89:まさかの伏兵
「いやー、助かったわ。ダータリアン」
見知った肉……もとい顔を見てホッと一息。
そんな俺を見てモニター越しのダータリアンは「あなたねぇ」と呆れ顔だ。
「通信要請が馬鹿みたいに大量に送られてきてるんだ。どうせ緊急性もないものばかりだからな。まずは仕事の話が優先。武装輸送商会として何も間違ってはいない」
「帝国内で貴族に目を付けられると仕事がしにくいわよ?」
「それはそれ、これはこれ」とその話はしたくないと態度で示す。
何より嫌でも貴族関連の話をしなくてはならないのだ。
アレと比べれば緊急性が数段落ちる機械知性体絡みの話など放置してもよいくらいである。
「早速だが続報があれば聞かせてくれ」
「そっちのメイドさんからは聞いてないの?」
「聞いてはいる。だが情報の質が違う。変に勘繰られたりしないためにも、俺が入手可能なレベルでどうなっているのかが知りたい」
アイリス……というよりクオリアの情報網は防諜機関が無意味になるレベルで優れている。
なのでアイリスから知り得た情報はものによってはこうして確認を取っておく必要があるのだ。
「流石に前当主が暗殺された件は無視できなかったみたいよ。ほぼ間違いなく皇帝陛下が介入するだろうと見ているわ」
ここまでは聞いた通りだが、アイリスは皇帝の介入を断言している点が違っている。
まだ可能性の段階が現在俺が知っているべき情報である。
「他には?」
「恐らくだけど、今回のお家騒動が長期化した要因の一つであるあなたにも、何かしらあるでしょうね」
「そうなるかー」
しかしそうなるとその大本である依頼を仲介したお前はどうなるんだ、とモニター越しにそのふくよかな体躯をじっと見る。
「流通ギルドにかかわる旨味はないわよ。だから私には何も言ってこない。仮に何か言われても動ける体じゃないの」
「都合の良い話なことで」
結局は俺が奉仕対象であることが最大の要因だということだ。
俺が理解したことを察したダータリアンが「あんたも大変ねぇ」と突き放す。
「どうすればこいつを巻き込むことができるだろうか?」と考えるも、一応こんなナリでもリカー星系流通ギルドの支部長である。
良い仕事を回してもらうためにも、ここは我慢するのも賢い選択だ。
「で、だ。何か金になる話はないか?」
なので早速仕事の話を振る。
「残念だけど、今あなたに回せる仕事はないわね」
その言葉で怪訝な顔をする俺にダータリアンは大変わかりやすく説明してくれる。
「さっきの情報とあなたが奉仕対象であることが急速に広まりつつある。既に多くの勢力があなたを取り込もうと動いているのはわかるわね? 今回の件で皇帝陛下が貴族連中を牽制することになるだろうけど、民間はそうじゃない。つまりアルマ・ディーエとの接触を目的とした依頼を弾くとあなたに回せる依頼がゼロになるの」
「ああ、つまり現状俺……というより武装輸送商会は存続の危機に立たされている、ってことかい」
「ご明察」と顎の肉のぶにゅっと動かすダータリアン。
相変わらず頷いてもわからない肉塊である。
余談だがダータリアンのこの体型は単純に「太っているから」ではなく、遺伝子治療の失敗による結果らしい。
何をしたらこうなるかはさっぱりだが、このような失敗は起こり得ないとしてサンプル採取のためにそのままとなっているそうだ。
あくまでアイリスの調べによるものなので、それを口にしたら余計な一悶着がありそうなので黙っておく。
「しかしそうなると通信要請を送ってきてる貴族連中は皇帝の意向を無視してる、ってことか?」
「ほぼ確実だろうけどそれは『まだ』の話よ。でも、そうとも取れるし『そんな話は知らなかった』で通せると考えているのかもしれない」
わかったことは現状俺と接触しようとしている連中は面倒な奴らであるということだ。
企業関連はほぼ無視できるので、短慮を起こすような輩には気を付けるだけで問題はないだろう。
この点についてはダータリアンも同意見であり、好き好んでアルマ・ディーエとかかわりたがるのは余程の馬鹿か後がない連中だ。
大企業や安定している中堅どころは欲を出さない限りは手を出すような馬鹿な真似はしてこない。
何度も言うが本来機械知性体は恐ろしい存在だ。
中には崇拝しているような連中もいるが、基本的には価値観の違う異星人であり、圧倒的な武力を保有するが故に慎重にならなくてはならない相手である。
今後もこの手の馬鹿を相手にしなくてはらないのは流石に億劫だ。
こんな時こそギルドの力を借りたいところ。
「無理なのわかって言ってるわよね?」
呆れた物言いのダータリアンに俺は「おう」と元気よく返事をする。
しかしこれが続くとなると運送業も効率が悪い。
選んだのは確かに俺だが、これを勧めたアイリスはこの事態を想定していなかったということになるのではないか?
