④ ようっ! 悪友!
——なにやら様子がおかしい。
神様のもとへ戻ると、スーツを着た男性が立っている。
彼は俺の姿を見るやいなや、駆け寄り「申し訳ございません!」と、頭を下げてきた。
「山崎遼馬さん、この度は誠に申し訳ございませんでした。今回、山崎さんが亡くなった原因は、私のミスでした!」
「ミス?」
「はい。実は山崎さんと同姓同名、年齢も同じ方が病気で亡くなったんです。パソコンで、その確認作業をしている時、誤ってあなたも死亡として処理してしまったのです」
俺は呆然として、立ち尽くした。
誤って、死亡として処理?
嘘だろ。
そもそも人の命を、パソコンで管理してるのか?
「それで……」と、男性は話を続けた。
「一度処理してしまうと、あなたに死んで頂かなくてはいけないのです。しかし、あなたは若くて健康体。場所もアパート。死ぬとしたら、部屋の中での事故死しかないのです。それで、運命の糸が勝手に動き出し、ああなったのです」
では、あの事故死は偶然ではなく、作られたものだったのか。
考えてみれば、あんな間抜けな死に方は変だ。
「じゃあ俺は、どうなるんですか? このまま死んだという事で終わりですか?」
男性が眉を吊り上げて、両手を激しく振った。
「いえいえ、とんでもないです! 先ほど修正が完了しましたので、山崎さんには、生き返って頂きます」
……生き返る。
その言葉を聞いた瞬間、北川の顔が真っ先に浮かんだ。
あいつに、また会えるのだ。
俺は嬉しさを噛み締めるように、拳を強く握りしめた。
ふと神様が、コホンと咳をする。
俺は神様の方に、顔を向けた。
「今回はすまんな。稀にこういう事があるのだよ」
バツが悪そうに神様が言う。
「はあ、そうなんですか」としか、答えようがない。
「実を言うとな、こちらのミスで君が死んでしまった事、最初から知っていたのだよ。報告を受けていたからな」
「えっ、そうだったんですか!」
「うむ。それで今回、地上に降りたいという君の我儘を聞いてあげたのだよ。やはり、申し訳なかったからな」
そう言うと、神様は壁に掛けられた時計を、チラリと一瞥した。
「では、遺体が火葬される前に、早く戻りなさい。渡辺、またよろしくな」
「かしこまりました」
渡辺さんが、また案内してくれるようだ。
俺は、渡辺さんの方へと歩き出そうとして、ふと足を止めた。
気になった事を、神様に尋ねてみる。
「あの……生き返った時、俺の記憶って消えてるんですか?」
「いや、消えていないし、わざわざ消す必要もないだろう。君がここで見聞きした事を話したとして、誰が信じる?」
「まあ……確かに」
「ふむ、ではまたな」
またな? ああ、いつか俺が本当に死んだ時に、再び会うからか。
俺は神様と、スーツの男性に頭を下げると、渡辺さんの背中について行った。
まずは、地上へと降りるらしい。
白い光に覆われると、再び俺達は地上へと向かった。
その間、俺は渡辺さんと沈黙でいるのが気まずくて、話しかけてみた。
「渡辺さんも、知っていたんですか? 俺が処理ミスのせいで、死んだ事を」
「いえ、私も山崎さんと同じタイミングで知りました」
相変わらず、無表情で応える渡辺さん。
だが、少しして彼女が初めて、笑みを浮かべた。
「……お身体を大切に。長生きして下さいね」
その笑顔に、俺はドキッとした。
また会いたくなった。
だが、渡辺さんに会うという事は、また死んでしまったという事だ。
それは、もう嫌だ。
一瞬で芽生えた恋心は、一瞬で枯れ果てる。
やがて俺達の真下に、一軒の家が見えてきた。
なんだか見覚えのある家だった。
「あれ? この屋根は……俺の実家?」
「はい。山崎さんの遺体は現在、ご実家に安置されています」
「そうなんですね」
俺達は家の屋根をすり抜け、線香の匂いが重々しく漂う和室へと、降り立った。
遺体となって眠る俺の傍で、父と母、そして小学生の弟が涙ぐんでいる。
ここでも霊体である俺の姿は、家族に見えていないようだ。
俺は、白装束に身を包んだ自分の遺体へと近づいた。
怖くはなかった。
ただ、不思議な感じがするだけだった。
「身体を重ね合わせれば、蘇るはずです」と、渡辺さんが言った。
俺は頷いた後、最後に渡辺さんに礼を告げた。
「色々と、ありがとうございました」
「いえ。こちらこそ、この度は申し訳ありませんでした。それでは」
「はい……」と言って、俺は遺体に身体を重ねた。
吸い込まれていくような感覚だった。
——木目の天井が見える。
すすり泣く声も聴こえる。
腐敗防止のドライアイスが冷たい。
しばらくの間、俺の頭はボーっとしたが、意識がハッキリするとガバッと跳ね起きた。
その瞬間「うっぎゃあぁぁぁ!」と、側にいた家族が、悲鳴を上げて逃げ出した。
バタバタと、襖に隠れる三人。
……まあ無理もないか。
少しして弟が、ひょっこり顔を出して微笑んだ。
「お兄ちゃんが生き返ったよ!」
弟の声に導かれ、両親も恐る恐る、顔を覗かせた。
俺は立ち上がり、白装束のまま玄関へと向かう。
そして外に出る前に、家族に一言。
「俺、生きてるからね! 大丈夫だから! それより、ちょっと出掛けてくるよ!」
俺は家族の困惑をよそに、外へと飛び出した。
すぐ近くに、あの公園があるからだ。
公園に着くと、ベンチに座っている男を発見。
もちろん北川だ。
俺は、嬉しくて嬉しくて、全速力で駆け寄った。
その勢いのまま、ドカッと飛びつく。
激しく地面に転がる、俺と北川。
「いってえぇ……なんだよ!」
北川は、砂で汚れた頭を抱えながら、ゆっくりと半身を起こした。
次の瞬間、北川はギョッとした顔で俺を見た。
「えっ? うそっ……山崎?」
「ようっ! 悪友!」
柄にもないが、俺は北川を、強く強く抱きしめた。
「本当、お前はどうしようもない悪友だよ、この野郎! これからも、ヨロシクなっ!」
おわり