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Do or Die-03



 この死神は、事故に遭った時に魂を狙われたという。

 元気な人間を強引に殺そうとしても、多くの場合は失敗してしまうんだって。


 ただ、やみくもに鎌を振れば、誰か1人くらい命を刈り取れるかも……そんな考えで手あたり次第襲う、自暴自棄型の死神もいる。


 この死神は、助かるはずだったところを強引にやられたんだ。


『事故現場、水際、病院。それらの場所には死神が良く集まる。死に近い弱り方をした奴がいるからだ』

「……ねえ、そいつはまだ生き返っていないのね」

『相手が死神になってしまった場合、その死神の素となる人間を葬り去るか、連続して5人の命を奪う必要がある』

「そいつが時間切れになったら?」

『俺も道連れだ。死神のまとめ役がそう言ったのを信じるしかないんだが』


 色々と複雑だけど、相手はリスクを承知で狙ったのかな。

 いや、事故現場なら確実に仕留められると思ったのに、死ななかった……ってことよね、相手は計画が狂って焦ってるはず。

 どちらにせよ、意図して鎌を振られたから、この人は死神になったんだ。


 死神だろうが何だろうが、人を殺そうとしたのは許せない。

 そんな人が目に見えず動き回って、今この瞬間も誰かを殺そうとしていることが許せない。


「大まかに言うと、あなたは誰も殺さずに生き返りたいってことでいいのね」

『そうだ。そして、俺が消えていないのはそいつがまだ死神だからだ』


 表情は分からないけれど、佇まいやそのハッキリした口調には決意を感じる。


 ……見ず知らずの死神を手伝う義理なんてない。分かってる。

 だけど、私はこの死神の行く末を見守りたいと思ってしまった。


「オーケー、いいわ。手伝ってあげる。私の手助けが必要とは思えないけど」

『俺は人間の目には映らない。無関係な奴らを守るには協力者が必要だ』

「守る?」

『……死神の能力を手に入れたとはいえ、やっていることは人殺しだ。黙って見ていられるか? 生憎、俺ではターゲットに危険を知らせることができない』

「なるほどね。確かに、私じゃないと死神の存在に気づかない人には忠告できないわね」


 死神はまだ死んでいない。呪いや生霊を使って誰かを殺すのと一緒。

 もしも死神たちが殺戮を目的とするのではなく、生き返りたいだけだったら。

 それなら誰かを殺す自分を死神にした奴から、それぞれ魂を取り返せばいいだけ。

 

 私は死神に狙われた人たちに危険を知らせ、助ける。こいつは他の死神の邪魔をし、説得する。いいわね、どうせ今日明日から就職して仕事をするわけでもないし。


「後悔しない、恥ずかしくないことをする。胸を張れることをやれ! って、恋人にいつも言われてたの。あなたの考え、良いと思う」

『……では、宜しく頼む』


 こうして、私と死神の奇妙な共闘は始まった。


「まず、はじめにやるべきことがあるわ」

『何だ』

「この見た目だけで何も役に立たない空間から出て、家に帰ることよ。説教だけ偉そうに聞かせて、こっちの祈りを届ける気がない教会なんてお断り」






 * * * * * * * * *






 翌日、死神との奇妙な同居2日目。引っ越したばかりの1DKは、まだ荷解きが終わっていない。

 元々ルームシェアだったから、荷物は最低限。そのルームシェア期間も、ローリと出会ってからの1年弱しかなかったから尚更。


 失業、事故、失恋、引っ越し。そんな心に余裕のないイベントを重ねた私に、部屋を飾る気力なんかなかった。

 正直、仕事で気を張っていただけで抜け殻だったんだと思う。


 フローリングにはカーペットも敷いていない。今見れば寸足らずなワインレッドのカーテンも、あの時は気にならなかった。窓枠のサイズを測る気にもならなかったの。

 2人掛けの小さなソファー、2人掛けの小さなテーブル、まだ1人分しかない食器。本が並んでいない4列5段の本棚の横は、もう埃が溜まり始めている。


「物が少ないんだな」

「ごめんなさい、引っ越したばかりだったから。仕事を辞めたら整理するつもりだったの」

『……そうか。ちょうどいい機会だ、荷解きを済ませたらいい。この体では手伝ってやれないが』

「いいの、あなたには時間がないんだから、先にそっちを済ませましょ」


 ディヴィッドとお揃いのカップや共有の携帯ゲーム機なんかは、全て彼の部屋に置いてきた。

 調子に乗って撮った変顔も、旅行先の砂浜で夕焼けと共に撮った笑顔も、彼が突然くれた、大きなシャチのぬいぐるみも。

 合鍵はまだ持っているけど、もう行くことは出来ない。


「女の1人暮らしっぽくないでしょ? ああ着替える時やシャワーやトイレは覗かないで。あなた男でしょ? 一応まだ生きてるんだから。簡単に裸を見せる女がいいなら他をあたって」

『心配いらない、ベランダにでも出るさ』


 この死神は、本当はどんな人なんだろう。何歳で、どんな顔で、どこの病院で誰が心配しているんだろう。

 体を見つけ出してくれと言われていないってことは、山奥で倒れているってわけでもなさそうだけど……この死神にも人生があって、やり残したことがあったはず。


 私の命の危険が去っていないと言ったり、何かを知ってそうでもある。協力するのは無駄じゃない。


 朝から職業安定所で失業保険の手続きをし、午後には外に出てみようということになった。


 軽くお化粧もして、髪はポニーテールに。もちろん三つ編みにはしない、二度と。

 動きやすい袖なしのベージュのニットにロングスカート。色はブラック。

 本当はハイヒールを履きたかったんだけど、ブラウンのブーツサンダルにした。


 スクエアのショルダーバッグも邪魔にならないし、死神から目立つ格好でもない。


「これで良し! どう? お洒落に自信はないけど、そんなに違和感もないでしょ?」

『そうだな……ちょっと待った』


 玄関の扉を締め、鍵を鞄に入れてマンションの廊下を歩きだしたら、死神が私を引き留めた。


『秘密裏に行動するのに、そんなに踵を鳴らしていてはまずいだろう』

「……靴を脱げっていうの? 裸足で歩く女なんて奇異の目を集めるだけじゃない」

『他に靴はないのか。スニーカーは』

「えっ、持ってない。……分かった、分かったわよ」


 音でバレるって言われるなら従うしかない。もちろんスニーカーなんて持ってないから買うしかない。

 私は今、無職。無職で入院、無職で新品の靴を購入。こんな調子で大丈夫なのかな。


 不幸中の幸いというか、ここは大通りから外れているけど、周囲にはマンションやビルが多い。繁華街も近くて地下鉄もトラムも走ってるから、買い物には不便しない。


 私は腹いせにピンクの目立つスニーカーを購入し、履いていた靴を地下鉄のコインロッカーに預けた。

 色は音に関係ないもの。


 死神のため息が聞こえた気がした。死神って呼吸できるのね。

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