79:報われない結末
サージス星系のプライムコロニーでは現在一つの話題で持ちきりとなっていた。
今までかかわることのなかったシークエセンテ共同体による発表とそれに協力するアルマ・ディーエ。
これがニュースにならないはずもなく、各種メディアはこぞって詳細を確認するべく、その情報を齎した軍部に問い合わせを行った。
「こんな理由で回線がパンクする日が来るとは思わなかった」
担当していたオペレーターの女性が苦笑する姿が映し出されたのは先日の出来事。
今やその情報はコロニー全域へと伝わっており、更なる続報を求める市民とメディアでネット上は騒然としていた。
そこに粛々と宙域の整理を始めた帝国軍。
それに付きまとうはマスメディア。
その光景を見ながら何が起こるのかを予想する市民。
答えは予想通りのものだった。
事前に通告された時刻が迫り、番組内でカウントダウンを開始する放送局。
声を合わせて沸き立つ市民たちまで映し出され、各メディアの「ゼロ!」という掛け声と共に変化は訪れた。
それは劇的な変化ではなかった。
何も起こらないことを訝しむ者が現れた頃合で、星の海が歪んで見えることを誰かが叫ぶ。
そして空間の歪みが大きくなったと認識した直後――歪みが瞬時に戻ると同時に出現した事前通達通りの形状をした巨大な何か。
一瞬にして熱狂が伝播する。
歓声が響き、手を叩いて喜ぶ者やとにかく騒ぐ者でコロニーの巨大モニターが設置された広場からは騒音の苦情が大量に寄せられた。
実際乱痴気騒ぎへと発展したものだから治安維持の係の人は大変だったことだろう。
サージス星系プライムコロニーから僅か2800kmの地点に突如出現した白黒の巨大な輪。
それを映し出すレポーターがモニターの前の市民に向かって声を張り上げる。
「ご覧ください! たった今、予告時間通りに出現しました!」
再び上がる大きな歓声。
満面の笑みを浮かべるリポーターはこの巨大な輪を背景に続ける。
「22番目に名乗りを上げていたのはアランガムル評議国! しかしそこに待ったをかける国が現れた! それはまさかのシークエセンテ共同体! これまで全く興味を示さなかったポライドが今、アルマ・ディーエの力を借り、ここサージス星系にて『我こそが22番目である』と名乗りを上げた!」
各種メディアが同じ光景を報じているが、そこに映し出されるリポーターは誰もがノリに乗っている。
それもそのはず、彼らには国家間の事情など関係がなく、ただそれが新たに出来上がるのを待っているという事実こそが重要なのだ。
「手元に資料によりますと外観はシークエセンテ共同体の技術で完成しており、現在は内部の調整を行っているとのことです。銀河でも特殊な技術を持つ彼らが、いったいどのように仕上げるのか興味が尽きません。公開は56時間を予定しているとのことですが、好評ならば延長もあり得るとの情報が先ほど公表されました!」
つらつらとリポーターが突如現れた巨大な物体に関する説明を続ける。
どの局でも渡されたデータは同じなので、説明内容はどこも一緒だ。
宇宙に浮かぶ巨大な輪っかを背景に、映し出されたホログラムを使って渡された資料を解説する。
時間にして凡そ2時間――どの局のリポーターも渡されたデータ容量からは想像できないほどによく喋っていた。
流石はプロである。
視聴率を稼ぎたいメディアならば、きっと無意味に時間を稼いでくれるという予想は正しかったということだ。
「各種注意事項は先ほど話した通りになります。各メディアや軍のページでも確認ができますので、一目見たいという方は必ずご確認の上でお願いします。また急遽観光用シャトルが明日の便に加わるとの情報が入りました!」
予想外のことはあれ、船を出す会社が出てくるというのであれば無茶をする人も減るだろう。
軍船が警備の名目で周辺で待機しているので、近づく船には退去勧告が出されることになっていた。
