88:優先順位
(´・ω・`)花粉症なう
ハイパードライブが起動する。
アトラスのブリッジから流れる星の海を眺めながら俺は深く息を吐いた。
憂鬱だ。
リカー星系に到達と同時に送られてくるであろう大量のメッセージとその後のやり取りに加え、今後の身の振り方も場合によっては考える必要がある。
取り敢えず目下の最大の悩みは皇帝案件。
もしかしなくても首都惑星まで足を運べと言われそうで戦々恐々としている。
首都星系周辺はその発展状況に応じて色々と規制やらが厳しい宙域である。
こんな巨大な戦艦でお邪魔しようものなら何も起こらないはずはなく、どう考えてもトラブルが発生することは間違いない。
また拘束時間も長期となることは確実であり、本業の運送屋がそれまで業務停止状態となる。
相応の旨味があるのであれば話は別だが、俺が呼び出される理由を鑑みればむしろこちら側から誤解を解く必要すらあると言える。
今後の帝国内での活動に問題が発生する可能性を無視するのであれば「そんなの知ったこっちゃねぇ!」と言えるのだが……俺のような後ろ盾を持たない人間にできるはずもなく、向こうの要求を呑むしかないというのが結論だ。
一応力業で解決するという手段もなくはない。
しかしそれは悪魔との取引に等しく、俺が辿る運命を想像すれば選択肢になど入らない。
どうしたものかと艦長席で唸っているとリカー星系へと到着。
「何か良い案は出ましたか?」
「うんにゃ、さっぱりだ」
相手の動向がまだ予想の段階である以上、打てる手などたかが知れている。
お手上げのポーズで何も思い浮かばないことを正直に話す。
「御主人様ならその程度でしょうね」と極々自然に喧嘩を売られているが当然スルー。
最悪の事態に備えてアイリスの御機嫌取りは必要なので適度に構ってやりたいところだが、メイド力云々の一件から様子がおかしいのだ。
具体的に何が違うのかと聞かれても困るのだが……間違いなく変化している何かがあると断言できる。
「ただの倦怠期です。お気になさらずに」
「だから思考を読むな……って倦怠期?」
疑問符を浮かべる俺にアイリスは頷いて説明する。
「最近私は思うのです。御主人様は奉仕対象として大変魅力的です。勿論これは個人の好みに因るところですので私に限った話ですが……」
ここまで聞いた限りでは決して悪いことのように思えず続きを促す。
「このところ同じことの繰り返しで単調が過ぎるのではないかと考えておりまして」
それを倦怠期と呼ぶのはおかしいのではないか、という疑問は口に出さず、俺はまた何か良からぬことを考えているメイドから距離を取ろうとした――のだが、瞬時に背後を取られて羽交い絞めにされる。
強化されているはずなのに相変わらず全く反応できないのはどういうことか?
密着状態なのでアイリスの大きな胸が背中で潰れるくらいに押し付けらているが、今はそれを堪能している場合ではない。
「最後までお聞きください」
「無理矢理聞かせる態勢に入っておいて言うセリフじゃないと思うんだがなぁ?」
「実は義体を変更しようかと思っております」
予想外の言葉に思わず「ん?」と聞き返すような声が出る。
「あぶく銭を手に入れるなり10体ものセクサロイドを迷わず購入する御主人様です。多様性が必要であることを理解していながらもこれまで特に対策をしておりませんでした」
「言い方ぁっ!」
前半部分はともかく、後半の義体を変更するということは姿が変わるということだろう。
特に意識してはいなかったが、アイリスの体を思い浮かべてみると極めて理想に近い造形であることを思い出す。
伊達に違法にデータを取得して俺好みのスタイルにしただけあり、見た目は完璧なメイドであることは言うまでもない。
それを変更するというのは何だかもったいない気がする。
「というわけで今更ではありますが複数ある候補の中でどれにすべきかを悩んでいるところです」
なるほどな、と一安心したが未だ羽交い絞めで拘束状態。
取り敢えず解放するように言ってみるが、折角なのでこのまま候補を見てほしいと俺の目の前にホロディスプレイが現れる。
そして映し出された新たな義体候補に思考が停止する。
「現状の最有力候補がこちらタイプB型。各種スペックを運動性能寄りに変更しつつ体格を調整。特筆すべきは戦闘訓練の効率に8%ほどの上昇が予想されております」
「待って」
「続きまして第二候補。こちらも同型のタイプB型の運動性能重視ですが速度に比重を――」
待てっつってんだろ、と声を張り上げアイリスの言葉を遮る。
それもそのはず、俺の目の前に映し出されている候補の義体は何処からどう見ても男だったのだ。
