90:宇宙は広い、されど世間は狭い
今すべきことはこの大量の要請とメッセージを無視しても大丈夫なものとそうでないものに振り分けることである。
しかしこの量を俺一人でやるなど到底無理な話。
なのでここは心強いスーパーメイドに手伝いを依頼する。
「都合の良い時ばかりそのように掌を返す御主人様は嫌いではありません」
「一応奉仕対象を手伝っているんだから欲求は満たせているんじゃないのか?」
この疑問には「間食程度ですね」と今一つやる気がないことを正直に答えてもらった。
アイリスとしては身の回りの世話をするのが主食に該当するようだ。
なお、その辺は個体差が激しいので奉仕対象の仕事を手伝うのが好きなものもいる模様。
そしてそういった嗜好を持つ者は大体完璧主義という奉仕対象に極めて高い能力を要求する連中らしく「有機生命体にはお勧めできない」との評価から、加減を知らないのは種族の個性かと納得しておいた。
さて、そんなわけで分別作業が完了した。
99%以上がアイリスの仕分けによるものだが、機械知性体と速さを競っても仕方がない。
結果、俺が受けるべき通信は僅か2件に留まり、読むべきメッセージもたったの6件で済まされることとなった。
「素直に褒めたい気分なんだが、その場合俺にどんなデメリットがある?」
「そのひねくれ方も嫌いではありませんが私が優秀なメイドであることなど確認するまでもないことです。よってこの程度で称賛するならばしっかりとその辺りを理解した上で言葉を選んでください」
褒めるなら言葉を選べとの注文に俺は腕を組み、天井を見上げてしばし唸る。
「やはりメイドは素晴らしいな」
「4点」
十分に考えたつもりだったが俺のスマイルも敢え無く撃沈。
なお100点満点での4点なので「お話にならない」とのことである。
女心はわからないがメイド心はもっとわからない。
ちなみに「メイドが素晴らしいことなどわかりきったことなので90点減点しました」と大まかな内約を教えてくれた。
覚えてしまう前に忘れてしまおう。
そんなわけで必要と思われる通信2件の処理なのだが……いきなり問題が発生した。
「なあ、誰こいつ?」
表示されている「アンドラース」という名前に全く心当たりがない。
ファミリーネームがないことから貴族でないことは確実。
こいつの重要性がさっぱりわからない俺はアイリスを見る。
いいから黙って回線を開けとばかりに頷くメイドに俺は渋々端末を操作する。
「お、ようやく繋がったか」
モニターに表示されたのは短髪黒髪のピアスを幾つも付けたオッサン。
ガタイは良いが戦闘は素人レベルだろうと俺の勘が告げている。
「初めまして武装輸送商会。俺はアンドラース。有体に言えば情報屋だ」
「情報屋なら俺には必要ないことくらいわかるよな?」
「切るぞ?」と確認を取ると凄い勢いで食い下がられる。
「待て待て待て待て! そっちに誰がいるかは知っている。その上で俺から情報の売買を持ちかけてるんだ。売り物はあるがこっちが買う側だ」
買う側で接触してきたというなら納得だ。
「買うつもりなのはいいが……高いぞ?」
あと売れないものの方が多分多い。
契約上クオリア関係の情報は取引できない。
そしてアイリス経由の情報はその精度から売れるものでも非常に高額となるのは当然だ。
「こっちも情報の価値くらいはわかっている。だから十分に予算を分捕ってきた。どうせバレてるだろうからぶっちゃけるが、とある企業から依頼を受けてやっている。俺みたいな末端の情報屋を使うくらいだ。雇い主はマヌケだな」
そう言って声を出して笑うアンドラース。
「俺も情報屋の端くれだからな。機械知性体のヤバさは知ってるつもりだ。なので『全部バレてました』で済ませる予定だから大丈夫だ。で、肝心の取引内容なんだが……これだ」
モニターの前に突き出された携帯端末の画面に映し出される項目を見る。
