69:差し引きプラス
「待て待て待て! 待ってください! いや、ほんと確かに嘘の部分もあるけど……あるけど、生い立ちの部分は本当。泣ける部分だから!」
そこんところは考慮して、と必死に自己弁護を行う俺たちと軍人に引きずり出され、さくっと包囲されたアッカフ。
では何処に嘘があったかと言えば――サイオン教会から逃げた部分である。
「いや、実はね。俺ってばさ、結構凄い能力に目覚めちゃっててさー、それでこのままだと道具にされるって思って教会爆破して逃げたんだ」
それを聞いたアイリスが「ほう」と少し機嫌が良くなった。
間違いなく教会を爆破した部分で好感を得ている。
ちなみにフライングキャットの他メンバーは中型輸送船から顔を出し、心配そうにことの成り行きを見守っている。
てっきりこいつの保護者かと思っていたのだが、明らかに変化した口調と二人の態度からどうやらそうではないらしい。
「その能力とは?」
「いやー、そればっかりは教えられない。正直こいつのお陰で生き永らえてる自覚はあるけど、それでもこれがある限り逃亡生活は終わらないのよ。これくらいで勘弁してくれる?」
アイリスの質問にヒントで返すアッカフ。
残念ながら俺にはどんな能力なのかさっぱりわからない。
しかしアイリスは思うところがあるらしく、少し考えた後こう言った。
「その能力。封印することは可能ですか?」
「あ、それ無理。教会の連中にこじ開けられた。だから逃げ出した」
その返事に舌打ちするアイリス。
どうやらアッカフの能力に当たりを付けているようだ。
しかも話しぶりから察するに、アイリス……というよりアルマ・ディーエはサイオニック技術について結構詳しいようだ。
流石に持っている情報量が違うな、と感心しつつ、俺も折角なので疑問を一つぶつけてみる。
「で、そっちが地か?」
「ああ、うん。普通に逃げても捕まるからね。顔と性別、見た目を変えた。元は男ね」
しかしそれだと帝国IDを持たない棄民であることに説明がつかない。
そう思っていたところ、その単純明快な理由を話し始めた。
「いや、俺としてもまさかここまで別人になれるとは思わなかった! ポライドの技術って凄いよな!」
どうやらキノコと接触して見た目ががっつりと変わったようだ。
なるほど、他国でならば帝国IDなしに施術も可能である。
しかも身長や声、生体認証にかかわる部分までも変わっているらしく、完全な別人と言ってよいほどの出来栄えであると自慢げに語ってくれる。
こいつは帝国軍人に囲まれていることを理解しているのだろうか?
やはりというべきか軍人の一人が誰かと連絡を取っている。
多分身元の確認等を要請しているのだろうが、その結果は言わずもがな。
まず間違いなくこの後は帝国軍、または公安辺りとお話することになるだろう。
周囲の視線に今頃気づいたのか、アッカフは「あ、やべ」と漏らした後に俺を睨む。
狙ってやったわけではないので肩を竦めるだけのどうとでも取れるジェスチャーを返すだけだ。
その後の取り調べについては関与することがなかったのでわからないが、船から出てきたフライングキャットの三名は一時帝国軍預かりとなった。
そして予想通りにアルマ・ディーエの存在が露見したことで俺の扱いが目に見えて変わった。
具体的にどう変わったかと言えば――腫物を触るような扱いだ。
お陰で、と言うべきかどうかはわからないが、今回の一件に関して驚くほどあっさりと俺は解放された。
「事情を聞かせてほしい」との軍からの要望を睨みつけるアイリスを宥め、簡単な質疑応答だけで終わったのは当然の結果とも言える。
そんなわけで逸脱者と呼ばれる暴走した機械知性体のことは隠蔽しつつ、無事全ての罪をサイオンの騎士に擦り付けることに成功した俺は意気揚々とアトラスに帰還した。
外交問題?
