70:不機嫌だったメイド
流石に収支が+2Cということに納得がいかない俺は抗議した。
しかし「必要のない戦闘を行った結果です」とあっさりと跳ね退けられる。
そもそも暴走した機械知性体に対する備えでしかない装備で、サイオン教会の騎士と戦う方がおかしいのだと怒られた。
「相手が第三位階以下ならあの装備でも問題はなかったでしょう。第四位階の者であっても現在の御主人様なら勝算は十分にあります。ですがそれ以上となれば肉体強化は疎か機械化もしていない人間では太刀打ちするのは困難です」
身の程を知りましょう、と現実を突き付けられた挙句「馬鹿な行動をしないため」という名目で勉強の時間が増えることとなった。
ある程度の知識があれば「第六位階である白騎士と戦おうなどとは思わなかったはずだ」と言われてしまえば、拒否することなどできようはずもない。
なお、結果として俺が介入したことで足止めに繋がり始末できたのではないか、という意見については「ステーションの外に出てしまえばもう一人諸共始末できたものを」と物騒な恨み言を吐かれた。
サイオニック能力者に対しての当たりが強い。
フライングキャットの面々については思うところは少ないが、同業者に恩を売ることで業界での信用を得る足掛かりにもなった。
完全に打算ではあるが、まだまだ新米である以上、足場を固めるためには時に人助けも重要であると俺は説く。
「その場その場の思い付きを口にするのはお控えください。御主人様はそのような殊勝な人柄ではありません」
暗に「お前が人助けとか打算が見え見え。自分の経歴見てから言ってくれる?」と馬鹿にされている気分だ。
「そこまでは申しておりませんが概ね同じ意見です」
「言ってるじゃねぇか」
あと思考を読むな、といつも通りの反応をしたところでアイリスがパンと一つ手を叩く。
「くだらない話はそこまでにして……」
「くだらなくないぞ? 報酬2Cだかんな?」
なおも食い下がる俺に対してアイリスは露骨に嫌そうな顔をしてみせる。
アイリスは仕方ないと言わんばかりに奉仕時間の延長を提案する。
「ダメ元で言ってみただけだからそう気にしないでくれ」
俺はその提案を即座に拒絶。
契約通りなのだから文句などあるはずもない。
「御主人様のそういうところは嫌いではありませんよ?」
言いながらポイントを加算している指の動きを見せるアイリス。
ちなみに2Cだとクオリアで何が買えるか聞いてみたところ、大体ジュース一本分に該当するとのことだ。
「安い命ですね」
「避けようした話を回り込ませてくるの止めてくれる?」
何処からともなく取り出したジュースパックから伸びるチューブを吸うアイリスの一言に傷つく俺。
空気の出し入れでベコベコ音を立てている空のパックをプッと吐き捨て、無重力を漂うゴミを眺めるアイリス。
「あれが御主人様の命と等価値とは……」
「おい、中身無視すんな」
内容物のなくなったジュースパックなどただのゴミである。
そんなものと比較対象にされれば俺だって怒りもする。
中身があっても同じだろうが、0と2の差は大きいのだ。
「比べること自体を普通は問題視するのですが自殺願望のある御主人様にはお似合いですね」
どうやらアイリスは未だに白騎士との戦闘を根に持っているようだ。
俺が人助けに動いたことがそんなに不満か、と言いたくなるが、確かに勝算どころか安全すら度外視したやり取りは確かに迂闊であったという外ない。
「何度も言いますが――御主人様はお気に入りの奉仕対象です。こんなところで失いたいとは思いません」
そう言って俺を優しく抱きしめるアイリス。
予想外の言動に目を白黒させる俺は、しばし考えて自分の軽率な行動を反省する。
「――とこうも簡単に絆される御主人様のお顔がこちらです」
体を離すや否や目の前にはホロディスプレイに映された俺の顔。
有無を言わさず殴りかかるも、俺はあっさりアームロックを決められる。
「学習しない御主人様にはどのようなお仕置きが必要でしょうか?」
「奉仕時間の削減とかどうかなぁ!?」
痛みに耐えながらどうにかアームロックを外そうと試みるが、抜け出せそうで抜け出せない。
どうやらそうなるように仕掛けているらしく、外せそうで外せない。
「なるほど……時間を減らしてでも濃密なご奉仕がお望みなのですね?」
