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ニマ ワールド

アフロ

作者: ニマ

第5弾です。


2014年11月23日に、地方紙に掲載された作品です。


今回もっと多くの方に読んでいただきたく、投稿しました。

「いらっしゃいませ。」


 タイトな白いスーツと、今にも折れそうな細長いピンヒールで、店内に入ってきた彼女。

 予約時間より早くやってきた彼女に、こちらですと用意した席に案内して腰かけた所を見計らって椅子を軽く回し、彼女を鏡と向い合せにする。


 笑顔で、鏡の中の彼女に向かって


「今日は、どのようになさいますか?」


 準備をしながら聞くと、返ってくる言葉は必ず、


「貴方に任せるわ。

 好きなようにして。」


 彼女の名前は、藍。

 この業界では知らない人がいない『超』が付く有名人。

 最近では若くして(と言っても三十代半ばくらい?の)美容業界で成功した女社長として、各メディアで度々取り上げられている。

 店内にいた他のお客様もざわつく程の、まさに旬の人だ。


 そんな彼女が何故こんな、ド田舎に…しかも人口がそんなに多くもない割に、数十件は存在する美容室の中で、この店を選んだのか…。



 それは遡る事、一年前。


 黒髪で腰丈までのストレートヘアの藍は、突然現れた。


 店に入るなり、アフロヘアーの俺を指名した。


 しかし、その時の俺は予約のお客様がいて、少々時間がかかる事を説明し、他の店員で良ければ直ぐに承りますと説明すると


「わかったわ。

 私、貴方にカットしてもらいたくて来たの。

 今日は、予定が無いから終わるまで待ってる。

 待たされるのは、嫌いじゃないから気にしないで。」


 と、さらりと言って踵を返して順番を待っている、お客様の中へ行き浅くソファに腰掛けた藍は、店内をゆっく~りと見渡していく…。


 藍の事が気になったが、予約のお客様のカットが優先。

 わざわざ、俺を指名し来店してくれたお客様の貴重な時間。

 少しでも居心地がいいと感じていただく事も、俺の仕事だ。


 今、俺が担当しているこのお客様は高校三年生。

 受験も控えているけれど、お洒落心も持っている。

 今は髪の毛を伸ばす事に夢中で、今日は髪の長さを揃えにやってきた。

 椅子にかけた彼女の髪に、シュッと霧吹きで髪を軽く濡らしていると突然、何の脈絡も無く


「アフロさんは、いつから美容師になろうと思ったの?」


 俺のあだ名は、アフロ。

 この時代に、こんな田舎でアフロヘアーは俺しかいない。


 当然、店の外でも知らない人に、アフロと指をさされ呼ばれている。


「俺?俺はね…大学生になってからかなぁ。」

「え?そうなの?

 意外と遅かったんだね?

 どうして、美容師になろうと思ったの?」


 俺の答えが予想外だったらしく、目をまん丸くした顔が鏡の中でキラキラ光っている。


「参ったなぁ。

 大した話でもないんだけど…」

「働くって、よくわかんなくて。

 事務とか販売って言ってもピンとこないし…。

 自分が何に、向いているのかもよくわかんない…。

 将来の夢って言われても思いつかないのに、大学進学してもいいのかなって。

 だから、アフロさんはどうして美容師になったのかなって。」


 質問された意図がようやくわかり、濡れた髪に櫛を通して適当に髪の束を作りながら、鏡の中の彼女の質問に笑顔できちんと答える。


「俺もね、大学生になるまできちんとした夢ってなかったんだ。

 高校迄は、野球をしてたけどプロ野球選手にはなれないって、わかってたし…。

 ただ、漠然と、友達が行くって決めた高校に進学して勉強して…。

 でも、大人になって仕事をしている将来の自分が、どうしてもイメージできなかったから大学に進学した。

 野球の他にゲームも好きだったから、何となくで決めた大学は情報処理とかITとかパソコンに関係していたからって言うのが理由かなぁ?

