84:こじらせすぎていた男
何が起こったのかを察したのは状況が定まった後だった。
未だ50%程度と言えど、強化された俺ですら反応もままならない自立兵器の展開速度に冷たい汗が流れる。
視線の先には胸部が開かれたアンドロイド。
その中に収められたオブジェクトの見たままの感想が俺の口からもれる。
「……脳?」
有機物ではなく無機物――金属製の脳を模したかのような物体を前に、アイリスの反応と照らし合わせてまさかの答えが浮かぶ。
反射的にアイリスを見るとその答えが正解であると理解した。
俺は感情を表情から正確に読み取ることができるような器用な人間ではない。
ましてやアイリスは有機生命体ではない。
それでも常日頃ポーカーフェイスである彼女だからこそ、その感情を表現する表情はわかりやすかった。
(まずい……これは相当怒っているぞ)
サイオンの騎士に向けられたのは憎悪ではなく嫌悪だった。
だからこそ次のアイリスの行動が読めない。
このメイドを本気で怒らせるとどうなるか?
それをまだ、俺は知らない。
「入手経路と座標を答えろ。嘘と判断した時点で脳から直接情報を抜き取る」
つかつかとアスターに歩み寄るアイリスが俺を通り越す。
思わず俺まで両手を上げてしまっているが、アスターも抵抗する気はないらしく黙ってアイリスの言葉に従うように頷いた。
「わかっている。初めからそのつもりだ」
アスターの返答に「ふむ」と一瞬の間を置いて自立兵器を下げる。
と言っても少し距離を離した程度であり、いつでも殺せる位置に浮かべている状態には変わりない。
「場所はサホトール星系のアステロイドベルト。座標は……」
「使用を許可する」
頷くアイリスに携帯端末を取り出すアスター。
素早く操作してホロディスプレイに表示させたデータをアイリスに見せるとアスターは説明を始める。
「このポイントで遺跡が発見されたのは偶然だ。それをバウハウル家は秘匿した。現在も探索は続けられているが、私が生まれる前から成果は上がっておらず、ほぼ唯一と言っていい収穫が彼女だった」
視線を向けた先には「彼女」を指すアルマ・ディーエの核たる電脳。
「どのような経緯でこのような姿になっていたのかはわからない。彼女に何をしているのかを知ったのもほんの数年前だ。記録は全て紙媒体で行われ、徹底してアルマ・ディーエからの干渉を避けていた。しかし確たる収穫もなく、ただ無為に時間を費やした」
懐かしむように「彼女」と呼んだそれを見るアスター。
何らかの葛藤はあったのだろうが、こうしてここに持ち出した理由は単純な話だった。
「私はね、彼女を救いたかったんだ。あの実験場から彼女を解放したかった。如何なる義体にも適合せず、意思疎通すら叶わない彼女と話してみたかった。だが、我々の技術ではそれは叶わなかった。解析不能技術という壁はあまりに大きく、父の方針をただ黙って指を咥えて見ていることしかできなかった」
そんな時に現れたのが君だ、と突然こちらに話題が向けられる。
話の大筋をわかってきた俺は浮かんだ疑問をそのままぶつける。
「なあ、これって無断で持ち出しているんだよな?」
アスターは首肯する。
解析不能とは言え、いずれは技術が追い付き謎を解き明かすことになるのは間違いない。
それを当主の意向に反して持ち出すには相応の覚悟が必要だろう。
「人形マニアもここに極まれり」といったところか、と理解はできないが納得はしておく。
しかしもう一つの可能性を思い至る。
もしかしたら彼はそのような設定を演じることで、彼女を持ち出す機会を作ったのではなかろうか?
そんなことを考えていると、俺の疑問をどう勘違いしたのかアスターは今後についてを少し語った。
「ああ、心配は無用だ。幸い、という言い方は語弊があるが、私は一人息子であり既に次期当主として采配を揮える立場にある。これが明るみになったところで、新たな奉仕対象である君との繋がりを持つことができたことで差し引きはプラスと言ってもいい」
何も問題はないさ、と明るく言ってのけるアスターだが、俺はお前と今後ともよろしくするつもりはない。
なのでそれとなくその旨を伝えるべく、相手が貴族ということもあり遠回しに伝えるようと試みる。
「しかし嫡男ということは後継ぎを作る必要もあるだろ? 俺に構っている余裕はないんじゃないか?」
人形趣味も良いが嫁探しもしろよ、と柔らかく伝えるが……それがいけなかった。
「は? 汚らしい豚と子孫を残すなんてあり得ない」
突然変わった声のトーンに俺は「あ、これは触れちゃダメなやつだ」と本能で理解する。
「豚と交わるなど末代までの恥だ。だからこそ、私は叶うならば彼女に伴侶となってほしいとさえ思っていた」
大層モテそうな容姿と家柄なだけに、生身の女と何かあったのか女性嫌悪を隠そうともしていない。
技術が発達すれば確かに彼が求める未来は実現するのだろうが……どこぞの侯爵ではないが、性転換ではダメだったのだろうか?
