94:噛み合う予定
胸や襟に付けられた徽章や勲章を見れば相手が並大抵の人物でないことなど一目でわかる。
モニターに映し出された美女はアイリスとは違ったタイプの「如何にも仕事ができるクール系」といったストレートの緑髪セミロング。
きっちりと着こなした制服からその人となりも想像がつく。
「お待たせして申し訳ない。こちらは武装輸送商会のソーヤ。緊急コールとは穏やかではないが、何かあったのか?」
「こちらは帝国軍第一護衛艦隊所属のスレイルーア・ダフ・ナールダルだ」
見た目の年齢など当てにならないが、ナールダル伯爵の関係者であることは間違いないだろう。
まさか知っている名前が出てくるとは思わず、世間の狭さに驚いていると彼女は淡々と用件を告げる。
「貴君に出頭命令が下された。これは皇帝陛下の勅令である」
「出頭命令受諾します」
予めアイリスから教わった通りに余計なことは言わずに頷く。
「では詳細を送る。通達は以上だ」
物凄く事務的に終わった通達だが、送られてきたデータを見て疑問点が出てきたので質問の許可をもらうべく小さく手を挙げる。
それに頷くスレイルーアを確認してから口を開く。
「ご存じの通りこちらの船は大型で足が遅い。加えてニルバー星系への輸送依頼を受けてしまっており、そのまま改修工事を行う予定があるのだが……」
「キャンセルしてもらう――と言いたいが、事情はこちらでも聞いている。最先端軍事技術流出のリスクは帝国としても回避しておきたい。ニルバー星系に迎えの船を用意する。そちらに乗り換え首都星系まで移動せよ」
「了解しました」と知ってる敬礼をやってみるが、軍籍ではないので必要ないと注意を受ける。
予想通りというべきか、見た目通りのお堅い人物のようだ。
なお、軍籍を望むであればナールダル伯爵の方に便宜を図ってくれるとのことだが、俺が傭兵資格をはく奪される経緯とその後の処理を知っているので丁重に辞退する。
そんなわけで通信は終了。
思ったよりも問題なくあっさりと終わった。
やはり機械知性体がこちら側についている以上、強くは出れないのだろう。
「ニルバー星系で改修している間に首都惑星か……」
時間的にどんなものかと考える。
「御主人様の想像通りです。改修が先に終わりますのでアトラスをドックに預けておくのための費用がかかります。こちらは契約に含まれておりませんので御主人様の負担になります」
「請求しとけばよかったなー」
そうぼやいて両手の頭の後ろへと持って行く。
「そんな御主人様にお得情報をお知らせします」
「ほう?」
思わず身を乗り出して聞く体勢になってしまう。
何故に人はこうも「お得」という言葉に弱いのか?
「ルーンムーラに貸しを作ればその費用を請け負ってもらうことが可能です」
なるほど、と言いたくなるが問題はその貸しを作る部分である。
恐らくは改修に合わせたものなのだろうが、このアトラスには他にもアステリオ社の重要技術があったのかと首を傾げる。
「御主人様が手に持つ物は何ですか?」
俺が手に持つ物と言えば、と考えてすぐに思い当たるものが一つ。
携帯端末――ではその中には何があるか?
「カタログか」
頷くアイリスに俺は何が言いたいのかを理解する。
要するにクオリア製の商品を購入するための仲介役を引き受ける、ということだ。
なるほど、確かにこれなら貸し一つとするのは可能と思われる。
しかし懸念事項がある。
「それをすると他からも要請が来るんじゃないか?」
「おや? 引っかかりませんでしたか」
パチパチとやる気のない拍手をするアイリス。
まさかの引っかけに俺は次を考えるが何も浮かんでこない。
仕方なく降参することにしたのだが、そもそも俺が引っかかるかどうかのものだったらしく、アトラスの預かり費用をどうこうするつもりはなかったようだ。
「ちなみに引っかかっていた場合は御主人様ポイントがマイナスされます」
「減って困るものでもないよなぁ」
「95%ほど減少していましたので今後もお気を付けください」
「減り幅おかしくない!?」
アイリス曰く「こんなわかりやすいものに引っかかるようなおバカな御主人様は減点」とのことだが、幾ら何でも減り方がおかしい。
「ここまで教育を施してそれが無意味だったとわかれば大幅な減点にも納得していただけるかと」
「それはつまりこれまでの成果を確かめる意味もあったのか?」
大体そんな感じです、と締め括るアイリスだが、果たして本当にそうだろうか?