 これからは、IT時代になるのは俺にもわかったからね。

 少しでも、将来に有利になればって思って。

 案外単純でしょ?(笑)」


 俺の他愛の無い話に、頷いている彼女は、なんだか当時の俺に重なって見える。

 この頃は、勉強よりもこれから待っている『社会』に興味を持ち始めるけど、『社会』なんてちっとも、わかんなくて誰の意見でもいいから、とにかく色んな人から聞いてみたいと思う年頃だ。


「こんな田舎で、大学に進学するって事は、必然的に都会で一人暮らしをする事が決まるだろ?

 そしてラッキーな事に、進学先は殆ど知り合いが行かない大学だった。」

「ラッキー?

 友達もいないのに?」

「いないから、ラッキーだったんだよ。

 イメチェンしようと思ってたから(笑)」


 鏡の中の彼女が妙に納得したのを見ながら


「高校を卒業して進学する前に、フラフラと俺でも入れる美容室が無いかと探していた時に、この店を見つけたんだ。

 それまでは、美容室に行ったことなんてなかったから探すのも一苦労だったけど、店の外から見えたオーナーがカッコよくてさ。

 つい、入っちゃった。」

「オーナー?」

「あの髪を後ろで束ねた男の人のこと。」


 そう言って、指さすと少しだけ彼女は覗き込みながら、ふーんと頷いて姿勢を正した。


「初めての美容室で緊張してた俺にオーナーは、


 『どうしたい?』


 って聞いてきた。

 美容室が初めてで緊張している事、イメチェンして大学生デビューしたいけど、どうしたらいいかわからない事を伝えたら、


 『俺に任せておきな』


 ってニヒルに笑ってさ。


 けど、頼もしくも見えた。


 ドキドキしている俺の髪の毛を染めて、少しずつ手に取ってハサミで切って…。

 徐々に変わっていく鏡の中の俺を見て、この人スゲーって思った。

 緊張で不安だった顔が、帰る頃には見違えて自信に満ちた顔になってた。


 オーナーのおかげで無事に、大学生デビューできた俺は、いつからか人に自信と感動を与えられる美容師になりたいって思った。


 けど、大学生になって美容師になりたいって思うのは、遅かったんじゃないかって…。


 そう思って美容師になる事を諦めて、卒業後に地元に帰ってきてごくごく普通の会社に就職して。

 …その間も、数か月に一度この店に通ってた。


 毎回、オーナーにカットしてもらうけど、いつもオーナーはかっこよくて輝いて見えた。


 次第に俺の美容師になりたいって夢が膨らんで、とうとう会社を辞めて美容師の専門学校に進学した。

 将来がどうなるかわからなくて不安だったけど、その分いっぱい勉強して念願の資格を取ってオーナーに頼み込んで、ここで働かせてもらった。

 今まで、一度も会社を辞めた事に対して後悔はした事は無いよ。

 今も、あの時の選択は間違ってなかったって思える。」


 俺の話を聞いて、この時期に悩むのは自分だけじゃないとわかってくれたようだ。


 そんな彼女には、卒業した後の楽しみがある。


「ところで、ヘアカラーの色は決めたの?」

「…決めかねてる。

 染めては、みたいんだよ」

「カットしただけでも印象ってガラッと変わるから、染めた事を考えたら悩んじゃうよね。」

「そーなの!

 いっぱい、いろんな色があるじゃない?

 その中から、一色を決めるんだよ。

 洋服を選ぶのとは、わけが違うでしょ?

