93:来るべきもの
リカー星系のステーションにて、停泊中のアトラスのブリッジでモニターに映る情報を眺めながら俺は溜息を一つ吐く。
「まいった。許可なしで入れる遺跡なんてほとんどないぞ」
早速クラウンを稼ぐために近場の遺跡ついて検索したところ、一般公開されているような場所は何処にもなく、あったとしてもあまりにも規模の小さく、探索できるような箇所がそもそもないようなものばかりだった。
これで何処を探せと言うのか?
そう思っていたところでいつの間にか隣にいたアイリスが一言。
「私がいれば許可など必要ありません。そもそも廃棄されたものを除き旧構造物とは言えそれらに関する権利は我々のマスターのままとなっております。文句を言われる筋合いがございません」
言わんとしていることはわかるのだが、所有者は既にいなくなっているのでいつまでもそのままにしておくわけにもいかないだろうと微妙な面持ちになる。
ともあれ、これで一旦宝探しは保留と相成った。
常識のズレ……というより、アイリスは自分たちのマスターが絡むと途端に頭が固くなるように見受けられる。
これを忠誠心の高さと感心するべきか、それとも厄介と見るか?
取り敢えず前者ということにしておけば面倒なことにはならないはずだ。
この選択に当のアイリスは「わかればよろしい」とばかりに頷く。
いい加減当たり前のように思考を読むのは止めてほしい。
「あくまで御主人様の僅かな機微と蓄積されたデータに基づいたものです。思考を直接読み取っているわけではありません」
「それが信用できないんだよなぁ」
ちなみにアイリスはこのためだけに自身が使用可能なリソースの約3割を使用しているとのこと。
「何その無駄遣い」と率直な感想が口から出たが、これは必要な事であると断言された。
理由を聞いたところで理解できるとは思えないのでこの件はもう諦めることにする。
アトラスの補給が始まり動かすことができなくなったので船内を歩く。
行く当てもなく、空っぽの倉庫区画に辿り着くと何だか虚しくなってきたのでブリッジへと戻った。
「何をしているんだろうな」と呟き、メッセージを確認するとアステリオ社からのものが混じっていたので開封。
どうやら依頼の荷物の到着が遅れているらしく、明日まではここに釘付けとなるようだ。
今回は船外に出る気がないので予定を組みなおす必要ができてしまった。
「そういう時は体を動かして頭の中を一度リセットしましょう」
ほんの数秒視界から消えただけなのにトレーナーメイド姿になっているアイリス。
もっともな意見ではあるので俺も頷き、トレーニングルームへと移動する。
廊下に出て前を進むアイリスの尻に目が行く。
ピッタリと肌にフィットしているインナーなのでその形の良さがよくわかる。
壁に設置されたレバーを引き出し、それを掴むとアイリスを追った。
トレーニングルームへと入るとまずはジャケットを脱ぐ。
それから着替えるわけだが、当たり前のようにアイリスが手伝う。
最初は「逆に遅くなるだろ」と思っていたし、実際口にも出したが、いざ早着替え勝負をするとどうやってもアイリスに全部任せた方が速かったのだから文句も言えない。
多分あの辺りから俺の常識が崩れ始めたのかもしれない。
「今日はどういう設定だ?」
軽く準備運動をしながらアイリスに尋ねる。
「身体を動かすことがメインですので通常通りですが一つ付け加えます」
「ほう?」
強化が完了してからはそれに合わせた訓練を行っているが、基本的にやることはあまり変わっていない。
俺が全力を出そうがアイリスに本気を出させることなど到底叶わないので変化が薄いのだ。
強くなっているのがわかりにくいのが難点だったので、そこに変化が加わるのは俺としても望むところである。
だがその前にストレッチをしっかりとするようにとアイリスから注文が入る。
「身体の可動範囲の拡大は戦闘能力向上に繋がります。身体強化で一気に済ませてしまうのもよいですがその場合は前回同様慣らしが必要となります」
「ああ、それならじっくりやっていく」
正直肉体の強化は必要ないならしたくはない。
感覚のズレというものは思った以上に厄介だった上、ストレスや不快感も無視できないのだ。
そんなわけで尻を床につけて両足を開き、手伝いのアイリスが俺の背中を押す。
「あー、これ知ってるわ。このまま胸の辺りまで床につけるやつだ」
「ご存じの通りです。ではいきます」
そう言って俺の背中を抱きつくように前に思い切り押す。
直後に到達する限界点に俺は一言「無理!」と叫ぶ。
「もっと足を開けば大丈夫です」
「俺の体だぞ! 無茶すんな!」
抗議虚しくチャレンジを強行されギブアップ。
「胸を押し付けているので差し引きゼロです」
「完全にマイナスだ!」
「誰の胸がマイナスですか」
言ってない、という俺の叫び虚しく限界点を行き来する体。
ようやく解放されたと思いきや次は別のストレッチが始まる。
そしてそれらが終わりを迎えたところで「では訓練を開始します」とアイリスは満身創痍の俺に告げる。
「既に頭のリセットという目的を達している気がするんだが?」
「それはそれ。これはこれです」
そうして始まる戦闘訓練。
そして床を舐める俺。
強くなったはずなのに強くなった気がしない。
「で、あのストレッチには何の意味があるんだ?」
「事前に説明した通りです。御主人様は体が硬くはありませんが柔軟な部類でもありません。なので単純かつわかりやすい可動領域の増加という強化を施します」
つまり単純な別方向からのスペック向上が目的。
戦術的な部分について尋ねれば「後から考えればいい」と思ったよりもいい加減な返答が来た。
何も考えていないかと思ったが、結局のところ俺がこのような訓練をするのは体を十全に動かすことができるようになるためであり、その目的は何を相手にしても耐える、もしくは逃げ切れる戦闘能力を手に入れることにある。
果たして柔軟な体を手に入れることでどの程度の効果が見込めるかは不明だが、できることは増やしても損はない。
「後はその状態を自分のものにして、それをどう活用するか、になるか」
「はい。徐々に慣らしていきましょう」
僅かに食い違いが発生したような気がしたが戦闘訓練を再開する。
自分の中では徐々にスタイルが確立され、形のようなものがおぼろげながら見えてきているような気がするのだが……如何せん実力が違いすぎる相手なだけあって、それが本当に俺に適したものであるのかがどうにもわからなかった。
そんなわけで訓練が終わり、シャワールームで汗を流す。
珍しくアイリスの乱入がなく、更衣室に用意されていた服に着替えて食堂に行くと、そこにはタイミングを計ったかのように配膳中のメイドの姿があった。
「……これくらいが丁度いいんだがなぁ」
「それでは私が満足できませんので諦めてください」
息を一つ吐いて席へと座る。
今日も飯は美味かった。
緊急コールで目が覚めるのは何時振りか?
急ぎブリッジに行くと既にアイリスが待機しており、艦長席にへと飛ぶと通信回線を開いた。
モニターに映されたのは一人の美女。
但し、その服装は帝国軍の軍服を豪奢にしたかのような造りとなっており、俺は彼女の制服が何を意味するかを知っている。
彼女は貴族である。
しかしそれとはまた別の特権階級――近衛と呼ばれる帝国の最大権力者たる皇帝に仕える直属の兵。
それがステーションを経由して緊急コールを用いて連絡をしてきたのだ。
事前情報からその内容は察しがつく。
「皇帝陛下からの呼び出し」という来るべきものが遂に来たのだ。
(´・ω・`)ちょっと外耳炎にかかって先週末から手を付けることができないでおりました。




