77:残された時間
「正直に言おう。手詰まりなんだ。力を貸してくれ」
そう言って頭を下げるアッカフに俺はどうしたものかと考える。
アイリスは聞く気がない様子だが、何が起こるのかくらいは知っておいた方が良い気もする。
立ち去る気配を見せない俺にアッカフは話だけは聞くと判断したのか頭を上げる。
「まず最初に言っておきたい。俺の予知能力は基本的に見たい部分をピンポイントに見ることのできるような便利なものじゃない。それを踏まえた上で聞いてくれ」
どうだか、と能力の暴露を全く信用していないアイリス。
これに関しては同じ意見なので、俺も遠慮なく疑惑の目を向けさせてもらう。
「あー、俺が知ることができるのは断片的な未来の自分の出来事なんだよ。だから大抵の場合、大筋は予知した通りになるが、細かい部分まではわからないことがほとんどだ。俺が手詰まりって言ったのは、ホワイトナイトとここの事件の両方をどうにかしないと俺は生き残れない。で、本命はこっちなんだ」
そもそもホワイトナイトとの戦闘は想定外だった、と俺を恨めし気に睨んでくるアッカフ。
「今から……うん、56時間後になるね。この星系にこのアトモスだっけ? そいつが出現する。突如現れた宇宙怪獣に対し、帝国軍がやることはわかるな? 結果、この星系は文字通り消失する」
アッカフの言葉に俺は息を呑む。
惑星が破壊される、とかではなく星系が消失するとはどういうことか?
想像不能な規模な現象を予告され、俺は首を傾げつつも次の言葉を待つ。
「問題はその後なんだ。この事件を巡って帝国と連邦は対立し、戦争に発展する。そこにル・ゴウ帝国がバレア帝国へと宣戦布告。続いてイス・テニオン、アランガムルが戦争に参加し、帝国は滅茶苦茶になるんだ。その隙に侵入してきたサイオンの騎士がまた厄介でね。そいつからは逃げ切れず、最終的に捕まるんだ」
「そして柱にされると」
言葉にしなかったアッカフの結末を口にするアイリス。
「そうだよ」と不機嫌そうに肯定した少女の姿をする彼は、この事態を避けるために俺たちに協力を願い再び頭を下げた。
連鎖宣戦により帝国が蹂躙される――それは帝国で生きる俺にとっては他人事ではなく、稼がなければならない手前、これを放置するわけにはいかない。
俺は隣のアイリスに視線を送り、目が合うと彼女は頷いた。
そして一歩前に出たアイリスはいつも通りの無表情のまま、アッカフに顔を上げるように言う。
「お断りします」
思わず「え?」と二人の声が重なった。
このシチュエーションでまさかの拒否である。
これには両者の頭にクエスチョンマークを浮かべるのも仕方ない。
「そもそも帝国がどうなろうとお前がどうなろうと我々には関係ありません。私は御主人様を連れてこの星系から離れれば済む話です」
「ちょっといいか?」
仮にアイリスの言う通りにしたとして、解決しなければならない案件が幾つかある。
それを確認するべく手を上げて質問。
アイリスが俺の挙手に首肯したので疑問をぶつける。
「どう考えても俺の船でこの星系から脱出するには時間が足りないんだが?」
「船は諦めてください。クオリアの輸送船を要請しますのでそちらで私と共に退避していただきます」
だったらアトラスごとワープさせてくれないか、という疑問に対しては俺個人のためにそこまでする義理はクオリアにはないことと、それをするだけのエネルギーを使用するための承認が得られることはないとの見解をアイリスは示した。
「ということで我々は失礼します。精々御自慢の予知能力でこの場を切り抜けるといいでしょう。アトモス出現の予知という利益に対してはこの場での処分を控えるという形で相殺させていただきます」
それでは、とアッカフを押しのけ部屋を出ようとするアイリスだが、これには俺も抵抗を見せる。
「いや、俺帝国市民」というアッカフの呟きは無視するとして、アトラスが失われるということは、俺の負債がどうなるかがはっきりしないのは一大事だ。
俺の不安を取り除くようにアイリスは優しく微笑んだ後、無慈悲に「諦めてください」の一言で終わらせる。
「待って。流石にそれはない」
