9:古巣に別れを
「それで、俺をほったらかしにしていたことに関して、何か言うことはないのか?」
「いや、ほんと……マジですまんとしか言えん」
コロニーに降りて向かったのは行きつけのバー。
俺の隣に座る強面でスキンヘッドの男がカウンターに義手となっている左腕をドンと置く。
「怒らず聞いてくれよ、チャップマン。借金がな、できたんだ」
「ほーお? ギャンブルで大金を稼いで、6000万Crの賠償金を余裕で払い切った男が、今度は如何程の額の負債をお背負いで?」
「聞いて驚くな、12億Crだ」
俺の言葉にチャップマンがグラス口を付け酒を一気に飲み干す。
そして一つ息を吐いて一言。
「長いようで短い付き合いだったな」
そう言って立ち去ろうとするチャップマンの腕を俺は掴む。
「まあ、話は最後まで聞け」と腕を引いて俺は続きを語る。
「俺が一晩で稼いだ金は120億Crだ。問題はその金が元でトラブルに巻き込まれて残金が400万まで減った。ついでに逃げ出した先でクオリアと鉢合わせた結果、トラブルは解決したはいいんだが、アルマ・ディーエに12億分の支払い義務が発生した」
「OK、お前とかかわるのはヤバイと理解した。だからその手を放せ」
「待て待て待て、話は最後まで聞け」
立ち去ろうとするチャップマンを強引に引き留め、俺はクオリアから派遣されたメイドと返済のアテはあること、そして次に何を始めるかを話す。
「マジか……機械知性体が協力するとかどうなってんだ?」
「その辺りは俺もよくわからん。けど何かしら目的があってのことだとは思う」
それはそうだろうな、と同意するチャップマン。
俺としてもあのメイドが何を企んでいるのかが全くわからない以上、言えることは何もなく、少々の雑談を交えながら注文した酒を飲んだ。
別れたのはそれから一時間ほど経過した後となり、拠点を変更するに当たって特に挨拶しておかなければならないような人物を思いつかず、俺は一度借りていたアパートへと足を運ぶ。
ここに置いてある物など精々衣服とベッドくらいなもので、生活臭の全くしない部屋を見回しながらふと思い出す。
(船で寝泊まりを続ければいずれ精神をやられる。そうならないように定期的にコロニーで宿を取れ、と言われていたが……宿が取れないことが頻繁にあってここを契約したのはいいが、結局使うことなどほとんどなかったな)
日常が艦内となれば緊張を強いる。
メリハリがつかなくなって楽しむのが下手になるなど色々言われたが、俺は何か変わっただろうか?
自覚はない。
だが「つまらない奴だ」とはよく言われる。
もうここには用はないな、とその場でこの安部屋を解約し、俺は船へと戻る。
その道中に不意に声がかけられた。
「よう、傭兵廃業で借金漬けにしては景気の良さそうな顔してるじゃねぇか」
声に反応して人通りも少なくないステーションへの大通りで振り返る。
「……グロウスか?」
そこには赤く逆立った髪が特徴のガタイの良い悪人面の男――傭兵仲間、というほどではないが、それなりに付き合いのある同期。
この男との関係を一言で言うなら「ライバル」が恐らく近い。
同期ということもあってか競うことが多く、仕事の取り合いや戦果の奪い合いなど日常茶飯事の傭兵業。
腕が近しい同業ともなれば、機会があれば衝突するのは当然とも言える。
「ああ、借金はどうにかなりそうでな」
「そうか、船を売ったお前にできることがあると思えねーんだがな」
「船なら新しく手に入れた。いわく付きで足は遅いが、それで荷運びでもやる予定だ」
俺の言葉に「へぇ」と感心したような声を出すと、グロウスは背を向ける。
「てっきり死んだとばかり思っていたんだがな……まあ、精々死なないように頑張れや」
そう言って片手で別れの挨拶をし、振り向くことなく雑踏の中に消えていくグロウスを見送り、俺は船へと遅れた分を取り戻すように足早に向かう。
イラスティオンのコロニーに寄る理由が「知人に挨拶するため」だったが、結局まともに話をしたのはチャップマンただ一人。
傭兵仲間と呼べるほどに付き合いがあるような連中はおらず、予定よりもずっと早くステーションへと戻った俺は待っていたのは――「資金繰りのお時間です」と俺を個室へと拉致するアイリスだった。
「何をするにも金がかかるのは俺もわかってる。わかってるが……ないものはないぞ?」
何処からか金を借りるのかと聞いてみるが、このメイドはバッサリと切り捨てる。
「御主人様が融資を受けるなど社会的信用から不可能です。同様の理由で借金も難しいでしょう。なので、こちらをご覧ください」
そう言って何処からともなく現れるホロディスプレイ。
前回は気にしていなかったが、出力装置が何処にも見えないのは目の錯覚か?