「おいおいおい、これギャグか?」
「いや、多分本気でその情報が買えると思っている」
思わず笑ってしまったその内容はアトラスに関する情報に加え、要約すれば「アルマ・ディーエにどうやって取り入ったか?」と詳細を求めるものだった。
正に論外。
勿論出せる情報ではないので一蹴する。
それを当然のこととアンドラースは頷いた。
「で、ここからが本題だ」
「ああ、やっぱりそういうことだよな」
あんなものが本題であってたまるか、と俺の予想を肯定する情報屋。
「さあ、ここからは俺の取引だ」
そう言ってアンドラースは手を動かして楽しそうにしているが、貴重な時間を使わされた身なので嫌味の一つもぶつけておく。
「そっちの本題のためにハズレの依頼を受けたのはわかった。信用問題にならないのか?」
「はっはっは、実はこの依頼はワケアリだ。依頼元が結構強引でな、仕方なくダメ元で引き受けてやる、という形で貸しを作った」
「馬鹿は何をするかわからんぞ?」
俺の忠告に「大丈夫だ」と情報屋は自身満々に笑う。
「さて、本題に入ろう。実はお前さんに売りたい情報がある」
「まあ、そうだろうな」
「そして買いたい情報もある」
結局両方かよ、と呆れる俺にアンドラースは畳みかける。
「さらに無料で提供できる情報まである」
ノリノリで両手の人差し指をビシっと俺に付きつけるアンドラース。
「タダは嫌いじゃないが貸しを作るのは嫌いだな」
「勿論貸し借りになんかならない。恩を売りたい相手は別にいるから遠慮なく貰ってくれ」
そういう目的ならば受け取るのも吝かではない。
俺は頷き続きを待つ。
「どうせバレるだろうから先に言っておく。この情報はお前さんに渡すようにと依頼されたものだ。そして依頼主はお前さんもよーく知ってる相手だ。誰だと思う?」
勿体ぶるアンドラースに「さっさと言え」と顎をしゃくる。
仕方ないとお手上げのポーズを取る情報屋は表情を一変させて神妙に語る。
「相手はハインリック・イズルードルだ。どうやらお前さんを現在の揉め事に引き込みたいらしくてな、自陣営に付けようとこんな情報を俺を使って寄越した。口留めされてるが漏れる前提なのがバレバレで気持ち悪い依頼だったぜ」
そして送られてくるデータがモニターに表示される。
最初に表示されたのは一枚の画像。
それを見た俺の目が大きく見開いた。
「その分だとまだ覚えているようだな」
「これは何処の画像だ」
「まあ、恨んでて当然だわな。データはそっちにしっかり送ってる。後で確認してくれ」
最初にこんなものを出してくるとは予想だにしていなかった。
画面に映る男を睨みつけても何も変わらない。
さっさとこんな取引を終えて詳細を確認しなければ……そう思っていたところでスッと俺の真横にアイリスが立つ。
「ヒロロシーク星系。プライムコロニーのカイオーインダストリアル本社です」
アイリスに答えを言われたアンドラースは「あちゃー」と大仰に仰け反って顔を隠す。
「御主人様。過去の話です。あまりにこだわらないように」
その忠告は尤もだと理解できなくはない。
だが納得などできるはずもない。
あの日、どん底へと叩き落された恨みを忘れるなど到底できるものではない。
「ところが過去の話じゃないんだな」
情報屋はわざとらしく溜息を吐き、隣のアイリスは舌打ちする。
つまりアイリスは知っていた。
二本の指で挟んだ紙をヒラヒラと見せびらかしながらアンドラースは続ける。
「このカイオーインダストリアルってのが、イズルードル侯爵家の前当主が趣味のために作ったような企業なんだわ。ここまで言えばわかるな? シーラ・ハインリックが自分の親の恨みとばかりに潰しにかかっている。その矛先が、お前の両親の遺産を奪って逃げた叔父のトーアに向けられている」
情報屋が笑い、俺に選択を迫る。
「さあ、どっちにつく?」




