71:みんなのおたより
タイタナ星系のプライムコロニーを発つアトラスのブリッジにて、俺は目の前の現実に頭を抱えていた。
「こうなることは予想されていたはずです。いい加減手を進めてください」
「いや、そう言ってもな?」
武装輸送商会宛としてアトラスへと送られてきた大量のデータを前に、これを片付ける気に中々なれない俺に痺れを切らしたアイリスが催促する。
考えてもみてほしい。
部屋の掃除をする必要があるのはわかっていても、その対象が酷すぎれば何処から手を付けるべきかわからず立ち竦んでしまうことだろう。
「……7000件だぞ? これ全部見ろ、と?」
「はい。見てください」
取り付く島もなく突き放すアイリスに「何とかならないか?」という視線を送るも無視された。
せめて見る必要のないようなものを分別するとかやりようは幾らでもあるはずなのに何もしない。
ならば何故何もしないのかと問えば「面白いから」の一言で済まされる。
「つまり、この中に見ていて面白いものがある、ということか?」
「その通りでございます」とアイリスは笑みを浮かべる。
だったら面白くないものは除けてもらえないだろうか、と頼み方を変えてみたところ7000件が120件まで減った。
どうやら個人依頼の案件が6800件以上あったらしく、そちらは見る価値もない模様。
自動で分別してくれてもよさそうなものなのだが、アトラスの搭載されているAIは完全にアイリスに乗っ取られており、初期設定が家出したまま戻ってきていない。
「私がいれば問題ありません」と言っていたが、お前だからこそ安心できない部分があるのだ。
「いいからつべこべ言わずに黙って確認しやがってください」
口調が荒いものになってきたことで限界を悟った俺が諦めて一件目を開封。
ブリッジの巨大モニターに映し出されたのは美女三名。
いずれもその見事な肢体が映える露出度の高いドレスを身に纏っている。
続いて聞こえてきた用件を要約するとこうだ。
「うちの娘たちだが美人だろ? 君に興味があるようだからちょっとツラ貸せや」である。
なんとか商会がどうのこうの言っていたが、結局のところ機械知性体とのコネ作りが目的のハニートラップ。
こんな馬鹿正直に真っ向勝負を仕掛けてくるとは俺のことを甘く見ているのか、それともただの阿呆なのかの判断がつかない。
「続きましてファイ・アール商会からのお便りです」
マイクを持ったアイリスが次のファイルを勝手に開く。
まさかそのノリで最後まで行くつもりではないだろうな?
なお、続くファイ・アール商会も一番と同様に「友誼を結ぶ」的なことを回りくどい言い方で長々と語っていた。
こちらに対して何かしらの便宜が図れるようなことを言っていたが……アイリスの存在とアトラスがある時点でたかが一商会如きにどんな有用な便宜が図れると言うのだろうか?
おまけにアイリスの補足説明でこの商会の規模を知れば「何言ってんだこいつ」という言葉も口に出る。
最後まで見ることもなく、次のファイルを開封。
出てきたのは軍人――しかも階級章から准将だとわかる美丈夫である。
立派な髭を撫でながら話すその内容を一言でまとめると「軍への勧誘」だった。
しかも開口一番「軍に入る気はないかね?」の直球で攻めてくる大胆さである。
先の二人と比べれば余程好感は持てるが、残念ながら軍への仕官は論外だ。
俺が傭兵を止める羽目になった理由を考えれば、如何に待遇を考慮されようが無理なものは無理である。
よって、こちらも「お断り」に分別。
次のメールはコロニーの治安維持部隊からの感謝状。
先のロボットの暴走事件での活躍に対して謝礼金が支払われるとのことである。
1万Crと大した額ではないが、貰えるものは貰っておこう。
こちらは返事が必要なのでその場で当たり障りのない返答をしておく。
「続きましてエフ・プラントからのお便りです」
「またでかいところが出てきたな」
エフ・プラントは帝国における食品加工でトップシェアを誇る企業なのだが……何故食品関係からもお便りが来るのかと首を傾げていたところにアイリスが一言。
「人事部の一人が独断で接触を試みております。またその方法が非常に独特でしたので採用しました」
お前は何を言っているんだ、という言葉を呑み込み、無事採用されたその独特な方法とやらを見るべくファイルを開封。
すると出てきたのは一人の痩せた男と大量のドール。
どうやら俺がVIP使用のセクサロイドを10体まとめて購入しようとしたことを調べ上げたらしく、同類の臭いを嗅ぎ取った真正のドール趣味の男がこの暴挙に出たようだ。
また、彼の趣味は少女志向に偏っているらしく、ゴシック系の衣装に身を包んだ12歳前後に見える少女型アンドロイドをずらり並べ、早口にその素晴らしさを語っていた。
共感するような要素など皆無なので早々に映像を停止してファイルをゴミ箱にぶち込む。
ついでに添付された画像や映像も削除。
「次を頼む」
「最後に面白いものがあったのですが……」
不発に終わったことでアイリスが不満そうな声を上げるが……まさかこんなものが続くのではあるまいな?