アトラスを失えば返済プランが破綻する。
そしてプランを提示したのはアイリスである。
そこのところをどうするつもりなのかとアイリスに問い詰める。
「御主人様は命よりも金が大事ということですか?」
ド正論で何も言えない。
ならば、と帝国が危機的状況になれば商売に支障を来すことは明らかであり、何かしらできることはあるのではないかと食い下がる。
「知っての通りアトモスは第一種特定危機です。対処不能である以上やるだけ無駄です」
そもそもアトラスを失えば御主人様は帝国に縛られることはなくなります、と付け足すが、そのアトラスを失いたくないのである。
「確か何もしなければ大丈夫なんだよな? だったら――」
「無駄です。仮に私が出現するアトモスに対して『手出し無用』と言ったところで攻撃を行う者が必ず現れます。ここは言わば国境。ならば帝国に被害が出ることを望ましく思う者がいることを前提とするべきです」
むしろそこの予知能力者を働かせた方がよい、とまで突き放すアイリスに俺は言葉を失う。
アッカフを見れば、どうにもならないとばかりにお手上げのジェスチャーを見せている。
「俺の予知ってのは未来の自分を見る追体験みたいなもんなの。未来を見るには見る分だけ同じ時間を必要とするんだよ? 今から? 無理に決まってんだろ。そもそも、俺じゃどうにもならないからそっちに頭下げてんだぞ? 俺じゃなくてそっちのメイドを説得してくれ」
アイリスを説得するのは正直無理があると思っている。
何故ならば、アイリスはこの機会に予知能力者であるアッカフの排除ができることをメリットと捉えている。
逆にこの星系を救うことに対してはリスクが大きく、そのような危険な行為は容認できないという態度を取るだろう。
「御主人様。わかっていると思いますがこの件に介入するメリットが私にはありません。何かしら私の力を借りたいというのであればその対価とプランをご提示ください」
そんなものがすぐに出せるわけもなく、俺は黙って考え込むばかりである。
「お前も何か案を出せ」と正面のアッカフに視線を送るが、自分には何もできないとばかりに首を横に振る。
確かにこいつの提案ならば無条件でアイリスが拒否しそうではある。
「私は御主人様の危機を黙って見逃すほど薄情なメイドではありません。考える時間は差し上げます。ですが猶予がないと見做した瞬間に輸送船へと連行させていただきます」
恐らくこれがアイリスが譲歩できるライン。
時間はやるが現実的な手段を考えろ、ということだ。
「具体的な猶予は?」
「14時間とさせていただきます」
「半日か」と呟くアッカフに俺も深く息を吐く。
その時間で何ができるかを考えなくてはならない。
気まずい沈黙が部屋に訪れ、この流れをどうにか変えようとした俺は真っ先に思い付いたのが予知能力を使ってアトモスへの攻撃を防ぐことを提案。
しかしこれにはアッカフが「無理だ」と腕でバッテンを作って即座に却下。
「アイリス。アトモスの滞在時間は推測できるか?」
「過去のデータ通りであれば44時間と29分です。たった二例のデータですので信憑性はないものとお思いください」
「わかるか? 44時間分を漏らさずに見るなんてことは俺には無理だ。もっと強力な予知能力者であればできたかもしれないが……すぐに柱とされずに予備として囲われていたんだ。期待しているところ悪いが、俺はその程度なんだよ!」
悔しそうに語気を荒げるアッカフにアイリスが「嘘ですね」と涼し気な顔で断定する。
この期に及んでこいつは、と胡乱げな目で見つめてやるとアッカフは舌を出して可愛く誤魔化そうした。
中身が男と知っているので思わず殴ったが俺は悪くない。
「もう少し真面目に考えてみては?」とのアイリスの言葉で再び部屋に沈黙が訪れた。
しかし提案が何もなされぬまま時間だけが過ぎていく。
これはある程度は諦める必要があるのかもしれない。
俺の大きな溜息が静かに部屋に響いた。
忘れている人もいるかもしれないので
この銀河では一日が28時間と設定されており、一ヶ月は40日で一周期(一年)が10か月




