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俺の悪友  作者: 岡本圭地
3/4

③ 本音



 俺は改めて、自分自身に気合いを入れた。


 そっと背後から、北川の首に両腕を巻きつけると、持ち上げるようにクッと締め付けた。


 格闘技の試合で使われる、スリーパーホールドというやつだ。



 以前、北川とプロレスごっこをした時、この技で気絶させた事がある。


 北川は、俺の腕を掴んで、ぐえぇぇと悲痛な声を漏らした。



 そんな北川を見て、刑事が心配する。


「どうした? 大丈夫かね? とんでもない顔をしてるけど……」



 やがて北川は、ぐったりした。


 いわゆる〈落ちた〉というやつだ。



 俺は両手で、気絶した北川の目を開かせ、口も動かせた。


 北川が喋っているように見せるためだ。



『大丈夫です。何でもないです』


「急に声が変わったね。凄いハスキーなんだけど」



 しまった。


 北川に似せようと、低い声を出したつもりが、しゃがれた声になってしまった。


『いや、蜂が飛んできて、口の中に入ったんです。飲み込んでしまって、喉を痛めたんです』


 焦った俺は、メチャクチャな言い訳をした。



「蜂が? それでさっき、苦しそうな顔してたのか。大丈夫かね?」


『大丈夫です。それより、僕が犯人です』



「は?」


『山崎を殺した犯人です』



「……どうしたんだね、急に」


『金を貸してくれない山崎に腹が立って、こっそり部屋に忍び込んで、包丁で刺したんです』



「君、自分が何を言ってるのか、分かってるのかね?」


『分かってます。すこぶる冷静沈着、清々しいほど意識がハッキリしてます』



「……お金を貸してくれないから、殺したの? そんなにお金に困ってたの?」


『俺、死ぬほどギャンブル好きなのに、死ぬほどギャンブル弱いんです。色んな人から金を借りまくっている、救いようのない男なんです。ケツを拭いた便所紙以下の人間なんです』



「いやいや、自分を卑下しすぎじゃないか?」


『いえ本当に、地球上で最低の生き物なんです。ゴミクズ野郎です。それに比べて、山崎は素晴らしい友人でした。お金は貸してくれませんでしたが、カッコよくて大らかで、聡明な人でした。そんな彼を殺してしまい、罪悪感に苦しんでいるんです』



 刑事が首を捻る。


 釈然としない様子だ。



「……でも君は山崎君が亡くなった時間、ネットカフェにいたじゃないか」


『あれは、アリバイ作りのための影武者です。知り合いに、俺のふりをしてもらったんです。ネットカフェの会員カードも、事前に渡してあるんです』



「えっと……じゃあ、君が犯人なんだね? 罪を認めるんだね?」


『もちろん! 今すぐ、逮捕して下さい、早く!』



「ちょっと、落ち着いて」


『時間がないんです! 早く俺をブタ箱に、ぶち込んで下さい! 無期懲役にして下さい!』



「本当に、どうしたの君? でもまあ、そこまで言うなら署に来てもらおうかな」


『はい! すぐ行きましょう、張り切って行きましょう!』



 刑事が立ち上がった。


 俺は急いで、意識のない北川の身体を持ち上げようとした。


 刑事の後ろを歩くようにして、警察署まで運ばなくてはいけないからだ。



 こいつは小柄だが、それでも五十キロはあるだろう。


 うまく歩いているように運べるか、少し不安になった。



 その時、ふとベンチの隅にある、マジックで書かれた落書きに目が行った。


 俺がそれを見つめていると、刑事が、相変わらず腑に落ちない顔で訊いてきた。



「北川君、これが最後の確認だよ? 本当に君が、山崎君を殺したんだね? 絶対に間違いないんだね?」


 俺は慌てて、北川の声を真似た。


『まち……』


 あれ? 声が出ない。



 ……間違いありません。


 そう言いたいのに、俺の口からは息が漏れるだけだった。


『ま……ち……』


 あと少しで北川を犯人として連れて行けるのに、なぜだ? なぜ声が出ないんだ?



 あれ? 涙が出てきたぞ。


 なぜ俺は泣いているんだ?




