85:変態どもの共演
俺が今見ている光景は何なのか?
ホロディスプレイ越しの攻防を見る限り、機械知性体であるアルマ・ディーエを本気で困らせるという快挙が目の前にあることは間違いない。
「何度も言うが私は愛憎主義ではない。性別を気にするほど狭量ではないつもりだが……その分ストライクゾーンは厳しくしている。11歳から14歳のまだ子供と呼べる年齢。精神が未成熟な果実を私は求めている」
暗に肉体改造してもダメだよ、と言ってるつもりなのだろうが帝国法でも余裕で犯罪だ。
ちなみにアスター君は31歳と俺より年下。
「それでも! 貴方でなければ、貴方でないとダメなんだ!」
アトラスの倉庫区画ないに響く悲痛な叫び。
「他所でやってくれる?」と言いたいが、下手に介入すれば面倒なことになるのは間違いない。
黙って事の成り行きを見守りたい――俺がそう思っていてもそう思わない奴もいる。
「いいからとっとと黙らせて終わらせなさい」
この状況に飽きたアイリスが堂々と余計な方向に介入。
これには俺も苦笑い。
もう少しやりようがあるだろう、と思っているだけの俺は何も言わずに成り行きを見守る。
画面の中のNO-761もこの通信を終わらせるつもりだったのかアスターを諭す。
「君にも譲れないものがあるように私にも譲れないものがある」
クオリアからの命令に従い行動する彼らを動かすにはアスターの想いでは足りない。
そもそもアルマ・ディーエの主人は今も変わらずディーエ・レネンス管理機構のイネスのままである。
その意向に沿い続けることは彼らにとって当然であり、これを覆すことは無理難題以外に何物でもない。
奉仕対象は所詮奉仕対象――主人ではない以上、アルマ・ディーエの意思を捻じ曲げることなどできないのだ。
「私はね。小さな少年が好きなんだ。そして私は男性人格であり同性での性的な接触を好む傾向にある。思春期の脳内をエロスで満たした上で幼気な少年を自分好みに染め上げたいのだ。わかるね?」
「何言ってんだお前」
わかるわけないだろ、と思わず出た言葉に俺はハッと口を塞ぐ。
ホロディスプレイ越しに魚人の男と目が合うとしばしの沈黙が流れる。
「当然のことながらシチュエーションにも拘りたい。やはり手解きをする以上は初回こそ最も価値があると考える。それ故に手折る際には慎重に――」
まさかの継続に思考回路の違いを痛感。
しかしその言葉を遮ったのはアスターだった。
「……わかりました」
アスターは一呼吸置いた後、画面に映る魚人の真っ直ぐ見つめ出した結論を語る。
「私では、貴方の奉仕対象となり得ない。それがわかっただけでも、よかったと思うことにします」
そう言いながらも表情に未練が浮かんでいるアスター。
恋は盲目というが相手を見ていないにもほどがある。
またそれを見たNO-761が「出会いがあれば別れもある。こうして人は大きくなっていく」と何だかいい話っぽく〆ようとしているが、ついさっきまで変態趣味を暴露していた機械知性体が何言ってんだ、という話である。
そもそも何故こいつはこんなにも堂々としているのか?
その疑問に答えてくれる者は何処にもおらず、なんやかんやでアスターは奉仕者の派遣に同意して候補の中の一人を選んでからアトラスを発った。
ちなみにアンドロイドは全員ちゃんと引き上げており、去り際に「バニーの日ではなくメイドの日に出会うべきでしたね」とアイリスに向かって発言している。
こいつもこいつで大概だ。
「何はともあれ、これで一件落着か」
アトラスのブリッジでアスターの乗る小型艇を見送り、大きく背伸びをする。
そしてブリッジを漂う空の電脳を見る。
結局これはこちらで引き取ることになったのだが、奉仕対象となるための対価として誤魔化すには丁度良いらしい。
「……で、これって何かに使えるのか?」
契約はなかったことになったのでレポートを送る必要はない。
これを受け取ることに承諾したは良いのだが……使い道などさっぱりの代物である。
なのでアイリスに尋ねてみたところ「ゴミです」の一言でバッサリと切り捨てられた。
「そもそも発見場所がただの廃品処理施設です。性能の低下に伴い破棄処分となっていたはずなのですが……」
まさか形を残したままだとは思わなかった、とアイリスは笑う。
どうやら廃棄となる過程で何かあったようだとアイリスは語るが、その目は笑っておらず担当した者に何かしらの罰則でも与えるつもりだろうか?