「お前女じゃなかったのか?」と羽交い絞めにされているせいで見えないアイリスに問う。
「厳密にはシングルナンバーに性別の設定はありません。正確に言えば個体によって性別が設定されるようになったのはナンバー018以降となっております」
「だったら男にする必要ないよなぁ!?」
「倦怠期ですので……」
口調だけ申し訳なさそうにしているが絶対に楽しんでいる。
面白そうだからという理由だけでそこまでするか、と義体の変更を断固として拒否する構えの俺にアイリスは溜息を一つ溢す。
「そもそもこのところ明確にスキンシップを拒絶している御主人様に拒否権はないかと思われます」
「……そうか?」
記憶にない案件だが、メイド力を見せると言って着替えすら一人でやらせてもらえなかった日々を思い出し「そういうこともあったかもなぁ」と該当部分を頑張って探すもやはり身に覚えがない。
「無意識に防衛本能が暴走した結果なので御主人様に非を問うことは本意ではありませんが……こちらも奉仕者としての矜持がございます」
「防衛本能が出てくる事態って何事だよ?」
「ここで一度リセットを行うのも悪くないと思っての性別変更となっております」
人の話聞けよ、と抗議の声を上げているとアイリスはそれを無視してとんでもない発言を繰り出した。
「ご安心ください。義体の性別は変わっても私の奉仕は変わりません」
「待った。いや、待ってください」
顔面蒼白の俺と違い笑みを浮かべているであろうアイリスに呼びかける。
「それはもう必死でした」と後にアイリスは言うことになるなどわかりきった話だが、義体は変更してもそれだけは止めなくてはならない。
「そもそもそれは堕落主義としてどうなんだ?」
「手を変え品を変えは至極真っ当なやり方かと」
「俺は明確に拒絶しているんだが?」
「御主人様に意見は求めておりません」
どうあっても俺が奉仕欲求を満たす道具であると突き付けてくるアイリス。
しかしそのまま押し通せば色々と破綻するものがあるのも事実であり、そのためにさっさと折り合いをつけにかかるところが機械知性体らしいと言えばらしい。
「では折り合いをつけるということでもう少しご奉仕する機会を増やしていただきます」
「それで義体変更はなし、と?」
見えないが頷いているであろうアイリス。
いい様にされている感は否めないが、男に襲われるよりかはずっとマシだ。
「勘違いを一つ訂正させていただきます」
安堵の息を漏らしたところでアイリスが俺を解放。
そしてクルリと俺を回転させるとその顔を近づける。
「堕落主義とは奉仕対象を奉仕者なしには生きていけないほどに堕落させるというものです。その過程を楽しむ者もいれば『堕落させた』という結果だけを求める者もいます。私は過程と結果の両方に価値を見出した上で堕落し切った奉仕対象を最後まで美味しくいただきます」
「それはそれで怖い話だな」
「中には『しゃぶり尽くすのは品がない』と言う者もおりますが……私はリリースするのはマナー違反と考えております。自分の手料理なのだから最後まで自分で食べきる。製造責任というものですね。だから安心して堕落してください」
「それの何処で安心すればいいんだよ?」と返したところでメッセージが届く。
更に次々とやってくる通信要請に俺は艦長席へと飛んだ。
予想はしていたが、リカー星系に着くなりこの量とは恐れ入る。
いったいどれだけの人間が状況を正確に把握しているかはわからないが、メッセージ全部に目を通すことすら億劫になってくる。
「では頑張ってください」
艦長席に座ってどんどん増えるメッセージと通信要請に辟易していると、アイリスはたった一言で突き放す。
そのセリフで俺は理解した。
あれは猶予時間を潰す目的の茶番だった。
俺の対応力を試すか鍛えるかが目的であり、義体云々はただの理由付けに過ぎない。
事前に色々考えていたことも全部吹き飛ばしてくれたので、結局何も決まらないまま対応に追われることになる。
「どちらかと言えばご奉仕の件が本題です。御主人様にとってはタイミングが悪いかもしれませんが知ったことではありませんので通させてもらいました」
「メイドの業務優先するためにこっちにしわ寄せ来るとか本末転倒だろ!?」
ただの深読みであるとネタばらしされたが、だから何だと言うのか?
メッセージは後回しにするとして、今は送られてくる通信要請の一覧から重要そうな相手を探す。
そこで見つけた見覚えのある名前――こいつならば優先しても言い訳が通るはずである。
何せ相手は支部とは言えギルドマスター。
流通ギルドに所属する身としては、やんごとなき方々を無視してもきっと許されるだろう。




