8:問題は解決したはずである
バレア帝国の領域であるイラスティオン星系は複数の資源惑星があるだけの何の変哲もない辺境である。
それ故に帝国でも重要性の低い星系であり、これ幸いとイラスティオンのコロニーへと向かう輸送船を目当てに海賊が湧く。
前線から遠く離れた辺境の地に防衛軍など駐留させる余裕は帝国にはなく、この銀河の2割を支配するためにはもっと多くの戦力を必要としていた。
だが、限られたリソースでは困難な話だ。
なので傭兵が幅を利かせる。
こういった辺境の地には多くの傭兵が集まる。
しかし海賊とて馬鹿ではない。
あの手この手で略奪を繰り返し、守備隊や傭兵の攻撃から逃げ果せる。
その被害が軽微の内はよいが、それが許容限界に達すると帝国は重い腰を上げた。
軍による海賊の殲滅だ。
作戦が終われば軍は前線へと帰っていく。
そしてほとぼりが冷めた頃にまた海賊が湧く。
昨今の治安事情などこの鼬ごっこを繰り返しだ。
ところがこれとは別の理由で軍が動くこともある。
それが敵性生物――通称「宇宙怪獣」だ。
大きいものとなれば惑星サイズのこの怪獣。
これを撃退、もしくはその進路を変えさせるためには文字通りの総力戦となる。
その戦闘に参加した俺は、作戦失敗の責任を押し付けられて莫大な借金を背負った。
返す目処など立つはずもなく、自暴自棄になった俺は船を売った金を全てギャンブルへと投げた。
結果は大勝。
歴史上稀に見る大番狂わせの結果、俺は一夜にして大金持ちとなり、その金を失うことになる。
薬を盛られ、一晩寝て過ごした俺はバレア帝国の最新型超弩級戦艦アトラスを購入していたことになっていた。
法的に見ても買えるはずのないものを購入したとあり、俺はこれを金を巻き上げるための陰謀と判断。
ステーションからアトラスに乗って逃げ出した。
そして逃げた先でクオリアと鉢合わせとなる。
機械知性体アルマ・ディーエの本拠地であり、惑星サイズの巨大構造物であるクオリアを前に、俺は死を覚悟しつつも延命を図る。
それが功を奏したかどうかはわからない。
ただ、アイリスと名乗る機械知性体のメイドが現れ、帝国との間に立つことで問題は解決した。
しかし同時に新たな問題が発生。
再び桁違いの莫大な借金を背負うことになった俺は「どうやって返済するのか?」という疑問をぶつけるのであった。
これがここまでの簡単な流れなのだが、行動に移す前に諸々の事情を関係者と話す必要ができたことで、一度ステーションへと移動することとなる。
「まさか艦内のガードロボは伯爵の所有だったとは……」
他にもイラスティオン星系へと戻る理由はあったのだが、まさか貴族と対面することになるとは思ってもみなかった。
「胃に穴が空きそうだよ」と笑顔のままで恨み言を吐いてくれた伯爵だが、元を正せば自分の息子が仕出かしたことが端を発する。
カイゼル髭を撫でる伯爵を見ながら「大変だろうな」と心中を察する言葉を思わず口に出してしまったが、それは向こうから見ても同じらしく、他人の心配をするほど余裕はあるのか、と返された。
言われてみれば確かにそうだ。
これから俺は12億Crという途方もない額を稼がなくてはならないのだ。
貴族様から見ても大金――そんな額を借金として背負っている俺が他人の心配などしている余裕は確かにない。
「なあ、やっぱりこの金額どうにかならない?」
「御主人様を甘やかすことは嫌いではありませんが、けじめや線引きは必要です。また総意から外れる行いは私としても問題があります」
緊張を強いる貴族との面会は終了し、一息ついたところにダメ元で隣のメイドと交渉を試みたが答えはノー。
融通の利かないメイドである。
貴族と会うことになった経緯にしても、ガードロボの所有権が変更されていなかったために必要であると判断してのことで「まとめて接収すればよかったのに」と愚痴を溢すと「強奪はよくない」と言う。
どの口が言うのか?
