78:酷いアイデア
誰も言葉を発しなくなって随分経つ。
時計を見ると時刻は18時を回っており、8時間もずっとこの部屋で過ごしていたのだと自覚する。
既に案は出尽くしたのか、アッカフはソファーに座ってテーブルに突っ伏したまま動かない。
俺は俺で対面のソファーに背中を預けて天井を見上げている。
アイリスはそもそも参加する気がない。
出した案の問題点を指摘してくれてはいるが、改善してくれるわけではなく、予想される被害を全く回避しようとしていない。
最初から「やるだけ無駄」という姿勢を崩さず、退避することを推奨していただけに、猶予は与えるが協力はしないという方針なのだろう。
出現が予測されるアトモスに関する質問には答えてくれるのだが、残念ながら突破口になるような情報はなく、むしろ「どうすりゃいいんだ?」と頭を抱えることになった。
「一度情報をまとめよう」
顔だけ上げたアッカフの提案に俺は頷く。
「まずアトモスについてだが……」
言いながら携帯端末でアトモスの立体映像を表示。
「下手くそですね。誰が作ったのやら」
「うるせぇな、協力しないなら横槍入れんな」
製作者をわかってて小馬鹿にするアイリスにアッカフがテーブルを叩く。
下手くそなのは事実なので、俺が以前説明された際に見せられたものを表示してくれとアイリスに頼む。
するとテーブルの上に精密なホログラムが突如出現。
比べるように真横に現れた明らかな違いを前に、無言になるアッカフと鼻で笑うアイリス。
「時間がないのわかってるよな?」という俺の確認にアッカフは無言で立体映像を消す。
「まずこのアトモスだが……大きさは最低でもこのコロニークラス。最大なら中型居住可能惑星とかふざけてんのか?」
「観測の仕方によってサイズが変わるのではなく出現時の条件で変化する説が有力です」
補足説明の内容が既に酷い。
アッカフが予知した座標だと最悪色々と巻き込まれる恐れがあり、避難が不完全だと出現と同時にゲームオーバーとなる可能性すらある。
「帝国の技術レベルでは一切攻撃が通用せず、またその空間に干渉する衝撃波? に対して有効な防御も存在しない。仮にそっちのメイドさんが全面協力してくれても難しい相手である」
「正確にはクオリアの全戦力を投入しても壊滅以外の予測がでない相手と修正させていただきます」
無慈悲なまでに改めて「うちは何もしないよ」と宣言するアイリス。
「これまでのデータから何もしなければ無害であると思われており、データ通りならば44時間で消えてくれる」
「問題はその44時間の間、どうやってこの宙域にいる全ての人間に手出しをさせないようにするかだが……」
「軍に命令しても派閥の関係で完璧な統率は難しい。民間は民間で馬鹿が湧く。入り込んだ大量のスパイや工作員が何もしないはずもない。目の前に突如出現した宇宙怪獣を相手に不干渉を徹底させるのはほぼ不可能、と……」
これが宇宙怪獣でなければまだどうにかなった可能性がある。
例えば出てくるのがクオリアだったならば、誰しもが恐れて縮こまってくれていただろう。
しかし宇宙怪獣であるならば、人類は幾度も撃退という経験を積んでいる以上、コロニーを守るために即時戦闘となるのは確実。
これを止めるために軍や民間を抑えるにしても、何もしてこない宇宙怪獣相手に馬鹿な行動に出る奴がいないとも限らない。
ちなみに例として出されたのがこちら。
「へっ、突然出てきて何もしないとかビビらせてくれたお礼だ、食らえ!」
「なんだ? 何もしないデカブツだったら倒しちまえば全部俺らの手柄じゃねぇか。一攫千金、行くぞお前ら!」
クソほど容易に想像できた元傭兵の俺が言うのもなんだが……この手の馬鹿はどれだけ強く命令や罰則を規定しても、絶対に出てくると断言していい。
「だったらそれを問答無用で撃沈すればいいのでは?」
という意見に対してアイリスは「その手の馬鹿が後先考えた行動をするとでも?」とヤケになってアトモスを攻撃すると断定する始末。
そしてその光景が容易に想像できる俺は、いっそ傭兵全員拘束した方がいいのではないかとも考えたが、それをすると余計な介入を試みる第三勢力を止める人員が不足することと、そのような動きは察知されやすく、混乱の元とされた挙句に統制が利かなくなるので逆効果であるとダメ出しされた。
「――というわけで現状まともな手段でアトモスへの干渉を抑えることができないわけだ」
ここまでをまとめたアッカフがポンと手を打ち俺を見る。
次の案を催促しているのだろうがお前も考えろ。
