87:ここにもある無駄遣い
そもそもメイドとは何か?
主人のサポートを行う使用人――ハウスキーパーのような存在というのが一般的な答えだろう。
しかし俺の前にいるメイドがそれらの雑事を行っている姿をあまり目にする機会がない。
何が言いたいのかと言えば……アイリスは果たしてメイドなのだろうか?
「何が言いたいかはわかりますが通常のメイドと同列に語られるのであれば雇用という形になります。借金まみれの御主人様はお給料を支払うことができますか?」
勿論クラウンによるお支払いですが、と付け加えたアイリスに両手を挙げて降参の意思表示。
ちなみにアルマ・ディーエの雇用は可能らしく、一般的な奉仕者ならば月々68000Cで契約を結ぶことも可能なようだが、アイリスは「シングルナンバー」というクオリアでも幹部クラスの立場であるため、その金額の十倍は必要とのことである。
如何に俺が特殊な状況に置かれているかがよくわかる数字である。
「ダメな人間だから」という理由で奉仕対象となった身としては些か信じがたい事実を前に、改めて価値観の違いを確認してしまう。
「到底払い切れない負債を抱えるダメな御主人様というのは中々によいシチュエーションです。そんな御主人様を私なしでは生きていけないもっとダメな御主人様に仕上げてみせたいという真心を理解していただきたいものですね」
「どう聞いても真心じゃなくて下心なんだよなぁ」
この辺りも本気で言っているように思えるので、根本的に有機生命体とは違うのだろうと諦めの境地が見えてくる。
何を言っても無駄であることはわかっているし、自分の立場も理解している。
故に、今回のご奉仕タイムをどうしのぎ切るかを考える。
「身構えるのは結構ですが今回は私のメイド力を御主人様に味わっていただくのが趣旨です。難しく考える必要はありません」
「それが一番怖いんだよ」
はて、と首を傾げるアイリス。
認めたくはないがアイリスの生活サポートによる快適さは身に染みて理解している。
アイリスの言うところの「普通の奉仕レベル」でも俺を堕落させるには十分なものなのだ。
俺の思うメイド像とは根本的に違うのがアイリスであり、当然その仕事っぷりもまた異なる。
「ポルノムービーで得た知識を基にメイドを定義されても困ります」
「キッチリ調べた結果なんだが?」
当たり前のように俺の不安を読み取るが、合わせる気は微塵もないアイリスが容赦なく過去を失敗を抉ってくる。
それで流されて堪るものかと取り敢えず話し合いの席に着かせるも、メイド力を味わってもらうの一点張りである。
「そもそもメイド力ってなんなんだ?」
「そこからですか……」
まるで困ったかのように苦笑するアイリス。
「何? その『知ってて当たり前のことを説明しなきゃならないのか』的な反応。普通の人間は『メイド力』なんて単語と縁がないからな?」
「はあ~……これだから御主人様は」
これみよがしに溜息を吐くアイリス。
そして徐に俺の携帯端末を手に取ると素早く操作して眼前に付きつけてきた。
「……うっそだろ?」
携帯端末の辞書機能を使い、検索された結果がホロディスプレイに表示されていた。
メイド力:主にメイドの仕事能力を数字化する際に使われる単位。
その一文から始まる長い文章を前に固まる俺。
「きちんと登録されている『一般言語』ですが?」
ドヤ顔で「何か言うことがあるのでは?」と迫るアイリスに違和感を覚えた俺は携帯端末を奪い返すと表示画面をスクロールする。
しかしあまりにも長い。
メイドに関する意味不明な情報が羅列されていることで俺は確信した。
「いつこれを登録した?」
「30周期以上前に登録済みです。45回ほど削除されましたが帝国のデータベースにはしっかりと記録させております」
どうやら消される度に登録し直しているようだ。
登録しようと思っても簡単にできるものではなかったと思うのだが、そこは機械知性体なので様々な認証を強引に突破していたのだろう。
「担当してた人がいたなら災難だったろうなぁ」と遠い目をしながら技術力の無駄遣いをまたしても目撃した。
「ちなみに私のメイド力は53万です」
「数値出されても比較対象がないからわからねぇよ」
露骨な舌打ちをしたアイリスが真顔に戻って俺をじっと見る。
「メイド力たったの5……ゴミですね」
「俺はメイドじゃないんだよなぁ」
今度はふんぞり返るアイリスに俺は溜息を吐く。
そもそも俺は男なのでメイドではなく執事になるのではなかろうか?