「それじゃ、そろそろこの途方もない金額を稼ぐ手段を教えてくれ」
ステーションに横付けされたアトラス内部――そのブリッジで俺はアイリスに今後の行動について詳細を尋ねる。
「御主人様にお勧めするのは有体に言えば『運送業』です」
「……運び屋になれ、ということか?」
俺の不満気な言葉に「違います」とキッパリ否定するアイリス。
「正式に起業していただきます。そもそもこんな鈍足船で運び屋と称する走り屋をやるなど正気の沙汰ではありません。活かすべきは積載量と戦闘能力。このサイズの船ならば単艦で民間用大型輸送艦15台分の容量を確保可能です。これを使わない手はありません」
「しかしだな、荷物を運ぶだけで到底払い切れるような金額ではないと思うんだが……」
「運ぶものは荷物だけではありません。人は勿論、交易品等も視野に入れて良いでしょう」
なるほど、と頷く俺にアイリスは続ける。
「そして狙い目となるのは危険度の高い星系を通過することで時間の短縮が行えるルート」
「そうか! 本来ならば迂回すべきルートであっても、アトラスは最新鋭の軍用艦。危険だから、と遠回りする必要がない。護衛を雇うことなく最短ルートを通過できるのか」
そういうことでございます、とアイリスは優雅に一礼。
これならば確かに十分な利益は見込める。
12億Crを稼げるかは疑問だが、現状思いつく手段としては最適解のように思えた。
おまけに現在バレア帝国はル・ゴウ帝国との緊張が高まっている。
この辺りでも稼げるのではないか、と提案してみたのだが……肝心なことを忘れていた。
アトラスという戦力を如何にして儲けに繋げるか?
そこを単刀直入に聞く。
「御主人様が傭兵稼業に戻るのはほぼ不可能かと」
だが返答は不可能という強い否定。
理由はアトラス。
帝国の最新鋭艦であるアトラスを傭兵が戦場に送り込むのは色々と問題があった。
同様に他国への移動も制限されるし、帝国の技術の流出という観点からできることも限られてくる。
こと戦闘面での活躍については「精々、敵性生物相手の防衛線に駆り出されるくらいでしょう」とのアイリスの予想に「そんなものか」と戦艦の能力を見たい俺はがっかりする。
「となると活動区域はマーマレア連邦に近いテルミドン星系、オジサマー星系付近。この場合、受注するとなる星系は……この辺りか」
出力した立体星図に触れながらルートを一つずつ指でなぞりラインを繋いでいく。
サイズは違うが、基本操作は俺の乗っていた船とあまり変わらないので中々使いやすい。
やることが決まればサクサクと進めていく。
「交易を重視するのであればアランガムル評議国の玄関口となるシオマレキ星系、ソルクレイブ星系へのルートを推奨します」
「だな。けど銭ゲバワンコはちょっと苦手なんだよな……あいつら隙あらば契約の穴ついてくるからやりづらいんだよ」
「逆を言えば隙さえ見せなければやりやすい相手とも言えます。そちらに関しては私がおりますので心配することはありません」
確かに機械知性体相手に誤魔化したり抜け道を作るような危険な真似もしないだろう。
となると俺の苦手意識は儲け前には除外するとして、現状の候補は大まかに分けて二つ。
マーマレア連邦かアランガムル評議国か、である。
勿論国境を跨ぐことはできないが、国が違えば需要も大きく異なる。
どちらの儲けが大きくなるかの試算しなくては、決まるものも決まらない。
「アイリス。もしかしてと思うんだが……」
アルマ・ディーエ――いや、この場合はこう言った方が良いはずだ。
「メイドの力を以てすれば、需要のあるものや最大限利益を上げる品、そういった重要な情報が手に入ったりするのかな?」
「その程度のことを何故メイドができないとお思いで?」
ふんす、と胸を張って自慢げに即答するアイリス。
これはもしかして本当に返済可能なのではないか?
そんな希望が見えてきたことで、俺は少しばかりこのメイドを見直すことにした。
だがそれが間違いであったことをその日のうちに俺は身を以て知ることになる。
俺はまだ、このメイド……アルマ・ディーエという機械知性体を全く理解していなかったのだ。
TIPS
この銀河には「宇宙怪獣」と称される非常に大きな生物が宇宙を漂っている。大きいものでは惑星サイズとなっており、これの撃退に軍が動くことは珍しくない。現在人類が発見している宇宙怪獣は全部で6種存在している。