その不安はある意味で的中していた。
続く映像はアルマ・ディーエの崇拝者。
さらに続くは「俺の方が相応しい!」と声を上げるおっさん。
大まかに区分すれば残されたほとんどのメッセージは俺ではなく、アイリスに宛てたもののようだった。
中には全裸の映像を送りつけて「愛人にどうか?」とストレートに聞いてくる女性もいたが、バックに企業やよくわからん組織がいるとアイリスが暴露するのでしっかり分別した。
個人的に傑作だったのは何をどう勘違いしたのか、俺が大金を持っている前提で寄付を募るメッセージを送って来る団体がいたことだ。
借金まみれの俺に金を持ってそうな肥えた中年が懇々と自分たちの活動の素晴らしさを語り「この慈善事業に出資するのは力を持つ者の義務である」とかほざいている様は呆れを通り越して笑いが出た。
取り敢えず、個人依頼は一括でお断りし、今後は流通ギルドにある依頼のみに絞る形で進めていく。
方針を決めたことでギルドの方に通達。
指名依頼は断り切れない極一部――貴族や大企業に限るとし、その報酬に関しても下限を設けることに決めた。
詳細は近いうちに詰めるとして、これで個人依頼のメッセージは全てテンプレ返答で済ませることが可能となった。
問題は個人依頼という偽装ではなく、本気で俺を取り込もうとする勢力の存在だ。
この数日で俺がアルマ・ディーエの奉仕対象となったことは周知の事実となりつつある。
メディアでも報じられかけていたらしく、軍がストップをかけたことで免れはしたが、スポンサーを始めとした多数の人間に知られることとなったことには変わりなく、このペースだとタイタナ星系を出る頃にはこの情報は誰もが知ることになっているだろう。
となれば、今後この手の接触を試みる者が後を絶たなくなるのは必定。
今からその対策も考えなくてはならない。
「あー、面倒くさいことになったな」
そう言って現在進行形で増えるメッセージを見て艦長席に体を預ける。
「御主人様が彼女らを見捨てていればこのようなことにはなっておりません」
どうやらまだ根に持っていたらしく、隣に立つアイリスが俺を睨む。
確かにあの三人を見捨てていればアイリスの存在こそ露見したものの、俺との関係性を知る者はここまで多くはならなかっただろう。
(そう言えば天然もののサイオニック能力者は強い力を持つとか……それも関係してるのか?)
サイオニック技術が引き起こすであろう災害が本当ならば、強い力を持つ者は排除する方が都合が良い。
そう考えてのことなのだろうかと思っていたところ、俺の思考を読んだアイリスが一言。
「勿論その考えもございますが……問題はアッカフと名乗る天然ものの持つ能力にあります」
「あ、やっぱりどんな能力なのか当たりを付けてたのか」
俺の予想は当たっていたらしく、アイリスは首肯するとその能力が何であるかを暴露した。
「ほぼ間違いなく予知能力かそれに準ずる力を持っています。アレは生かしておくと危険です」
「……わお」
思った以上に危険な能力が出てきた。
少なくとも「俺が助けなかった方が良かったかな?」と思うくらいには予想以上に厄介なものであり、そんな能力を持つ者とかかわっただけでなく、取り戻そうとするサイオン教会の邪魔をした挙句、白騎士という戦力を叩き潰してしまっている。
今後、まず間違いなく予知能力を持つアッカフは自分たちの事情に俺を巻き込んでくることが予測される。
御主人様ポイントが倍増した理由を目の当たりにした俺は、乾いた笑いを漏らしてアイリスを見る。
常日頃「ダメな御主人様が好みです」と主張しているアイリスでさえ、この度の一件は許容範囲には収まらなかったらしく、ただただ深い溜息を吐いて俺を見下ろしていた。
(´・ω・`)おまけ話入れようとしたけど没になった。