「旧文明が残したものだから遺跡には違いないんだろうが……」
まさかゴミ捨て場とはバウハウル家の当主も思わなかったようだ。
普通気が付きそうなものなのだが、廃棄された施設はかなり奇抜なものだったらしく、それ故に性能が芳しくなかったことで廃棄へと至った経緯があるのだそうだ。
「マスターの創作物であることには違いありませんが……思い付きで作られたものなので色々と不備があったと記録に残っております」
取り敢えず収まるべきところに収まったと言うことにしておきたいが、それで終わらないのが今回の件だ。
「しかし、これで帝国は二人目の奉仕対象を抱えることになるのか……」
おまけにもう一人は貴族である。
これは一波乱ある予感がしたのだが、そんな不安をかき消すようにアイリスが一言。
「御主人様は愛憎主義の恋愛脳を甘く見過ぎております」
説教臭い言葉に俺が眉を顰めて嫌そうにするとむんずと顔面を掴まれた。
アイリスの手は俺の顔を掴めるほどには大きくないので、自然その指が食い込んでくるので毎度のこととはいえ、やられる側は堪ったものではない。
ペチペチと伸びきったその腕を叩いて謝罪の意を表明するが、アイリスはそれを無視して今回の件が俺の予想通りにならない理由を解説する。
「以前話した通り『愛憎主義』とは端的に言えば奉仕対象との恋愛を楽しむ主義です」
「それは覚えている」
頷こうにも頭部が固定されているので首を動かすことができない。
あと地味に痛いので痛みを誤魔化すべく、行き場のない手でアイリスの胸を揉んでみるが一切反応がないことから反撃にもなってない。
「ここで問題となってくるのが連中の恋愛観です」
「つまり帝国の文化とはかけ離れている、と言いたいのか?」
この解答にアイリスは「間違ってはおりません」と不正解ではないが、正解でもないと曖昧な言葉で濁した。
「わかりやすく言えば多岐に渡る。それだけです」
全くわかりやすくない答えである。
意味を即座に読み取ることができなかった俺が、一瞬「ん?」と首を傾げることができない代わりに声を出す。
意図することを思い浮かべることができなかったので、これまでの情報をおさらいする。
彼女たちの中で手を上げたのは3名。
多岐に渡る恋愛観の中での3名だ。
加えてアルマ・ディーエにとって奉仕対象とは何か?
それが組み合わさった時、俺の頭の中に浮かんだ答えはそれはもう酷いものだった。
「もしかしてなんだが、アスターの要望なんて関係なく……いや、この場合は『要望に興味がなく』だな。つまり、手を挙げた連中の目的は奉仕欲求を満たすため?」
「正解です」
自分の言葉を精査しながらの発言だったが、これにアイリスは笑顔で応える。
しかしそれでも「後継ぎを残す」という願いは叶うはずである。
そう思っていた俺は愛憎主義がどれだけ頭のおかしい連中なのかを知ることとなった。
「残念ですが手を上げた3名は筋金入りです。過去の記録からまず間違いなく子を宿すと同時に姿をくらますと断言できます」
「どういう状況だよ」
俺の真っ当な疑問にアイリスは「そんなこともわからないのか」とばかりに溜息を吐いた。
至って正常な疑問のはずだが、仕方なくといった様子で説明はしてくれた。
アイリス曰く「問題は手を上げたのはこの3名だったことです。こいつらは愛憎主義でも先鋭化しすぎた阿呆です。愛憎こもごもを手っ取り早く味わうために直接的な手段に出ることは間違いありません」とのことである。
愛情に満ちた家庭を作りつつ、幸せの絶頂とも言うべき子の誕生間際に目の前からいなくなり、反転した憎悪を一身に受けるべく余計なことをしてくれるだろう、とアイリスは断言した。
ついでに奉仕者としては「ハズレにも程がある」と毒も吐いた。
「単純な恋愛脳の愛憎主義ならば御主人様の危惧した通りの事態に発展します。しかしそうはなりませんのでご安心ください」
「それで『安心しろ』と言えるお前らに不安しかないよ」
掴まれた顔面から嫌な音が聞こえてきた気がするが、負けじと俺はその豊かな胸を強く揉んだ。
「御主人様も大概です」との言葉で解放されたまではよかったのだが、珍しく奉仕ではなく訓練時間の増加という形で幕を閉じた。
甘かった、と言えばそれまでだ。
新たな奉仕対象が生まれるという一件がその程度で終わるはずもない。
それを訓練で体力を使い果たしてぶっ倒れていた俺には考える余裕などなかっただけであり、まるでそうなるように仕向けられた現状を誰が喜ぶのかと思えば……俺の周りには変態しかいないのではないか、という疑惑が浮かび上がってくる。
どうやら俺の不運は今日も今日とて遺憾なく発揮されているようだ。




