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Do or Die-01



【Do or Die】死神の掟




 4日後、私は退院した。付き添うと言った母親の申し出は断った。


 あの死神も一緒に退院。相変わらず黒いフードを被ったまま、顔はまったく分からない。

 人ならざるおぞましい姿だったら嫌だし、見せてくれなくていいんだけど。


 病院から出て、少ししかない着替えを紙袋に放り込み、オフィスビルが立ち並ぶ大通りを歩く。


 石畳の歩道に沿った申し訳程度の街路樹は、木陰の範囲が鳥の糞まみれ。

 路肩でタクシーの運転手同士が言い争い、母親が泣く子を引っ張って通り過ぎていく。


 今はこの喧騒と、休む事すら許されない人の波がツラい。世界ってこんなだったっけ?


 え、顔色が悪い? 退院したばかりなのだから仕方がない。

 体調が悪いわけじゃなくて、すっぴんなの。化粧品を一切持ってきてなかったの。


 死神は通行人とぶつからない。すり抜けてるし……やっぱり人じゃないんだ。

 死神って、太陽の光が怖くないの? 吸血鬼だけ?


 でも、これどこまで付いてくるんだろう。まさか家まで入ってこないよね?

 死神に訊ねようにも独り言を怪しまれたくない。仕方ない、スマホを取り出して通話のフリして話しかけるか。


「あー、ちょっと聞いて」

『……』

「……はぁ」


 死神って、スマホとかそういうの知らないんだっけ。話しかけてるのに分かってないようだから、人のいない所で呼びかけるしかない。


 赤い花のプランターが可愛らしい喫茶店の軒先で立ち止まると、死神も目の前にやってきた。

 私はそいつを睨みつけ、スマホを見せつけながら会話を試みる。


「あんた、まさか家まで付いて来る気?」

『……ああ、俺に言っているのか。その方が君のためだ』

「女の家に上がり込もうってこと? 死神だからって……ああちょっと待って、歩きながら電話するのは苦手なの」

『待てと言ったり来るなと言ったり……それに電話ではなく会話だろう』

「いちいち煩いわね、文句があるならどこへでも消えて、私は構わない」

『だから待てと言ったのはそっちだ』


 何でついて来るのかを聞いても答えない。無視してもついて来る。

 でも、私の命を奪おうとしているのかと思えば、それらしい行動は取らない。

 ホント苛々するし、一切動じないその様子も気に入らない。


 通りには暗い顔に足取りの重いサラリーマンや、カートを押しながら摺り足で進むお婆さん。歩調が芳しくない人は、私以外にも大勢いる。


 どうして私を狙うの? 狙いを他の人に変えないの?


 私が通話のフリも忘れて睨んでいると、死神野郎がふいに手招きをした。


「……何」

『こっちに』

「何でよ」

『……足元をネズミが通って気にならないなら別に良いが』

「えっ、嘘!?」


 罠かもだなんて警戒してたけど、言われて反射的にその場を離れてしまった。

 カフェの軒先から出た途端、午後の陽射しが弱った私に照り付ける。


 その僅か2,3秒後だった。

 通りに何かが叩きつけられたような音が響き渡った。


「キャーッ!」

「なんだ、なんだ!?」


 私も飛び上がって驚いちゃった。雷の件もあったし、大きな音は苦手なの!


『後ろを見ろ』

「はっ?」


 どこから音がしたのかも分からないまま、皆と同じ方へと視線を向けた。

 そこはさっきまで私がいた場所。


 大きな物音の正体は、上から落ちてきた植木鉢だった。石畳に叩きつけられ、土は飛び散り茶褐色の植木鉢は粉々だ。


「あぶねーだろ!」

「ご、ごめんなさい!」


 通りに男の人の怒鳴り声が響き、上から女の人が謝った。私が動かなかったら、あれが頭に当たってたって事よね。


「私が、いた場所……」

『視界の上端に揺れる植木鉢が見えた。だからこっちに来いと言った』

「助けてくれたってこと?」


 死神が?


