃筋とはいえ第三王子とでは立場も違うのに、相変わらずの態度だ。
パトリックは冗談口で「不敬だぞ」と言うが、実際にそこを問われれば言い逃れのしようがない程に、リュカは遠慮がなく失礼な態度をとっている。
だが、パトリック本人がそちら側からリュカに絡むことはない。
あくまでも本人を前にして、気を引きたくて嫌がらせをしているだけにしか見えない。
見てくれと立場に関わらず、随分と子どもっぽいことだ、と、エリオスはやはり呆れるしかない。
「……なぁ、エリオス。俺が騎士団辞めるときにはついてきてくれよ。ずっと一緒にいよう?」
「その件は何度もお断りしてますよね?あと、ちょっと気持ち悪い誘い方は止めてください」
毎週のように言わないでほしい。エリオスの返事は何度聞かれても否の一択だ。
エリオスの目標は、ラインバッハ嫡男の慣例通りに、ライン領に定住することを厭わない、気立てと頭が良い、できれば美人の奥さんを見つけることだ。
叶うことならば、おっとりと慎ましやかなタイプが好みだが、ライン領で采配を振るうなら、快活で肝の据わったタイプの方が合うのだろうな、と、母を思い描いた。
ラインバッハでは、結婚した嫡男は子どもが生まれる前には夫婦でライン領に帰り、爵位を継承する。
生まれてくる子どもは、ラインの土地で、ラインバッハ伯爵の嫡男として生まれてくることが大切だ。
代々の嫡男が、そうして生まれてきている。もちろん、エリオスも。
妹の話を聞いて以来、エリオスはライン領に残る言い伝えを一つずつ精査しはじめたところだ。
きっと、あれらの言い伝えには意味があるはずだから。
「俺に忠誠、誓ったじゃん?」
「そんなの、一度もありませんよ」
ラインバッハの嫡男は、王家に忠誠を誓わない。
騎士として生活するため、就任に際して儀式として王に対しての忠誠は誓ったが、それは期間限定のものだ。必要ならばいつでも破るつもりの。
「なぁ、ところで、なんで『リュカルディン』って呼ぶと怒るのさ。だって、本名だろ?」
「リュカはそれを隠していますからね。貴族名鑑でも括弧書きの補足として書かれているはずですよ」
「勇者っぽいカッコいい名前じゃねーか」
建国神話に出てくる、ラインバッハの祖と言われる勇者の名前はエルディンだ。
名付けをしたエリオスの祖父曰く、勇者エルディンの名前を半分ずつ、ラインバッハとラインセスの子に分けた、つもりだったらしい。
当然の事ながら、エリオスよりも一つ年上のリュカの名前が先に決められた。
その際に『リュカディン』だと口馴染みが悪く、何となく『リュカルディン』としてみたら、しっくりしたらしい。
そりゃしっくりくるだろうよ。英雄の名ほとんどが使われてるから。と、その話を聞いた幼いエリオスですら思ったものだ。
「むしろ、だから、なんですけどね、嫌がってるの」
幼い頃のリュカが「エリー、名前を『エルディス』に変えなよ」という提案しているのを聞くまで、リュカが自分の名前を気にしていることを、周りの大人たちは誰一人として気づいていなかった。
なにしろ名付けられたものの、リュカの名前をきっちり呼ぶ者はいなかった。
幼い子どもらしく、また、呼びやすさは何よりも勝るとばかりに『リュカ』と呼ばれていた。
リュカの発言を聞いた祖父は、それなりに反省したらしい。リュカは対外的にも『リュカ』を使っている。あの大仰な名前をわざとらしく呼ぶのは、この第三王子だけだ。
「ともかく、ウチで幼稚な嫌がらせはやめてくださいよ。リュカが不機嫌になると面倒なんですから」
今はマデレーナ成分を補充しているだろうから、他の事を『些事』として捨て置いているが。
この後、リュカが不在の間にあった出来事を相談することを思うと、エリオスは再び頭痛に悩まされる気分になった。
体調はよくなったはずなのに。
特に、今回はマデレーナが大きく関わる内容なので、リュカの機嫌には細心の注意を払わなければ。
「ところで、妹ちゃん、誰とも婚約してないんだろ?俺んとこにくれない?」
エリオスは、一瞬、思考が停止した。
何をいっているんだ、この軽薄王子は。
「ご自身の身辺の賑やかさを鑑みてください。どう考えても優良とは言えない、ご婦人に刺されても文句言えないような相手に、どうして可愛い妹を。何かの罰ゲームですか?」