だとしたらアルマ・ディーエの予測も頭から信じるわけにはいかないのかもしれない。
「行く先々で問題に巻き込まれる御主人様がどの口でほざきやがりますか?」
「まだお口から出てないんだよなぁ?」
「あなたたちも相変わらずねぇ……あら?」
ここでモニターに映ったアイリスを見て髪型が変わっていることに気が付くダータリアン。
何故かアイリスはメイド力を発揮した際のショートヘアのままとなっている。
理由についてはまだ多様性の行が継続しているらしく、もうしばらくはこの髪型とのことである。
ロングヘアーの方が好みではあるが、これはこれで良いものなので俺も好きにしてもらっている。
「美人は何をしても美人だから美人なのだ」という泥酔したチャップマンの言葉の意味を理解する良い機会だった。
ともあれ、ダラダラと話したことでようやく俺の覚悟が決まった。
「それで、あいつからの連絡はあったのか?」
あの拳帝かぶれの動向は一応重要な案件だ。
何せ「礼をする」と確かに言っていた。
恐らくは無駄に義理堅いことであろうあの幼女がどのような礼を引っ提げてやってくるかなど、俺の思考と価値観では予測不能である。
当然「面白いことになりそうだから」とアイリスは何も言わない。
よって、仲介したダータリアンだけが頼りとなる。
モニターの前の彼女は深く息を吐き、俺はその口から発せられる言葉に注視する。
「……あったわ」
神は死んだ。
特大の厄介事がやはり待ち構えていた。
瞬時にその結論に達した俺はブリッジの天井を仰ぎ見る。
「『少々都合が悪くなってお陰で礼をするのは遅れることになる』だそうよ」
思わず勝利のガッツポーズとともに「イエェス!」と声が出た。
最大の懸念事項の一つが先送りである。
あわよくば皇帝の介入であの幼女とは完全に縁が切れる可能性もあるので、これはまさに朗報と言える。
「まあ、面倒な状況だから会いたくない気持ちはわからないことはないけど……」
俺の喜びようにダータリアンも引き気味だ。
どうもダータリアンはあいつの本性を未だに知らないらしい。
「サブカルチャーに影響を少し受けすぎているようだけど……知ってる側からすれば良い子にしか見えないわよ?」
そんな俺を見かねてかダータリアンの擁護が入った。
ここにもいたか拳帝視聴者。
ちなみにダータリアンは三部作にまとめられた劇場版のみ見ているらしい。
どうでもいい情報を寄越す前にうちでも受けられる依頼を探してもらいたい。
その答えは「ないから諦めろ」であり、この件が片付くまでは仕事を回すことはできないと明言された。
これにてダータリアンとの通信は終了する。
さて、通信中に増えたこの要請をどう処理したものか?
ブリッジの艦長席に座る俺が眺めるモニターでは、また一つ通信要請の件数が増えていた。