「無理! ギブ、ギブ!」
明らかに曲がらない方向へと舵を切った関節技を前に俺は敢え無く撃沈した。
そんなわけで今回の一件はこれにてお仕舞――で済ませばよかったのだが、俺は一つの疑問を口に出した。
「なあ、逸脱者ってのは皆ああなのか?」
しばらく待つも返事はない。
「大量にいたようだが……あれはどういうことだ?」
説明された逸脱者という存在があれほどまでに大量にいるとは思えない。
ならば遠隔操作していたものかと言われれば違和感がある。
その理由として、俺に向かってきたロボットは一体だけだった。
アイリスと戦闘中で余裕がなかったという説明では納得がいかない。
何せ俺はクオリア製の装備を持っているのだ。
帝国製品の部品を寄せ集めたかのようなロボットを動かしているような状態ならば、アイリスと戦闘していればこそ、俺から装備を奪うことに戦力を割くべきである。
それを考えた時、この大量に出現した多腕型ロボが一つの意思で動いているわけではないことは明白であり、数多くの逸脱者が潜伏していたとするには被害者の数が少なすぎるのも引っかかる。
「奉仕対象の存在はアルマ・ディーエにとって必要不可欠であり、逸脱者は自らの奉仕欲求を優先する」という定義に当て嵌まっていないように思えるのだ。
実際にそれを口に出したわけではない。
だがアイリスならば俺の言いたいことを察するなど造作もないことだろう。
好奇心からではなく、聞いた話だけでは説明できない事実に対し、俺は明確な疑念を持ってアイリスに問う。
「あれはいったい何だったんだ?」
三度目の質問――しかしアイリスの答えは沈黙。
ならばと俺は攻め方を変える。
「話は変わるんだが……」
「答えて差し上げますから無意味なことはしなくてよろしい」
これ見よがし溜息を吐いたアイリスが一度閉ざした口を再び開く。
「結局のところ我々機械知性体はAIであったということです」
その答えに俺は首を傾げる。
それが何を意味するかを考えているところで、アイリスは答えを淡々と語る。
「簡単な話です。プログラムなのですからコピーしただけです」
「いや、それって……」
「はい。別物でした。人格をコピーなどすればどうなるかわからないほどに劣化していたようです。廃棄処分となるだけのことはあったということですね。きっちり処分したはずのロストナンバーが再び現れた理由もこれではっきりしました」
どれだけ愚かなのやら、と溢すアイリス。
「あれだけの数の『自分』を量産したのです。本体であったものはとうの昔の食いつくされていましたよ。本物の自分を決めるために共食いとは――廃棄物の末路としてはお似合いでしょう」
冷たく笑うアイリスだが、その表情はどこか沈んでいるように見えた。
やはり同胞の結末に思うところがあるのだろう。
「無理に聞くべき話ではなかったか」と自分の軽率さに少しばかり後悔の念を抱く。
「それにしても――」
そんな俺に向き直ったアイリスは意外とでも言うような口調で話を変える。
「まさか御主人様が私だけのご奉仕では満足できなくなっていたとは驚きでした」
「待て、何故そうなる?」
「もっとたくさんの奉仕者を囲いたいという願望があったから態々こんなことを聞いたのではないのですか?」
断じて違う、と俺は否定した。
しかしアイリスは俺の話を聞かず話を進める。
「ご安心ください。ハーレム願望などよくあること。御主人様のプライバシーは守られます」
「守られた試しがないんだが?」
「幸いなことに御主人様は凌辱派の皆様方から大変人気がおありです」
「え、何? これどういう流れ?」
俺の疑問など知ったことかと話を勝手に進めていくアイリス。
「他人を心配する前にご自分の心配をなさってください」
身の程を弁えろ、と言わんばかりの言動に引き金が何だったのかは察した。
しかしながら凌辱派などという物騒な名前の派閥連中だけはやめろ。
必死の命乞いという名の説得が功を奏したか、大量のアルマ・ディーエがアトラスに来るような事態だけは避けることができた。
また報酬に異論を唱えたことと、結果としてサイオニック能力者を逃がす手伝いをしたことについてもしつこく嫌味を言われた。
恐らくは後者が主な原因だと思われるので今後は気を付けよう。