 ……いや、本当は分かっている。


 さっき、ベンチの落書きを見たからだ。



 それは〈最高の友、YR&KN〉という、恥ずかしい文字だった。


 YRは山崎遼馬、俺の事。


 KNは北川直樹。


 俺達が仲良くなった三年前に、二人で書いたものだ。




 ……確かに北川は最低、最悪の男だ。


 だが思い返してみれば、北川と過ごした三年間は、楽しかった事も沢山あったではないか。



 ふざけて自転車に二人乗りして、勢いあまって交番に突っ込んだ事もあった。


 その時は警察官に怒られて大変だったが、まるでコントみたいだと、後になって二人で腹を抱えて笑った。



 北川がコンビニで、熟女のエロ本を盗んだ事もあった。


 逃げながら俺に渡すもんだから、二人揃って店員に追いかけられる羽目になった。


 町内を駆け回りながら、俺達は一体何をやっているんだと、大笑いした。


 あんなに笑ったのは、生まれて初めてだった。



 あいつといると、毎日がスリルに満ちていた。


 次は何をやらかすんだ? と、いつも期待していた。


 本当に、馬鹿でどうしようもない奴だったが、最高に愉快な友だった。




 ……そうなんだ。


 俺は今、やっと気付いた。




 本当は北川を犯人にしたかったんじゃない。


 恨みを晴らしたかったわけじゃない。



 本当は……本当は……最後に北川に会いたかったんだ。


 ただ、それだけだったんだ。



 止めどなく、涙と鼻水が溢れた。


 唇が小刻みに震える。



 霊体なのに、胸が締め付けられるように痛い。


 痛くて痛くて、堪らない。


 北川との沢山の思い出が、次々に蘇るからだ。



 しばらく感傷に浸っていると、刑事が怪訝な顔で問いかけてきた。


「どうしたんだ? 君が山崎君を殺したという事で、間違いないんだね?」


 俺は涙を拭くと、息を整えて答えた。


『……すいません。ちょっと頭が混乱してしまって……。本当はやってないです。山崎を殺してません』



 刑事は安心したように、表情を緩めた。


「まあ、そうだろうね。分かってたよ。君達は凄く仲が良かったみたいだからね。そんな大親友が急に亡くなったりしたら、ショックで気が動転するのも仕方がないさ」


『はい……あまりにも情けない事故死だったし。山崎が可哀想に思えて……すみません、お騒がせしました』



「いや、こちらも悪かったよ。まだ心の整理がついていない時に、色々と訊いてしまって。今日はもういいよ。また何かあったら、連絡するよ」


『はい……』



「では、失礼するよ。今日はありがとう」


 そう言うと、刑事は行ってしまった。



 俺は気絶した北川の身体をベンチに寝かせて、側に座り込んだ。


 ふう……と深い息が出る。


 すっかり力が抜けてしまった。





「山崎さん。お時間です」


 いつの間にか、背後に渡辺さんがいた。



 そうか、もう一時間が経ったのか。


 俺は何も言わず立ち上がり、渡辺さんの顔を見て頷いた。



 ほどなくして、白い光が降り注ぐ。


 その光に包まれると、俺達の身体は浮き上がった。


 あの世へと戻るのだろう。



 ふと北川が「うぅ……」と唸りながら目覚めた。


「……あれ? 刑事は? どこ行った?」


 何も知らない北川は、周りを見回している。


 俺はクスッと笑った。



 やがて北川は、ベンチの落書きに気付いたようだ。


 しばらく凝視した後、震えた声を出した。



「山崎……なんでだよ……なんで死ぬんだよ。ピザトーストなんか食うなよ……バカ、マヌケ、でべそ、ワキガ!」


 北川は、俺達が書いた落書きの文字を、何度も何度も殴りつけた。



 やがて声を荒げて、叫び出した。


「山崎ぃぃぃぃ……お前しか友達と呼べる奴はいないんだよぉ! お前だけなんだよぉぉ! 俺を一人にするなよぉぉぉ! うっ、うっ、うううううう……こんな事になるなら……もっと優しくしてやれば良かったぁぁぁぁ……もっと大切にしてやれば良かったぁぁぁぁぁぁ……ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ——————」





 それが本音か。


 ありがとう、北川。


 



 その言葉を聴けただけで、もう充分だ。


 再び胸が熱くなり、涙が溢れた。


 俺は思わず、上空から叫んだ。



「北川っ! ありがとうっ! 元気でなっ!」


「えっ? 山崎?」



 俺の声が聴こえたのだろう。


 北川はキョロキョロと、辺りを見回した。


 そんな北川を見下ろしながら、さらに俺は天高く昇っていく。



 もう北川の姿は、米粒くらいに小さくなった。


「じゃあな……悪友」と、俺は涙を拭いて呟いた。





つづく……

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