畳ふみジャンプ ~ アーチェリー射場に潜む呪いの穴 ~
アーチェリーの射場整備中に起こった恐怖体験。
迫りくるカカシ妖怪をアーチェリーで射つも効果なし。
30mで60金を出すことでカカシ妖怪を退治できる伝説を知った三人の若者。
そして、命を懸けた練習が始まった。
畳ふみジャンプ ~ アーチェリー射場に潜む呪いの穴 ~
アーチェリーの練習に使う畳なのだが、使っていくうちに金的の部分が盛り上がってくる。
なので月に1回みんなで畳を床に置き、膨らんでいる部分をならす作業を行う。
盛り上がり部分に乗ってジャンプするのだ。
体重のある者はいい。しかし、軽い者が乗ってもなかなか膨らみ部分が潰れない。
体重55kgの若造シュンが一生懸命畳の上でジャンプする。
78kgの今崎は涼しい顔で軽く跳ねる。
「ふん、シュンよ。修行が足りんな。未熟者め」
「今崎さんみたいに重くありませんから」
少し不機嫌になりながら黙々とジャンプしつづけるシュン。
そこへ、サックス奏者のチアキがやってきた。
「ちょっと。畳をそんなに乱暴に扱っちゃだめよ。異空間に通じる穴が開くわよ」
不思議なことを言うもんだなと思った瞬間、シュンの姿が消えた。
いったい何事が起ったんだろうとシュンのいたところを見てみると、畳に穴が開いている。
さらに、その下の床が突き抜けていた。
アーチェリー場は二階にあり、一階は薄暗い駐輪場になっている。
穴の下から、かすかな呻き声が聞こえる。
今崎とチアキが穴を覗いて見るとシュンの姿があった。
どういう具合なのかわからないが、射場に穴が開き一階に落ちてしまったのだ。
シュンは足をくじいて動けないでいる。
チアキが怪訝な顔を浮かべる。
「私の田舎の言い伝えだけど、大掃除の時に畳を強くたたきすぎると異世界へと通じる穴が開くという伝説があるわ。その昔、畳は『祟り身』といって、丁寧に扱わないと祟りが起こるって、おばあちゃんが言ってたの」
シュンの叫び声が聞こえた。
急いで畳に空いた穴を覗くと、一階の奥の暗がりから何やら蠢くものがあった。
真っ黒いヒト型をした何かが、壁から剥がれ出すように涌いてきた。
チアキが叫ぶ。
「あっ。あれは闇カカシよ。人を襲って食べてしまうとても怖い妖怪だって、おばあちゃんが……」
「なんでそんなものがこんなところに! いや、今はそれどころじゃない。シュンを助けないと」
「そうね」
闇カカシが二体、シュンの方へゆっくりと近づいてくるのが見えた。
暗闇に「おおお」と、声ともならない響きがとどろく。
足をくじいたシュンが立ち上がろうとする。
なんとか立ち上がることはできたが、うまく歩けないようだ。
闇カカシが更にシュンに近づいてくる。助けに行くにも間に合わない。
今崎とチアキは視線を合わせ、お互いに小さくうなずいた。
「よし、弓で撃ってみよう」
「分かったわ」
二人は自分の弓を手に取り、矢をつがえて弦を引いた。
闇カカシにサイトを合わせ、渾身の一射を放つ。
ザクッとした鈍い音が暗い駐輪場に響き渡る。
炭化した藁の塊に突き刺さったような生命反応のない音だ。
チアキの矢は一体の頭に中った。
今崎はもう一体の頭を狙ったつもりが左の肩にかろうじて中ったようだ。
二体の闇カカシが立ち止まり、こちらを見上げている。
確かに矢はカカシに刺さっているのだが、効いているふうには見えない。
しかし、カカシの動きを鈍らせるには十分のようだ。
「チアキ! このままあのカカシ野郎をガンガン撃っていてくれ。俺はシュンを助けに行ってくる」
「わかった」
今崎はすぐさま弓を置き一階の駐輪場まで走っていった。
シュンはすぐに見つかった。
薄暗い駐輪場のほぼ中央あたりにべそをかきながら立ちすくんでいる。
シュンは今崎を確認すると、今崎のいる方向へ向かってよろけるように歩き出した。
冷たいコンクリートの床に二階の穴から落ち、痛めた足をかばいながら一生懸命歩くシュン。
そのすぐ後ろには闇カカシが迫っている。
奥の壁からは黒いヒト型のシミが浮き出し、さらなる闇カカシが生まれようとしている。
今崎は素早くシュンのところへ駆け寄り、シュンの腕を取って自分の首に回した。
「走れるか?」と声をかけると、シュンが小さくうなずく。
一生懸命に足を一歩いっぽ前へ進ませるシュン。
闇カカシがすぐ後方へと迫る。
逃げる二人の体がガクンと振れて歩みが止まった。
黒く干からびた闇カカシの手がシュンの肩口を掴んだのだ。
今崎は慌ててシュンの体を抱きかかえて走ろうとした。しかしカカシの手は鈎状になっており、なかなかシュンの肩から離れない。
そのとき、一瞬なにかが目の前をかすめた。と同時にカカシの腕がカシャッという乾いた音とともに切断された。
「ここはまかせて!」と、駐輪場の天井から聞こえてきた。