今後もこのような試験が定期的にやってくるとなると常に気を引き締める必要が出てくる。
それ以前にこれがアイリスの趣向とは思わずじっと見つめる。
「データ収集が主目的です。なので良い結果を期待しておりますよ」
「シングルナンバーでもクオリアの意向には逆らえない、ということか」
俺の呟きにアイリスは「むしろ積極的にクオリアの意向に沿っている」と胸を張る。
それについては否定しても何の利益もないので無言で頷く。
そこに繰り出される容赦のないアイアンクロー。
「御主人様。『目は口程に物を言う』という言葉をご存じで?」
「口に出してないからセーフだと思うんだけどねぇ!?」
じわじわと加わる握力に抵抗を見せるもすぐにその腕を叩いてギブアップの意思表示。
解放された時には頭部にしっかりと指の痕が残されていた。
さて、茶番が終わったところで本日の予定を確認する。
積荷の搬入待ち――以上である。
つまるところほぼいつも通りだ。
一応義理としてダータリアンに予想通り呼び出しを食らった件を話すくらいだろうが、こちらはアイリスに止められた。
確かに皇帝からの呼び出しをわざわざ吹聴して回る必要はない。
事情を知っている者ならば提出する予定航路で勝手に察してくれるはずである。
「しかしこうすんなりこちらの要望が通ると逆に不安になってくるな」
正直なところ相手が帝国最高権力者なのでもっと高圧的に来るものだと身構えていたが、大きな予定の変更もなく、暇になるであろうアトラス改修中の時間を上手く活用することができている。
何か上手くことが運ぶとこれまでの経験から「何かおかしい」と疑ってかかってしまう。
それが不安の原因であると頭を振って先の言葉を否定する。
「いや、少しばかり運がないことに慣れすぎたな。状況を考えれば都合良くまとまるのは当然だ」
忘れてくれ、と隣に立つアイリスに笑う。
しかしアイリスはこちらに視線を送ることなく正面の巨大モニターに体を向けたまま話し始める。
「迎えとして用いられるのはこちらの小型客船です。型番はCSS4-S096。収容客数を抑えることで十分な速度と豊富な娯楽施設を両立した貴族向けの客船となります」
どうやら情報を集めていたらしく、その結果がブリッジのモニターに表れる。
その表示された船の情報には感嘆の声が漏れた。
このアトラスも施設の質に関しては文句のつけようがなかったが、これは方向性が全く違う船である。
説明通りの充実っぷりに思わぬところで楽しみができたことで「お偉いさんに呼び出されるのも悪くはないな」と客船の情報を丁寧に読み漁る。
「はは、凄いな。プールがあるぞ。おお、部屋のサイズがこれか……前に泊まった高級ホテル並みか?」
「乗員は乗組員を除けば我々だけです。つまり貸し切り状態ですね」
「そりゃ凄い。この施設全部使い放題か!」
俺は上機嫌で笑みを浮かべて娯楽施設を順番に検索する。
そこにアイリスがぼそりと一言呟いた。
「つまり二人きりです」
その意味をすぐに理解できなかったが、一呼吸もおけばわからないはずもなく俺は固まった。
「基本従業員は飲食スペース以外には出てくることはありません。よって移動中は我々二人だけとなります」
「……それっていつもと変わらないよな?」
「貴族用の客船なので私は雑事から解放され御主人様のご奉仕に専念できます。また訓練施設のようなものはありませんのでそちらに割いていた時間も使用可能となっております」
互いに正面を向いたまま画面が変わらなくなったモニターの前でしばし黙ったままでいると、アイリスがニチャリという笑みを浮かべる。
モニターに反射するアイリスの顔を無表情で眺め、ポンと肩に手を置かれたところに止めの一言が囁かれる。
「楽しみですね。御主人様」
「速度特化のシャトルに変更することは?」
こちらに決める権利などあるわけもない。
悲しき一市民は皇帝陛下の恩情に賜ることしかできないのであった。