 初めて染めるわけだから、後悔したくないし…」


 鏡の中で、唇を尖らせる彼女に向かって


「うんうん。

 まだまだ時間はあるし、ゆっくり考えて後悔しない様に決めればいいよ。

 染める髪の色も、夢もね。

 夢を持つのに、遅いも早いも無いからね。

 焦りは禁物だよ」


 頷いた彼女は、にっこり笑って、


「アフロさんは、どんな色が似合うと思う?」

「せっかく、髪も伸ばしているし…。

 明るめの茶色に染めて、ふんわりパーマにするのもいいと思うんだ。

 きっと似合うよ♪

 あ、でも強要するわけじゃないよ。

 自分で納得するヘアスタイルにしないと、ね」


 鏡越しに、にっこりと笑いかけると彼女は、パッと花が咲いた様に明るく笑った。

 俺達のやり取りを藍は、無言で見ていた…



 いよいよ俺を指名した藍の順番になり、こちらですと案内する。


「ヘアスタイルは、お任せにするわ。」


 直感で、ショートカットが似合うと思った。

 ロングが似合わないわけじゃない。

 でも、俺がカットすればもっと魅力的になる。

 そう思って、ショートカットを勧めた。


 笑顔で快諾した藍が椅子に腰をおろしたのと同時に、彼女の髪を切る事に対して少し躊躇した。


 長い髪なのに毛先までしっかり、手入れが行き届いていて艶がある。

 しっとりしているが、さらさらとなめらかな髪。

 漆黒の髪に目を奪われた。

 こんなキレイな髪の持ち主を、俺は今まで一度も見たことが無いと、驚愕している俺に気付いたのか、藍はクスッと笑って


「好きなだけ切っていいのよ。

 このヘアスタイルにも飽きて、美容室を探していた時に、


 『お任せスタイルを頼むなら、アフロ』


 って口コミを見て、貴方の事を知ったの。

 貴方にカットしてもらいたくて、わざわざここに来たんだから。」


 その言葉を聞いて、吹っ切れた俺は迷う事無く大胆にハサミを入れる。


「どんな風になるか、楽しみだわぁ。」


 初めは、藍に似ている人だと思い込んで、他愛のない話をしていたら…。

 会話の節々に、東京に住んでいるとか、俺と同じ美容業をしていて何店舗か経営していると知った。

 同業者の、あの『藍』だと確信した俺の手は、少し震えた。


 同業者のお客様は嫌ではないけれど、値踏みされている感覚に陥るから、出来れば避けたい…のが本音かな。


「…今日は、ご旅行で?」

「いいえ、仕事で。」

「仕事とはいえ東京から、こんな田舎に…大変ですね。」

「ええ。

 でも、これからの業績を左右する、大切な事だから他の人には任せたくないし。」

「昨日から、いらしているんですか?

 こっちは、食べ物が美味しいですから、いっぱい食べて帰ってくださいね~。」


 と敢えて、仕事の事に突っ込まない様に鏡の中の藍に、満面の笑みで話を逸らした俺に…


「単刀直入に話すわ。

 貴方、私のお店で働かない?

 このお店よりは、顧客もたくさん抱えてる。

 今のお給料よりかは、格段に良くなるはずだわ。

 どぉ?悪い話じゃないと思うけど」


 唐突すぎて、目が点になった。


 思考が止まって、体が硬直している…。

 暫くして、聞き間違いかな?と思って、何も無かったように手を動かし始めると、今度は振り返って、返事が出来ないでいた俺に向かって


「今の話、きちんと聞いてたの?」


 と不快そうに覗き込んできた。


「本気だけど、私。」

「…どおして、…俺が…?」


 相変わらず、藍との話が聞こえていてもオーナーは微動だにする事無く、普段と同じように、お客様の髪にハサミを入れている。


 俺は…動揺して、手が震えて上手く藍の髪を切れない。



 が、意を決してカットしていく…。


「貴方の事は、SNSで知ったわ。

 良い技術を身につけ、人当たりの良い性格を兼ね備えた人物を探していた時に、地方でかなりの腕利きがいる事を知った。

 どんなお客様でも常に笑顔で接し、必ず帰るお客様を笑顔にする。

 不快な思いをして帰った人は、一人もいない。

 アフロヘアーのその人のウリは、お任せ。

 誰もが、満足して帰るって。」

「そんな、大げさですよ。

 ハードル上げないでくださいよ~、カットしにくいですよ。」


 鏡の中の藍に苦笑して言うと、すかさず


「本気でウチに来る事、考えてみない?」


 藍の真剣な眼差しを見て、息を呑んだ。


「…貴方のような、才能の長けている方に認めていただき、尚且つ声をかけていただける事は本当に光栄なことだと思います。

 ありがとうございます。」

「それじゃあ♪

 話は、早いわ。

 早速…」

「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。」


 藍の表情が、一瞬にして曇る。


「オーナーの前で話したのが、ダメだったかしら?