またしても静寂が部屋に訪れる。
そしてその静寂を破ったのは意外なことにアイリスだった。
「御主人様」という呼びかけに始まり、アイリスはこれ以上は時間の無駄だと告げ、俺が粘る理由を的確に崩してくる。
「活動拠点を帝国から連邦に替えても返済にかかる期間は伸びません。マーマレア連邦は他国へのルートを多く持つが故の利点があります。帝国と戦争状態となるのであれば尚更それを利用して稼ぐことを推奨します」
「いや、しかしそれだと……」
帝国はどうなる、という言葉が続かない。
答えは聞かなくともわかるし、アイリスがバレア帝国など気にも留めていないことも知っている。
「御主人様は戦争特需というのものを甘く見ております。元手に1億Crもあればそれを10倍にすることも不可能ではありません」
この説得にアッカフは「え、ソーヤ君もしかしてお金持ち?」と仲間になりたそうな目でこちらを見ている。
当然、こいつを入れるとアイリスの機嫌が非常に悪くなるので無視。
「しかし、だ。船がなければ何もできない。船を買い、残る資金でやり直してアトラスほど稼ぐことはできないんじゃないか?」
今の船に思い入れがあることは否定しない。
しかし、アトラス以上に稼げる船が思い浮かばないのも事実だ。
それにバレア帝国は俺が生まれた国であり、形はどうあれこれまで過ごしてきた故郷でもある。
そう簡単に割り切れるものではない。
「期間限定でクオリアの輸送船を『無料』で貸し出すことも視野に入れていたのですが……御主人様がそうもおっしゃるのなら――」
「さ、これ以上は時間の無駄だな。俺たちは退避するぞ、アイリス」
「ちょっと待ったぁぁぁっ!」
俺のこの手に平返しにアッカフが待ったをかけるが知ったことではない。
十分に時間を使って色々と案を出したがダメだった。
俺は無力だったということで、この件はお仕舞である。
「こっちは命かかってんだけど!? まだ猶予時間あるよ? ほら座って座って!」
立ち上がった俺の腕にしがみ付くアッカフを振り解くも今度は足に縋り付く。
「アホか! こんなところにいたら命が危ないのはこっちも一緒なんだよ! 借金の返済が現実的なら、そっちの方に傾くのは当然だ!」
右足を抱きかかえるように取られているので、残り左足でアッカフを引き剥がしにかかるが思ったよりも力がある。
絶対に放さんぞ、という構えのアッカフに対し、俺は蹴りもやむなしと足を上げた。
その僅かな隙を見逃さず、アッカフは地面を蹴って俺を地面に倒そうとするも、後ろにいるアイリスがそれを許すはずもない。
態勢を崩して倒れそうになったが、俺の頭部は無事二つのクッションに着地。
そのままアイリスに後ろから抱きかかえられるようにホールドされた。
「そっちも、今から全力で、逃げれば、間に合うじゃないか!」
「逃げても、その後が詰みだって、言ったろ!」
縋りつく見た目少女を蹴る男を傍から見ればどうなるか?
それを囁くメイドを無視しつつ、俺はアッカフの引き剥がしに力を注ぐ。
「第一、提案はしても俺が退避するのは確定事項だ! 誰が好き好んで危ない場所で結果を待つか!」
「だったら、もう少し現実的な案を出してからにしてくれ! こっちは命かかってんだからさあ! ここをどうにかしないと俺の未来ないの! ここに賭けるしかないの、わかる?」
「お前の未来がかかった賭けなんぞ知るか! そもそも俺は運が悪いんだ! ギャンブルなんざ二度と御免だ!」
「そうですね。御主人様の後がない状態での全財産を賭けたギャンブルは傑作でした」
蒸し返すの止めてくれる、と言ったところで何かを閃いた。
それを形にするべく俺は手を口元へとやり考えをまとめる。
視線の先には表示されたままのアトモス――捻じれたリング状の白黒の斑模様という生物と認識できる質感。
足蹴を止めて黙って思案する俺にアッカフはゆっくりと顔を上げる。
アイリスは何を閃いたのやら、と呆れ気味だ。
「アイリス。きのこ……いや、ポライドと連絡をつけることはできるか?」
「……何をお考えで?」
自分でもよくもまあ、こんな馬鹿なことを思いついたと思う。
だが俺はこの案が決して無謀なものではないとも思っている。
「クオリアとシークエセンテ共同体の名前を借りることはできるか? それができるならすぐに実行しよう」
そして俺は思いついた内容を話したところ、アイリスからは「はあ?」と返され、アッカフに至っては恨めし気な顔をされた。
説明の仕方が悪かったという自覚はあるがその反応は酷い。