知らんがな。
「はー、やっと終わった」
艦長席に座った俺はようやく一息付けたことに安堵の息を漏らす。
アイリスは事後処理があるらしくまだ戻ってきてはいないが、大量にいたであろうアレの処理となるとどれだけ時間がかかることやら、と久しぶりの一人の時間を堪能する。
しかしその前にアトラスに送られてきたデータの確認をしなくてはならない。
今回の騒動で軍はこの船を狙ったものである可能性を考え、こちらに対して連絡を試みていたようだが、生憎と俺の携帯端末はアイリスが弄り回しており、不要と判断されたものは繋がらない仕組みとなっている。
しかもその判断基準がアイリスのものであるため、面識のない相手からの通信はほぼ完全にカットされる。
というわけでアトラスに溜まったデータを閲覧しているわけだが……恐らく船に残った誰かが俺に繋ぐかするだろうと思っていたのだろうが、残念なことに乗組員など存在しない。
データを自動で転送できればよかったのだが、セキュリティの関係でそういった設定は解放されていない。
アトラスはクラス5なので俺が所有していると言っても、できることには色々と制限があったりするのだ。
そんなわけで送られてきたデータを見ると、各所で暴れているロボットとそれを破壊して回るアイリスの姿が映し出された映像に、事の詳細を求めるメールが大量にあった。
それを俺がガン無視していたことになっており、一部脅迫めいた内容のものが含まれていたりと軍の慌てふためく様子が見て取れる。
今更ではあるが返信をしておく。
その内容を簡潔なものへと言い換えると「何か知らんが機械知性体として放置できない何かがあったと思われる」的なことにして、具体的な内容と事の真相をはぐらかした。
そうこうしているうちに帰還したアイリスに俺は残念そうな顔をする。
どうやらプライベートな時間はお預けのようだ。
「その失礼な顔に言いたいことはありますが……まずはレンタル装備の返却をお願いします」
完全に忘れていた俺はプラズマブレードとパルスガンを返却。
強化スーツはインナーなので着替えを取りに一度私室に行ってから脱ぐ。
こちらも返したところで報酬の話を切り出した。
「ということで依頼は完了したと思われるが、報酬はどうなっている?」
「その報酬についてですが一つご報告があります」
サイオン騎士との戦闘もあったので「追加の報酬でもあるのか?」と俺は期待しながら続きを促すように頷く。
「まず返却していただいた装備品に損傷が確認されました。なので修理費用を報酬から引かせていただきます」
「……は?」
「具体的には強化スーツの胸部に受けた衝撃により衝撃吸収機構が破壊されております。恐らくスーツの耐久度を犠牲に御主人様を守ったものと思われます」
その言葉にあの時に食らった一撃を思い出す。
「いや、待て。食らったと言っても一発だけだぞ?」
「白騎士の一撃を食らって生きているのですから対価としては妥当です」
アイリスはサイオンの騎士をものともしなかったが、どうやら白――第六位階という騎士は俺が戦えるような相手ではなく、クオリア製のフル装備であったとしても、間違いなく勝てない相手と断言された。
しかも俺がクオリアにかかわる者だと仄めかしたことで、全力での戦闘を誘発する恐れがあったため、あの時間稼ぎは自殺行為であるとアイリスは付け加える。
「そもそも干渉フィールドもなしに第六位階以降と戦うことはお勧めできません。私ですら短期決戦のために第四種兵装を持ち出しているのです。本来ならば御主人様では時間稼ぎすらできない相手ですよ?」
だからこそアイリスはあのタイミングで出てくるしかなく、用意周到とはいかなくとも最低限の準備をする時間があれば、もっと楽に戦闘を終わらせることができていた、と睨まれた。
「相も変わらず最悪を引き続けているようで私も安心して御主人様ポイントを加算できます」
ちなみに他にもダメな選択をしていたらしく、今回の一件だけで所持ポイントが倍増したと笑顔で報告された。
そこに止めとばかりに強化スーツのチェックが終了。
「修理費用はこのようになっております」とそれはそれは良い笑みを浮かべてホロディスプレイにその金額を表示する。
その額、レンタル費用と合わせて78000C。
そこに整備費用として1998Cが加算され、差し引き2Cが俺の報酬となった。
「……なあ、これだとほとんど手元に残らないからタダ働き当然なんだが?」
「本当に御主人様はどうしてこうも良い引きをしているのでしょうね?」
満面の笑みを浮かべるアイリスを一瞥すらせず、俺は表示された金額をじっと見ながら立ち尽くす。
後日、その時の映像に高値が付いたとの報告を受けることとなるのだが、この時の俺は立ち直るのにもうしばらくの時間を要する。
俺の不運はまだ続く。