今崎とシュンが見上げると、駐輪場の天板にぽっかりと空いた穴からチアキが弓を構えてこちらを覗いていた。
闇カカシの数がどんどん増えている。
チアキの精密な行射がカカシの頭をとらえる。
頭に矢が突き刺さったカカシは動きが幾分遅くなり、なんとか逃げおおせることができた。
二人は二階の射場へとたどり着き、射場の中へ入って自動ドアの開閉停止ボタンを押す。
これでカカシは外から入ってこられない。
しばらくすると、闇カカシが地響きに似た雄たけびを上げながら射場へとやってきた。
駐輪場では三体であったカカシが七体に増えている。ガラス窓をどんどん叩く。力はさほど強くないようだ。射場ドアのガラスは頑丈に作られているみたいで割れる様子はない。しかし、このままでは三人は射場に閉じ込められたままになってしまう。
チアキが何かを思い出したように叫んだ。
「私の村に伝わる伝説があるわ。破魔矢伝説よ。決められた枠の中に矢を6本全て命中させることができたら願い事がかなうらしいの」
「破魔矢伝説か、それで闇カカシを消してくれるようにお願いするのか」
「そうよ!」
今崎は、チアキとシュンを見つめながら静かに話し出した。
「みんな、落ち着いて聞いてくれ。現在俺たちは闇カカシの攻撃を受けている。チアキの話す伝説が真実であるのかは分からないが、今はそれに頼るしかなさそうだ」
「はいっ!」
「はいっ!」
「現代に破魔矢伝説をよみがえらせよう。60金を出して闇カカシを消滅させるんだ。距離は30m。解散後、速やかに行射を開始する。以上、開散っ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
そして、60金を目指して命をかけた行射が始まった。
ドアに群がりガラスに張り付いて雄たけびを上げ続ける闇カカシ。
更に数を増やしている。
怖がってばかりいても仕方がない。いつも通りの練習をするんだ。
まず今崎が射ちだした。最初の一射は9点に外れた。
シュンの調子がいい。3本10点に入った。しかし4射目は8だ。
チアキは先程から4本は10点に入るのだが5本目がどうしても外れてしまう。
射場の外では闇カカシがその数を増し、射場通路を黒く覆いつくしている。
地獄から聞こえてくるような雄たけびに心臓が凍り付く。
三人とも恐怖と不安で足元がふらつきサイトの照準がおぼつかない。
チアキとシュンの目にジワリと滲むものがあった。
今崎が「元気出していこう!」と気を吐く。それで幾分射場の空気が落ち着いたようだ。
行射は5エンド目にまで進んだ。
次第に調子を上げてくる今崎が50金出すが、6射目で9点に外した。
つづけてチアキが5本10点に入る。
今崎は「よっしゃ」と声を掛けようとしたが思いとどまる。
そ知らぬ風を装い、静かに見守ることにした。
チアキが6射目の矢をつがえて静かにドローイングする。
いつもよりも落ち着いているようだ。
クリッカーがタイミングよく落ちると同時に鋭いリリースが空気を切り裂く。
矢は空中をすべるように30m先の的へと飛んで行った。
そして、金的のど真ん中に突き刺さる。
とうとう60金を達成したのだ。
「ヨッシャーっ! チアキ、今だ! 願い事を天に轟かせるんだ!」
チアキは固く目を閉じ、両手の指をしっかりと合わさせて握りこみ、
「闇カカシ、消えろ! 消えろ! お願い。消えろーっ!」
と小さく口ずさむ。
すると、行射中にも止むことなく聞こえていた闇カカシの雄たけびが次第に小さくなってきた。
ふと、射場入口の窓ガラスに目をやる。
射場通路を覆いつくしているカカシの群れの動きが止まった。
よく見ると、炭の様に真っ黒な闇カカシの体が赤みを帯びだし、小さい光の粒の様な物が体から浮き出してきた。
光の粒は射場通路の天井まで広がると、蛍の生命のともしびを終えるかの様に小さく消えてなくなる。
闇カカシから湧き出る光の粒がどんどん増えていき、それにともなって闇カカシの体が次第に小さくなってきた。
そしてとうとう、闇カカシは完全に消滅した。
後日、練習仲間である陰陽師の木田村さんに事の次第を説明した。
木田村さんによると、このような説明がなされた。
「射場の隣に巨大なごみ焼却場がある。廃棄された道具や人形が燃やされ、その怨霊が闇カカシとなって異世界から現れたのだろう」
とのことであった。
今回の闇カカシ事件で俺たちは恐怖のどん底に落とされた。
60金を出したチアキから肉まんをごちそうになったのが、せめてもの救いである。
おわり
「面白かった!!」
と思われたら、
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つ、正直似感じた気持ちでもちろん結構です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願い申し上げます。