そんな疑問を抱いたところでアイリスが一言。
「性別を変更する手段など幾らでもあります」
平然と頭に浮かんだだけの疑問に口を挟むアイリスに前例を思い出した俺が乾いた笑いを漏らす。
それと同時に気が付いた。
こんな無意味な会話を続けるのは何故か?
単純にアイリスが俺を弄び面白がっているだけという可能性もあるが、これまでの傾向から今回は何か違うと感じた。
「……ここまで話を誘導したな?」
俺の言葉に黙るアイリス。
恐らくは正解――その意味は、となれば最早答えは一つしかない。
「あの一件に進展があったのか?」
パチパチと拍手をしながら「正解です」とアイリスは笑う。
「侯爵家のお家騒動の長期化と前当主の暗殺に伴い皇帝の介入が決定事項となりました。つきましては参考人として御主人様にも出頭命令が下されることでしょう」
「……嘘だろ?」
「本当です」と無表情のアイリスが断言。
どう考えても俺はアイリスのついでである。
またしても巻き込まれる形でのトラブルに一瞬眩暈を感じてしまう。
「本当に御主人様は面倒事に巻き込まれるのがお好きですね?」
「好きで巻き込まれてると思ってるのか?」
憮然とする俺に止めとばかりにアイリスは追加情報を寄越してくる。
「こちらが御主人様を取り込もうとする一派の一覧です。そしてこちらが婚姻関係を結ぼうとする令嬢の一覧となっております。加えてそれらが失敗した際に御主人様との接触を図る企業とその関係者がこちらとなります」
「わぁい。俺大人気ー」
やけくそになった俺に「全員御主人様を傀儡にする予定です」と現実を突き付けてくるアイリス。
このメイド、容赦がなさすぎる。
ちなみに談合という名の話し合いは終わっているらしく、まず皇室から一人紹介され、その後に貴族連中が順番に、最後に企業という流れのようだ。
その合間合間に偶然を装ったハニートラップが仕込まれるとのことであり、アスター君ではないが女性不審になりそうである。
「全部で何人いるの、これ?」
スクロールバーを操作して全部を見る気も失せる量に半笑いでベッドに腰を下ろす。
「226人となっております」
「ははは、ハーレム作ってやろうかな?」
「先着一名となっております。御主人様如きでは複数の女性を囲い込むのは不可能です」
利権の関係もあるので尚更無理であると断言され、俺は大きく息を吐いた。
「全部断ることは?」
「可能です」
というより、俺の現状からそうする外ないとのことである。
いっそ皇室からの誘いに乗ってしまうのもありかと思ったが、俺が抱えている負債を強引に解決してその分働かされることになると言われた。
なお、それは全員に言えることで、同業のボンブドゥールの誘いを断るために不用意に負債の件を話したのが原因らしい。
「本当に御主人様はダメな人間ですね」と態々正面に立って笑顔でポイントをこれ見よがしに加算し始めるアイリス。
そのいつも通りの光景に俺は苦笑い。
「まったく、伝えることがあるなら普通に伝えてくれ」
メイド力云々は意味不明だったが、本日の本気奉仕はないとわかって安堵を息を漏らす。
しかしアイリスは「何を言っているのか」と首を傾げた。
「それはそれ。これはこれです。本日はしっかりと私の本気をお見せしますので存分にご堪能ください」
訓練時間を増やそうとしたがダメだった。
勉強も同じだったので自室に引き籠ろうとしたが無理矢理連れ出された挙句ロックされた。
逃げ場はなく、この船で隠れる場所など何処にもない。
最大の戦いを前に、俺は唾を呑んで覚悟を固めた。