 けど、ウチで働けばいつかは、バレるわ。」

「そういう事ではありません。

 せっかくのお話ですが、この店以外で働く気は無いんです。」

「こんな田舎のお店に、こだわる理由は何?」


 ちらっとオーナーの方を見るが、相変わらずで寧ろお客様の方が、驚いて俺を見ている。


「こだわる理由は、この店が好きだからです。

 先程のお客様には話していないのですが、以前この店を辞めて他の店で美容師として働いた事がありました。

 ココより給料が高かった事が、転職の理由です。

 その時に、学んだんです。

 勿論、対価として金を貰わなければ生活していく事はできませんが、同時に心の満足度も非常に大切だと、改めて知りました。」


 鏡の中の藍は、怪訝そうな顔をしている。


「転職し初めの頃は、ここでお世話になっていたお客様も来てくれたのですが設定料金が高めで、しかも今の様に気楽に話が出来るような雰囲気でもなく…。

 気が付けば、常連さんの中に知り合いは一人もいませんでした。


 確かに給料は良かったのですが、お客様の髪の毛をロボットの様にカットしていくだけ…。

 そんな毎日の中で残るのは、虚しさだけでした。

 俺が美容師として働きたかったのは、『この店』だと気が付いてオーナーにダメもとで、この店で再度働かせてほしいと頼みました。



 『好きにしろ。』



 オーナーのその一言が、嬉しくてオーナーに恩返しがしたくて、思いついたのがアフロヘアーにする事でした。

 アフロのいる店として知名度が上がれば、興味を持って来店していただけるお客様が増える、そう思ったからです。」


 話している間も、カットする手は止めない。


「それからは、自分の知らない分野の事も勉強して、知識を増やしどんなことを質問されても答えられるように努力しました。

 結果、お客様も増えて。

 お客様のように、俺の事をSNSで知った地元以外のお客様も増えました。」

「貴方が輝く場所は、ここじゃなくて東京よ。

 東京から半信半疑で貴方を訪ねてきたけれど、どうやら間違ってはいかなったみたい。

 それに、前の店と同類にされるのは迷惑よ。

 貴方を、がっかりさせたりしない。

 貴方の事を、大勢のお客様が東京で待ってる。

 だから!」

「…すみません。」


 その言葉で藍は、くるっと椅子を回して


「貴方、相当頑固ね。

 結婚は?」

「一応、美容師も職人ですし…根は、頑固な方だと思います。

 結婚はしていません。」


 危ないですから…と言って椅子を元に戻す。


「一人身のうちは、給料なんて気にしなくたっていいのよ。

 結婚とか、環境が変われば話も変わってくる。

 あの時、東京に行っていればよかったぁ~って後から後悔するわよ?」

「そうなった時に、後悔しますね。」

「私は、貴方より頑固よ。

 じゃなきゃ、この業界でこんなに成功していない。

 もう気付いていると思うけど私、何本もの白髪がいたるところにあるわ。

 私は、中学生の時から数本の白髪に悩まされてきた。

 同じ様に白髪で悩んでいる人を助けたい思いから、美容師になって腕を磨いてきた。

 誰よりも信念があるから、成功した。

 長年の直感で貴方となら今後、仕事を一緒にすれば絶対上手くいくと思った。」

「はい!

 カットが終りました!

 シャンプーしましょう。

 あちらへ、どうぞ。」


 椅子を回して案内すると、溜め息混じりに


「一筋縄では、いかないようね。

 諦めないわよ。

 貴方を連れて帰る迄、ここへ通い続けるから。」


 オーナーは、相変わらず表情を変えない。



「見込んだだけは、あるわ。

 このカット、好きよ。

 特に、この襟足。

 来月の予約を入れておいて。

 そうそう、良い返事が聞けること期待してる。」


 と帰り際に言って、あれから一年。

 藍は、ほぼ毎月東京からやってきて…。


「本当に、頑固者ね。」


 と言って、翌月の予約を入れて帰る。




「今回、担当します、アフロです。

 よろしくお願いします。

 今日は、どのようになさいますか?」


 俺は、どんな事があっても、田舎のこの店で生きていき事を決めた、頑固者のアフロです。

第5弾も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


第6弾「まっしろなジグソーパズル」もございますので、読んでいただけると幸いです。


第1弾は「黒子(くろこ/ほくろ)」

第2弾は「風見鶏」

第3弾は「WARNING」

第4弾は「デジャブ」

となっております。


よろしくお願いいたします。

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