そう思っていたところ、男も無理だと勝手に話し始めた。
どうやら顔が良すぎるというのも難儀なものらしい。
末代までの恥と言うが、このままではお前が末代となる。
そんな俺の各方面での心配を他所に、アスターの口は止まらない。
「話を戻そう。私は彼女を引き渡す対価として、更なる発展のためのレポートを君に求める。もっとも、それは貴女がそれを許してくれるのであれば、の話だが……」
そう言ってアイリスを見るアスター。
当のアイリスは珍しく考え込んでいるのか黙ったまま「彼女」を見ている。
そして徐にアンドロイドの開いた胸部に手を伸ばし、それを取り出すとそのまま手に持った電脳を一頻り触った後、アスターに向き直ると衝撃の事実を口にした。
「空ですね。既に人格を移し終えた後のものです」
固まるアスターと「あっ」と小さくもらす俺。
妙に静かだったと思ったらそういうことだったか。
「ですがこの中にいた者と連絡を取ることは可能です」
その言葉で再起動したアスターが「頼む」とアイリスに詰め寄る。
気が付けば自立兵器は消えており、有線式アームも収納されていた。
中身がないとわかったのでアイリスもいつも通りの無表情に戻っている。
最悪の事態は避けることができたことに安堵の息を漏らすが、同時に嫌な予感でいっぱいだ。
奉仕対象でもない人間に対してアイリスが善意に見える行動を取っている――まず間違いなく「面白いから」という理由がそこにはあるはずだ。
だとすれば、この場合最も面白くなるケースとは何か?
その想像が形になった直後、通信は繋がれてしまった。
「突然回線を開くな。こっちは任務中だぞ」
ホロディスプレイに表示されたのは青白い魚と人を足したかのようなヒューマノイド。
記憶が確かならば銀河の小国クインゼセル王国のウォーシークという種族だと思われる。
ただ一点、俺が懸念した通り、ホロディスプレイに映し出されているアルマ・ディーエはどう見ても男だった。
アルマ・ディーエについてはアイリスから色々と聞いており、基本彼らは己の性別と同じ義体を用いるのが一般的であると記憶している。
つまり「彼女」ではなく「彼」だった。
正に俺が危惧していたことが的中した。
完全に停止しているアスターを放置してアイリスは話を続ける。
「NO-761。貴方に会いたがっている人間がいるので繋ぎました」
「はあ? データを受信。少し待て……まさか残っていたのか?」
驚いたな、と感想を述べるNO-761と呼ばれたアルマ・ディーエ。
そんなことより、ほぼ銀河の反対側にあるクインゼセルの距離でも平然とリアルタイム通信を行っているのだから恐ろしい。
「しかしながら私は見ての通り任務中の身だ。生憎と愛憎主義は嫌いではないが趣味ではない。しかしながらその心意気に打たれる者がいないとも限らない。これも何かの縁だ。私の名義で――もう食いつくとは……」
これだから恋愛脳は、とぶつぶつ文句を言いながらも何やら手続きをしているNO-761。
どうしてだろう、アイリスを比較すると随分まともに見えてくる。
思わず二人を見比べたところでアイリスのスカートから伸びた有線式アームが俺の首根っこを掴んだ。
その光景を見ても「ほどほどにな」で済ませる画面越しの青白い魚人。
「待たせたな。アスターと言ったか? 君の要望に応える気のある同胞が三名名乗りを上げた。データを送るので一人選んでくれ。それとわかっているだろうが今回の件は言わば特例だ。今後同じようなことが起こっても我々は関与することはない」
淡々と説明を行うのはアルマ・ディーエ共通なのか?
俺が契約をした時もこんな感じだったな、とアイリスに締め上げられながら無重力空間で足をプラプラさせる。
「……なのですか?」
その小さな呟きを俺の耳が拾う。
何か要望でもあるかと思ったのが、再起動したアスターがホロディスプレイに向かって一歩踏み出し叫んだ。
「あなたでは、ダメなのですか!?」
どうもこいつは色々とこじらせすぎていたようだ。