それでは不満も出るだろうとのことで出されたのが観光用シャトルである。
「22番目の会場がどちらとなるか? またどちらが人気のレース会場となるかはわかりませんが、この巨大さを見れば、期待するなと言う方が無理でしょう! この規模はギャラクシーレースの新たな歴史の幕開けとなるか? 続報をお待ちください!」
別れの挨拶をするアイドル系リポーターがモニターから消える。
全てを見終わった俺は大きな息を一つ吐く。
俺が出した最後の奇策とは、出現する未確認の宇宙怪獣――アトモスを「ポライドが作成中のレース会場」とすることであった。
アトモス出現から44時間と29分後――突如それを警備していた軍と撮影していたシャトルの目の前でアトモスは消え去った。
軍の発表では「レース会場が大きすぎて航路を塞いでいるとの苦情が寄せられたため」となっていたが、当然これらは嘘である。
時間通りに消えただけなので何も問題はなく、むしろ何事もなく立ち去ってくれたことで安堵の息が漏れたくらいだ。
軍の上層部には事情を説明しているので、後程真実が語られることとなり、この一件は少しの騒動が控えてはいるものの大きな被害も出すことなく幕を閉じることになるだろう。
そして今、俺は避難していたクオリアの輸送船からアトラスへと戻っており、ブリッジの巨大モニターに映るアッカフと対面している。
「いや、ソーヤ君が『出現するのがアトモスじゃなければいいんだ』とか言い出した時は『何言ってんだこいつ』と本気で思ったよ」
そう、あの時の俺は第一声はそれだった。
説明が不足し過ぎていたことで、アイリスからも「はあ?」という馬鹿にしたような反応が出たのである。
俺が詳細を話したところで理解を得られはしたが、アイリスからは「やらないよりかはマシ」程度の評価であり、アッカフからは「ダメだったら恨むからね?」と濁った目で呟かれた。
結果は見ての通り上手くいった。
思いの外帝国市民は行儀が良かったようだ、と思ったのだが……やはり馬鹿な行動をする奴は現れるらしく、軍艦がデータを採取しようとして無断で接近しようとしていた船を体当たりで止めていた。
何はともあれ、サージス星系は無事消滅を免れた。
「まあ、上手くいったんだ。文句はないし、お礼は言うべきだね。ありがとう」
「こっちもアトラスを失いたくなかったからな。存外、今の運送屋の気楽さってのは性に合ってるのかもしれないな」
色々あったが今やお互いを見る目が優しいものとなっている。
それもこれも、この窮地を協力して乗り切ったからだろう。
ちなみにポライドから名前を借りる際にはアッカフの予知能力を対価にし、アルマ・ディーエの名前を借りる対価を支払うのは俺となった。
それぞれのモニターの背後に映るものを見れば、少しくらい優しい口調になるのも頷けるというものだ。
俺から見えるアッカフの後ろでは、フライングキャットの輸送船に乗り込むことになったポライドがその大きな傘から無数の触手を伸ばしている。
何か調べ物でもしているのか頻りにアッカフの頭部を撫でまわすような動きをしており、その不快感に顔を歪ませている姿が映し出されていた。
そして俺はと言うと、アイリスに「凌辱派の意見が通りました」との宣言をされ、無数の有線式アームで拘束された状態でモニターに映っている。
勿論背後にはニチャリという笑みを浮かべたアイリスが控えており、通信が終わる時を今か今かと待ちわびている。
互いの状況を理解するには十分な情報である。
だが、時間稼ぎはここまでとばかりにアイリスが「それでは命が惜しければもうかかわるなよ」と通達して一方的に通信を切る。
「それでは御主人様。凌辱派の皆様が希望する映像を撮影致しますのでご協力をお願いします」
まるで処刑宣言のようにも聞こえたそのセリフから144時間の記憶が奇麗さっぱり抜け落ちることになるのが、この時の俺はただただ生き残ることに必死だったとだけ言っておく。