『……』

「そのつもりがあったかどうかなんて、どうでも良い事ね。有難う、助かったのは事実よ」


 死神は何も答えない。でも、この死神は私が想像していた死神とどこか違う。

 少なくとも、私を殺すために現れたんじゃない……と思いはするけれど。


 1つだけ、どうしても確かめたい事がある。

 それは、私を助けた見返りを求めるような、邪悪な存在かもしれないという事。


 片側2車線の大通りの先に、目的の建物が見える。

 ビルやマンション、デパートと同じ通りにあって、日曜日の朝にはどこよりも人気で退屈な場所。


 高く白いとんがり屋根、その角には屋根より高い塔。小ぶりながら煩い銀色の鐘が、今はこんなに有難い存在に見えるなんて。


 聖メリナ教会。私は荷物を引きずりながら、その開いた大きな扉の間に滑り込んだ。


「ハァ、ハァ……邪悪な存在なら、教会に入れないはずだわ」


 これで入って来れなかったら悪しき存在。このまま神父様に祓ってもらう。

 入って来れたら良い死神……いや、待って。良い死神なんてあるわけないじゃない。

 つまり、入れないって事になる。


「そう、そうよ。そもそも入れないのよ、死神は」


 何百人座れるか数えたくもない椅子の列、高い天井に古びたステンドグラス。

 幾何学模様から前方の祭壇へと、あからさまに神々しい光を注いでいる。


「なんだか、嫌味なくらい綺麗に見えるわ」

『生への感謝でも捧げに来たか』

「……はっ、はぁっ!? 何で入って来れるの!」


 思わず声を張り上げてしまった。前方にいた数人が驚いて私へと振り返る。

 だって、仕方ないじゃない! 死神が教会に入れるなんて、おかしいじゃない!


「日曜のミサ以外、神様って休み? 木曜日は休暇? じゃあ最初からそう言ってよね、神様が年中無休の宗教に改宗するわ」

『落ち着け』

「落ち着け? はっ、落ち着いていられると思う? 死神が教会に入り込めるなら、じゃあ私はどこで助けを求めたらいいの?」

『落ち着け、とりあえず座れ。分かった、説明してやるから』


 悪魔じゃないって事? まさかあなたキリスト様? 死神が冷静で、私が取り乱して、わけが分からない。

 腹が立つくらい重厚な長椅子に座らされ、私は俯くしかなかった。


『いいか、騒ぐな。敬虔な信者共がお前を異常者のような目で見ている』

「分かったわよ、そもそも死神が見えている時点で私は異常者ね。あの人達は見る目があるわ」

『少しは言い返さず言葉を飲み込んでくれ。話が進まない』


 ……分かってる、私の悪い癖。

 つい言い返してしまう。冗談にしてしまう。それで恋人にもムッとされたことがある。端的に言えば、性格が悪いの。

 そして何が悪いのと思ってしまうことも多い。


 気が強いタイプだから、サバサバした性格だから。そう言って、相手ではなく自分に言い訳をしているのも分かってる。

 死神にまで言われると、さすがに認めざるを得ない。


 死神の背後に、光の筋が淡く優しく降り注いでいる。

 埃がキラキラと輝き、今にもパイプオルガンと鐘の音が鳴り響きそう。

 落ち着こうと頑張っているのに、このちぐはぐな状況。


『なぜ俺のことが見えるのか分からないが、君の命の危機は去っていない。だから死神から狙われているのではないかと、俺は考えている』

「……ちょっと待って。今、俺達って言った? え、1人じゃないの?」

『そうだ。死神は他にも大勢いる』


聞いてないんですけど!

私を狙う死神は、もしかしたら他にもいるってこと?


この神聖な空間で、私今絶望を感じてる? 知ってる? ここ教会よ?


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