92:真実の対価
「お伝えすることは以上です。それでは通信を終了します」
残った通信は一言で言うと「お礼」だった。
宇宙怪獣アトモスの件でセクターの総督から感謝の言葉を頂いたというわけなのだが……そんなお偉いさんが俺のような一般人の前に出てくるはずもなく、通信を繋ぐと美女が出てきて用件を済ませてはい終了、という流れだった。
確かに受ける必要のある通信だとは思うが、こうもあっさりしていると事務的すぎて有難味がない。
これならメッセージでよかった気もするが、お偉方は庶民には理解できない風習をお持ちだ。
せめて謝礼金の一つでもあれば話は違ったのだが……恐らく内容に懐疑的なのだと思われる。
まあ、アルマ・ディーエの介入があった時点で疑わしいと思われるのは仕方がない。
真偽のほどが明らかになればまた向こうから連絡が来るだろうし、謝礼金を期待するならばその時だ。
「で、残るはメッセージだが……」
一件目に目を通した瞬間「なんじゃこりゃ」という声が出た。
「最新型ドールのカタログです。もっと言えば同好の士を見つけたマニアックな方々からのお誘いです」
「その勘違い何処まで広がってんだよ!?」
当然こんなものはゴミ箱行き。
続く3件も似たようなものだったので廃棄する。
「何故これを残した?」とアイリスを睨むが笑顔で返された。
いつまであの件を引きずるつもりなのか?
そして5件目は何と仕事の依頼。
ギルドを通さずに来るものは残らず排除しているはずなのに何故かある。
首を傾げてよく確認すると依頼人の名前が「ルーンムーラ・アステリオ」とあった。
内容を要約すると「ニルバー星系に寄るのならリカー星系の荷物を運んで頂戴」である。
丁度仕事がなくカーゴスペースが空っぽなので承諾。
そして最後の一件で随分と久しぶりとなる名前を見た。
「まさかチャップマンからとは……」
久しく見なかった名前だが、別れてからここまでが濃密すぎて過ぎた時間以上長く感じてしまい懐かしさすら覚えてしまう。
その内容は主に近状報告だった。
それでも久しぶりに見知った相手からの連絡というものは荒んだ心を癒してくれる。
そんな風に懐かしむ俺にアイリスが余計な一言を挟む。
「やはり男性同士でも……」
「いいわけあるか」
ともあれ、これで取り敢えずやるべきことは終わったので一息つく。
ちなみにチャップマンからの近状報告にかなり腕の良い新人が入ってきたとあり、間違いなくランクⅣに到達できる逸材と太鼓判を押していた。
そんなに腕が立つなら一度見て見たくなったが、残念ながらイラスティオン星系に立ち寄る予定が全くない。
いずれ機会があれば、と心に留めておく程度が関の山と言ったところか。
ということで詰問タイムだ。
「アイリス。あのくそったれの居場所を教えろ」
「言葉遣いが下品だと注意させていただきます」
今までそんな注意したことなかっただろ、ととにかく情報を催促する。
そもそも必要と思われる通信を受けた結果なのだから、そこは教えるべきだろうとアイリスの説得を試みる。
しかし情報屋との通信を必要としたのは、俺が知り得ないはずの情報を知っている理由付け以外になく、あの糞野郎の話が出る予定はなかったのだと言う。
わざわざ紙媒体を用いてまでアイリスの予想を覆したのはいいが、向こうにはそれを有効活用できるだけの手札がなく空振りに終わった。
問題は俺がそれを無視できない……というよりするつもりがないことである。
人の恨みというものは恐ろしい。
こうして未だ俺は奴を忘れず、機会さえあれば殺してやりたいとすら思っているのだ。
「ご主人様。先ほどご自分が仰っていたように我々の情報は安くはありません。返済のためのものであるならば無償で提供いたしますが無関係のものとなれば話は別となります」
「幾らだ?」
返答は溜息。
つまり売る気はない、ということか?
「世の中には知らない方がよいこともございます」
「最良である必要はない。知って後悔することになろうが、それは俺の選択だ」
そして二度目の溜息がアイリスの口から漏れると「高くつきますよ」とのことだが、借金が増えたところで今更ではある。
返済の計画などない頷く俺にアイリスの視線が突き刺さる。
しかしそれでも仕方なく教えてくれる辺り、一応こちらの意思を考慮してくれているようだ。
「御主人様の叔父トーアは既に死亡しております。見せられた画像データに映った人物はその市民IDの乗っ取りを行った別人でございます。あんなものを交渉に使おうとしていることから恐らく気づいていないでしょう」
「は?」
意味がわからない情報に間の抜けた声が出る。
いったいいつ死んだのか?
何故死んだのか?
ではこの人物は誰なのか?
そもそも入れ替わる理由は何か?
予想以上の情報量に処理と感情が追い付かないでいるとアイリスが答えを口にする。
「簡単な話です。遺産を奪ったとされるトーアもまた御主人様のお父様同様に消されるべき人物となっていたからです」
「待て! それじゃ事故じゃなくて殺されたのか!?」
そうですよ、とあっさり肯定して見せるアイリス。
事故死に見せかけて両親が殺されたとなれば、その犯人は誰なのか?
その最有力候補がトーアなのだが、その彼もまた同様に殺害されることとなっている。
完全に理解が追い付かなくなったところで続く説明で俺は言葉を失った。
「御主人様の父ローアとその兄トーアは共犯者です。仕事で従事していた遺跡にて発見したカードを己の懐に入れる背信行為で二人は共犯者としてデータを操作しております。しかしクオリアへの申請で明るみになったことで二人はお互いを切り捨てました。結果が御主人様の御両親の事故。そして遺産を手にした直後にトーアもまた事故という形で処分されております」
語られたのは悲劇でもなんでもない結末。
勤めていた企業を裏切り、それがバレると互いを売った。
あの日の絶望が何処に起因していたかを知り愕然となる。
「それを信じろ、というのか?」
これを抵抗と呼ぶにはあまりにも脆弱な言葉だ。
それでも容赦なくアイリスは叩き潰す。
「クオリアに送られたカードを落とし物としてローアが申請しております。その受取人はトーアに変更されてカードの中身である3300Cが『トーア』と名乗る人物のものとなりました。証拠としては不十分でしょうが――」
疑う理由もないと思います、といつも通り無表情のアイリスが締め括った。
この二十余年、俺は抱いていた想いは何だったのだろうかとブリッジの天井を仰ぎ見る。
「いつかは」と夢見た光景は叶わず、意味すらないと理解して力が抜けた。
そこに差し出されるように表示された「70000C」という文字。
真実を知るための代償と対価は少しばかり大きすぎた。
だがそれを口にするほどの力は今の俺には残っていない。
ただ項垂れる俺にそっとアイリスが耳打ちするように話しかける。
「ちなみに遺跡で見つかるカードの幾つかは暇な同胞が設置しているものです。発見されるか否かのスリルを味わっているらしいので給料の全額を設置してコミュニティ内でドヤ顔してる酔狂な馬鹿の顔を歪ませるために是非拾ってやってください」
「人が落ち込んでる最中にクソどうでもいい情報ぶっこみながらさらっと儲かりそうなもの混ぜるの止めてくれない?」
ちなみに解析済みの遺跡ほど設置されるカードが多いらしい。
機会があれば見つけ出して返済の足しにしよう。