「お前ね、考えてること全部口にしてるよ。まだ体調悪いの?」
「敢えてです。はっきり言わないと都合のいいように曲解するでしょ。この件は誤魔化しなしで真っ正面からお断りします」
大事なことなのではっきり伝えねば。
「妹の相手は、妹が決めます。これはラインバッハの総意です」
「おーおー、なかなかの箱入り具合だねぇ」
「そもそも。うちのマデレーナはあれでなかなかの面食いですから」
「俺もそこそこモテるぞ。それこそお前が言うように、刺されてもおかしくない程にモテる」
パトリック王子は確かにモテる。
王子としての立場、三番目という気安さ、この付加価値をきっちり押し上げる程に顔が良く、騎士らしい立派な体躯もいいだろう、と、エリオスは思う。
だが、マデレーナの好みはどうだろうか。
「殿下の見た目に関しては、まぁそうですけどね。マデレーナの初恋はリュカの父親です」
「おいおい、そりゃ、幼児の戯れ言だろ?」
「そうなんですけど」
戯れ言であろうと、マデレーナにとっての美形の基準が高いことには変わりない。
「しかし、あの秀麗な男の父親か。やはり美しいのか?」
「僕の知りうる限りでは、誰よりも美しい男でしたね。ちょっと綺麗すぎというか。リュカの方が人間味があります」
「過去形か……あぁ、思い出した。ジョシュアか!伝説の悲劇の蒼貴公子の!」
蒼貴公子、という響きは、確かにジョシュアに似合うな、と、エリオスはその姿を思い出した。光を受けると青味が際立つ濃紺の髪に、藍色の瞳。ジョシュアは父や自分と同様に《ラインの色》を持っていた。そして、対外的には青色の、ライン領の軍服を着ていることが多かった。
彼の静謐な佇まいは実に貴公子然としていた。ラインセス子爵家の当主でもあるのだから貴公子に違いないが。
「伝説と呼ぶ程に古い話ではありませんが、そのジョシュアです」
「なるほど、伝説相手は手強いな」
パトリック王子は、変わらず軽薄な笑みを浮かべている。
「マデレーナが選ぶのならば、誰でも構わないといえばそうなんですが、正直、殿下についてはあまり勝ち目はないかと」
「お前も相変わらずなかなか失敬だな」
「生身のリュカも控えてますしね。マデレーナは、そこそこの難攻ですよ、多分」
「お前は?」
「僕なんか、本気のリュカの足元にも及びませんよ」
ご存じでしょう?と、ばかりにエリオスは、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「エリオス……こういうこと、言いたくないけど。立場、わかってる?極端な話、どうとでもなるよ?」
いつもはのらりくらりとかわすエリオスが、今日はやけに切り込むからなのか、パトリック王子が焦れたように立場をちらつかせる。
珍しいな、と、エリオスは内心思う。
確かに妹の婚姻問題はエリオスにとって対外的には面倒な話題だ。
「殿下こそ、思い違いをしていませんか?もしくは、教えられていないのかもしれませんが」
妹の年齢を考えると、婚約していない状況はそろそろ世間体的にも面倒な時期かもしれない。
妹の性質を考えると、慣例通り、が理想だろう。なので単にマデレーナの気持ちが動くのをエリオスも両親も待っているようなものだ。出来ることなら、本人が「選んだ」という状況にしたい。
他家貴族からの申し込みはどうとでもなる。
王家からの申し込みも、ラインバッハとしては本来ならば他家と同じだ。だが、世間を巻き込まれると厄介だ。
なので、エリオスは太めの釘を、わかりやすく刺しておくことにした。
「国王陛下からラインバッハに送られる文書は、いつだって配慮を期待した『要請』です。『下知』はありません。先の大戦への出兵すら。意味、わかりますか?」
パトリック王子の顔から、いつもの飄々とした気安い気配が消える。
「ラインバッハのことは、あらゆることが不可侵です。たとえ、国王陛下であろうとも」
エリオスは、建国以来の王家とラインバッハ家との誓約を口にした。
ラインバッハは寝たふりをしている獅子だ。という伯父の言葉が耳の奥で聞こえた気がした。
続きは、近日中に投稿できればと思います。
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