① 積年の恨み
——ある日、俺は死んだ。
それは、説明するのもバカバカしいほど、間抜けな事故死だった。
事の発端は、電子レンジで、ピザトーストを温め過ぎた事だ。
あまりの熱さに、手に持った瞬間「あっちぃぃ!」と放り投げた。
それは俺の素足の上に落ちる。
溶けたチーズは、まるで溶岩のようだった。
火を押し付けられたような激痛に、また「あっちぃぃ!」と叫んで、転げ回った。
これがいけなかった。
テーブルの脚に頭をぶつけると、落ちてきたのは、なんと包丁。
迂闊にも、テーブルの端に包丁を置いていたのだ。
鋭利に尖った先端部分が、不運にも俺の喉へと突き刺さり、ジ・エンド。
ああ……嫌だ。
こんな間抜けな死に方、絶対に嫌だ。
そこで俺は、あの世で神様に懇願した。
幽霊でいいから、俺を悪友の北川直樹のもとへ送って欲しいと。
さらに、触れる事と喋る事は出来るようにして欲しいと、付け加えた。
神様は宮殿のようなその場所で、装飾された豪華な椅子に鎮座していた。
白い衣を身に纏い、頭の上には輪っか、杖も持っている。
白々しいほど、アイアム神様だった。
彼は人差し指を立てて、こう言った。
「……ならば一時間だけ、君の霊体を地上に送ろう」と。
俺は驚いた。
意外にも、あっさりと承諾してくれたからだ。
俺が思うに、あまりにも情けない死に方で、神様さえも同情したのではないだろうか。
とにかく、そういうわけで、俺は地上へと降りる事が許された。
案内してくれるのは、神様の秘書である、渡辺さんという若い女性。
長い黒髪と、赤い口紅が印象的で、はっきり言って凄く美人だ。
もしかしたら、神様の愛人ではないだろうか。
俺は勝手な想像をした。
そんな彼女に導かれ、空からゆっくりと、地上に舞い降りた。
そこは、見覚えのある場所だった。
俺の実家近くにある、小さな公園だ。
子供の頃は、よくここで遊んだものだ。
渡辺さんは、セクシーに前髪を耳にかけると、小脇に抱えていたタブレット端末を確認した。
「今の地上時間は、亡くなった日の翌日、午後三時ですね」
「ええっ、もうそんなに経ってるんですか?」
「そのようです。それで、もうすぐこの公園に、あなたの会いたがっている、北川直樹さんが来る予定になっていますね」
「そうなんですか。分かりました」
なぜ北川がこの公園に来るんだろう、とは思ったが訊かなかった。
「では、一時間後に」
機械のように、素っ気なく喋る渡辺さんに「どうも」と頭を下げる。
彼女は空へと浮き上がり、やがて姿を消した。
さあ、タイムリミットは一時間。
早く北川を見つけて、あいつを犯人に仕立て上げるのだ。
——俺を殺した犯人に。
自己紹介が遅れたが、俺の名前は山崎遼馬。
この春、高校を卒業して、駅前の海鮮料理屋で働き始めた。
それに伴い、職場近くのアパートで一人暮らしも始める。
ちなみに、俺の喉に刺さった包丁は、調理の現場で使っている切れ味の鋭いものだ。
それが垂直に落下してくるのだから、死んでしまうのも無理はないのかもしれない。
かと言って、このまま事故死として処理されたくない。
あまりにも情けないからだ。
全国ニュースで広まったら最悪だ。
生き恥だ。
いや、もう生きてはいないけど、とにかく恥ずかしい。
そこで俺は考えた。
悪友である北川を、犯人に仕立て上げてやろうと。
なぜなら奴は、史上最低の男なのだ。
今、思い出しても腹が立ってくる。
北川とは、高校で出会った。
群れるのが苦手な俺は、同じく一匹狼だった北川と意気投合。
それからは、いつも二人で、つるむようになった。
その時は、初めて心から友と呼べる存在に出会えた気がして、嬉しかった。
だが友は友でも、北川は〈親友〉ではなく〈悪友〉だった。
近所のおばさんに挨拶しただけで、俺が熟女好きだと、クラス中に言いふらすし。
俺のメガネを、マジックで黒く塗りつぶし、サングラスにしたのも奴だ。
机で寝ていると、いきなり口の中に、大量のワサビを入れられた事もある。
また俺の筆箱に、カメムシの死骸をギッシリ入れていた事もあった。
特に陰険だったのは、昼に俺が弁当を食べている時だ。
必ず側に寄ってきては、毎回トイレで用を足した話をするのだ。
それも克明かつ鮮明に、身振り手振りを交えながら細部にわたるまで順を追って、じっくり丁寧に念を入れて、繰り返し説明してくる。
その度に俺は、食欲を失くしてしまうのだ。
ある日、我慢の限界を超えた俺は、北川の胸ぐらを掴んでブン殴ろうとした。
だが「ゴメンゴメン。いたずら心だよ。お前に、かまって欲しくてさ」と、屈託のない笑顔を見せてくる。
お人好しの俺は、そんな顔をされると、つい許してしまうのだ。
やがて月日は流れ、俺達は高校を卒業する。
俺は定職に就いたが、北川はギャンブルで生計を立てようとしていた。
あいつらしい、ふざけた生き方だ。
そう言えば三日前も、この公園で奴と金の話で喧嘩になったばかりだ。
そんな事を思い出していると、遠くから北川が歩いてきた。
俺は北川の側に駆け寄り、顔の前で掌を振ってみた。
なんの反応もない事から、やはり俺は霊体であり、姿は見えないものと確信する。
だが物に触れたり、喋る事は出来るはず。
——俺が考えたシナリオは、こうだ。
北川を、ボコボコに殴って蹴って気絶させ、俺のアパートへと運ぶ。
そこで俺の死体に刺さっている包丁を握らせる。
さらに北川のスマートフォンを使って、警察に連絡を入れる。
友人を殺してしまった、一日考えて自首を決めたと。
ほどなくして駆けつけた警察官に、その場で逮捕という流れだ。
ざまあみろ。
積年の恨みを晴らしてやる!
つづく……