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スーツの中身

作者: 雉白書屋

 ……毎朝の事だがスーツを着るとバチッと身が引き締まる思いだ。

その後、訪れる眠気。これもいつもの事。

 

 出勤。運動不足が心配なので階段では大きく足を上げて上るようにしておいた。

尤も、効果は期待できないがな。

 会社に到着。自分の席に着き、パソコンと接続。仕事開始。

今日の午後に企画会議がある予定だ。能力を示すチャンスだ。

 ……が、相変わらずいい案は出なかった様だ。まあ、仕方のない事だ。

 帰りも同様に足を大きく上げ、帰宅。

 そして、スーツを脱ぎ目覚め。


 ……と、いった風に目覚める直前に今日の朝から晩までの一日の流れを

直接瞬時に脳に流し込んでくれるから

いちいちボディカメラの映像をチェックする必要がない。うん、実に便利だ。


「あなた、おかえりなさい」


「ああ、たふぁい、ううん、ただいま」


 寝起きは口が回らないから困る。咳ばらいを二回程して気を取り直す。

腹ペコだ。スーツを着ている間は冷凍睡眠状態とはいえ

朝から飲まず食わずではさすがにな。

 スーツの内部には排泄ボックスがあるので別に、食べてから着ても良いのだが

それを処分するにはスーツを脱ぐ必要がある。

それも自分で処理しなければならないから面倒だ。ゆえに食べない方が楽というわけ。


「お仕事どうだった?」


「まあ、いつも通りだったみたいだね」


「そう……」


 何か言いたげな表情だ。わかる、わかるさ。全員がロボットスーツを着ている時代だ。

その性能はコンピューター、つまりプラグに繋いでいる脳によって異なる。

 俺はあいにく頭が良くない。ゆえにスーツの性能もそれに準じるのだ。


「お隣の旦那さんは昇進したらしいわよ」


 あてつけのように妻が俺に言う。そりゃ、このレベルの料理を作るくらいなら

誰がスーツを着てもできるだろうが仕事はそうはいかないんだ。

妻はそこのところがよくわかっていない。

肩が凝るわぁ、と古い型の自分のスーツに不満を抱いているが

家事しかやってないのだから新しいも何も……なんて言ったら

とんでもないことになるのは目に見えている。

 くわばらくわばら。ごちそうさまを言うのを忘れずにして、テレビの前のソファーに避難。

 今日はテニスの決勝戦だ。無論、これも選手がスーツを着て行う。

大昔は生身の人間がやっていたそうだが、このアクロバットな動き、迫力には負ける。

他のスポーツも同様、キビキビ動きダラダラと退屈な時間はない。実に面白い。

おおっ、ははは! またラケットを破壊し始めた。これは痛快だ。

 テニスだけでなく、面白い番組は夜から朝までに集中するから助かる。

日中はスーツを着て、たっぷりと眠るからこのように夜、起きている者が多いからだ。

 寝ている間に働き、起きている間は遊ぶ。素晴らしい時間の使い方だ。

 と、嫌なCMだ……。ああ、ほら、妻が駆け寄って来た……。


「そうそう、今のCM。ねえ、あなたもどう?」


「い、いやあ、どうかな」


 俺はソファーから立ち上がり、酒の入ったグラスを片手に今度は窓のそばへ避難した。


『チップ、チップ、チップ~脳にフィット、チップ~』


 最近では脳にチップを埋め込む手術が流行っているそうだ。

それによって性能が10パーセントアップするとかしないとか。

 妻はそれをやたらと俺に勧めてくるが

乱立し、怪しい業者もあるそうだから俺はあまり気が進まないのだ。


 窓の外に目を向けると、隣の庭で子供たちが遊んでいるのが見えた。

見事な動き。子供用のスーツを着ているようだ。今から慣らしておこうというわけだろう。

すぐ大きくなるだろうに、わざわざ子供用のスーツを買うとは教育熱心

あるいは仕事熱心なお隣さんだ。

 うちもそろそろ子供を、と思うのだが

妻のあの様子からして赤ちゃんに色々、手術を受けさせそうだから不安だ。

 子供はできるだけ手を加えないでおきたい。すぐに目線が同じ高さになるのだ。

知能や知識で父親の威厳を示すしかない。

脳の基本スペックを上回られてはそれも難しくなるだろう。


 おっと、物思いに更けているうちに試合が終わったようだ。

テレビ画面がニュース番組に切り替わった。

 おお、また生まれた赤ちゃんのサイズが下回ったと。

 子供の低身長化が進んでいる。

いいぞ、これなら身長は追い越される心配がないかもしれない。

 しかし、そうなると新型のスーツはまた小型、軽量化されるかもしれないな。

その方が、エネルギーの消耗が少なくていいのだそうだ。

おまけに家も大きくなくて済む。人口が増えてきたから住む場所が密集

土地の価格が上がって大きな家は建てられないのだ。

 

 それでも子供は増える。その気持ちはよくわかる。

俺だって、もう一台スーツがあればと思う事がよくあるのだ。

仕事を手伝わせ、そう、良いアイディアを出してくれるかもしれない。

そうなれば俺だって昇進……。

 

 が、その前にいい加減、自分の脳の手術をして妻の機嫌を取らなければならないか。

結局、結論はそこに行き着くわけだが考えるとああ、憂鬱だ……っと

いかんいかん。そんなのは脳に毒だ。

 酒もここまで。煙草も一日に一本のみ。脳に悪影響を与えてはならない。

スーツの性能に関わるのだ。

 読書がいい。それと音楽に栄養剤。

ストレスを取り払い、しっかりと明日の活力を充電しなければならないのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  スーツの設定が面白かったです。
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