「これが技術力の差というものなのだろう」と自分を納得させ、目の前の画面を覗き込む。
そこに表示された品目を見て俺は言葉を失った。
「VIP仕様のセクサロイド10体。中々良いご趣味で」
気のせいかアイリスの視線の温度が氷点下に思えるほどに冷たく鋭い。
「いや、これはな……薬を盛られた時に、な」
「御主人様。時系列を調べれば御主人様が大金を手にして最初に購入したのがこちらのVIP仕様のセクサロイド10体だとわかります。それも製品ページを随分と長時間閲覧していた記録がございます。幸いなことに受注してから生産するので発送までまだ時間があります。金にものを言わせて『特急で』との注文があったようですが、これをキャンセルして資金にします」
墓穴を掘った!
だが俺はそれで引き下がるような男ではない。
「待って。待ってくれ、確かキャンセルしても返ってくるのは6割あるかないか、だったはずだ。だったら……」
「VIP仕様10体で540万Cr。各種オプションを付けての値段ですので、完成していない今なら8割の返金を見込めます。現在の御主人様の資金が倍増するのでやらない手はありません」
それもこれも御主人様がそれはもう不必要なほどオプションを加えたお陰です、と容赦なく止めを刺してくるアイリス。
「それは、男の夢なんだ! 今、この機会を見逃せば、俺は一生後悔することになる!」
「理由になりませんね」
そう言ってアイリスは無慈悲にも注文をキャンセル。
俺が買ったものなのにどういうわけか購入ページへとアクセスしての所業である。
「鬼、悪魔! メイド!」
俺の罵声に「メイドですが、何か?」と涼し気なアイリス。
機械知性体には血も涙もない。
男のロマンを理解する心もない。
床に拳を叩きつける俺の嗚咽が個室に響き、その姿を満足そうに見下ろすメイドがいたことを「どういうプレイをしていたんですか?」と職員に問い質されたことがきっかけで知ることとなる。
ちょっとあのメイドに個室の使用目的を何と答えたのかを追及してくる。
イラスティオン星系は有体に言えば辺境である。
それ故に海賊の被害は少なくなく、完璧に取り締まるほどの戦力を都合できない帝国は傭兵を頼ることとなる。
この事情は銀河においてはよくある話で、腕の良い傭兵とは大量に海賊を狩り殺す優秀な猟犬であり、時に市民の娯楽となるようなゴシップとなったり、時に誇張されたその大立ち回りからヒーローのように扱われる。
実績を積み上げ続ければ、制度として設けられた傭兵のランクが上がり、様々な特典を得ることができるようになる。
だからこそ、傭兵同士での競争は当たり前で「不幸な事故」が時に起こるのだ。
当然それを容認などできるはずもなく、傭兵ギルドは取り締まってきたが、悪知恵が働く者はやはりいる。
あの手この手で規制を逃れ、法の抜け道を見つけるものが現れる。
「くたばっていればいいものを……」
忌々し気に舌打ちする逆立った赤毛の男が手に持ったボードタイプの端末を操作しつつ、目的地へと真っ直ぐ歩く。
「いわく付きの鈍足船、ね……何処のメーカーの中古品かは知らねぇが、今度こそおさらばだ」
傭兵稼業は腕が良ければ僻みや妬みの対象となり、時に依頼の取り合いから殺傷事件にも発展する。
幾ら戦闘艦の操縦技術が優れていても、船を降りた先で射殺されるケースも存在する。
そして彼らを撃つのは海賊の仲間だけではないのだ。
上に上りつめるためには上手く立ち回る必要もあり、目的のためならば敵対しているはずの海賊すら利用するものもいる。
何処にでも発生し得る後ろ暗い取引――そうしたものほとんどがコロニーの内部で堂々と行われる。
コロニーで市民に紛れる海賊の仲間を見つけることは難しく、治安維持の名目で強権を振るうにも限界がある。
それがわかっているからこそ、彼らは白昼堂々と行動することができるのだ。
歩きながら端末を操作する二人がぶつかる。
「気を付けろ!」
怒鳴り声を上げたことでぶつかった男は逃げるように去って行く。
端末同士を接触させることによる直接データの送信を傍受することは難しい。
何度目かも数えることのなくなった取引相手への生贄……邪魔な者、切り捨てたい連中を排除するための仕組みは双方にとって都合が良かった。
「バレることはない」
この自信は中継がコロニーに住むただの市民であることにあり、帝国やギルドはこれまでその存在を疑ってこそいたものの、辿り着くことは決してなかったが故に積み上げられたものである。
今回も、帝国の中に彼らの取引に気づいたものはいなかった。
ただ一人、とある理由から帝国が誇る最新鋭の戦艦に乗り込むこととなった機械知性体であるメイドを除いて……
TIPS
傭兵のランクはⅠ~Ⅴまであり、三周期に一度傭兵ギルドで査定が行われ、その後の試験の合否でランクが上がるシステムとなっている。
Ⅰ:新人。駆け出し。
Ⅱ:それなりに経験を積んだ傭兵と呼べるレベル。
Ⅲ:十分な経験を積んだ傭兵。ランク3の武装が購入可能。
Ⅳ:信用もあるベテラン。
Ⅴ:エースクラスの腕前と信用を持ち、ランク4の武装の購入できる者がいるレベル。
ちなみに主人公はランクⅢだった。