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不運なソーヤの運送屋  作者: 橋広功
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68:わかりきっていた勝敗

 いきなりクライマックスにも程がある激しい戦闘が目の前で行われている。

 俺が心配するのは勝敗ではなく、周囲の被害状況ただ一つ。

「あ、これ修理費用とか請求されたら終わる」という確信がそうさせているのだが、幸いなことに互いに周囲に被害を及ぼすことは本意ではないらしく、この中でも最も頑丈と思われるアトラス以外に見える被害はなさそうだ。

 むしろ修理費を請求する側に回れそうですらあるが、その宛先を考えると泣き寝入り以外の選択肢が浮かんでこない。

 今日も今日とて不運を嘆く俺は、どうにかアトラスに入って身の安全の確保しようと試みるも、戦闘の余波に巻き込まれてドック内を派手に跳ねまわっている。


「少しは、こっちに、気を遣え!」


 俺の抗議などどこ吹く風で機械知性体とサイオンの騎士の戦闘は激しさを増す。

 だが、その戦闘の行方は俺が見ても明らかなものだった。

 既にアイリスのスカートから伸びる無数の有線式自立兵器に加え、そこら中に配置されたステルスドローンとドック内を飛び交う自立兵器の対処が追い付かなくなっているサイオンの騎士。


「どうかしましたか白くて青い自称騎士様? 御自慢の神聖な力とやらが奮われていないご様子ですが?」


 もしかして全力でそれですか、と煽るアイリスに反応する余裕もない青いのに赤くなっている気がするクリンズは忌々し気に睨みつけることしかできていない。

 完全な飽和攻撃を展開し、弾幕の軌道を操りその全てを多角的に命中させるという理不尽にも程がある攻撃を前になす術などあるわけもなく、防戦一方に追い込まれた騎士を前に高らかに笑うアイリス。


「所詮この程度ですか? ああ、期待など最初からしておりませんので予想通りです。お気になさらずそのまま無様な姿を晒してください」


 両者は常に高速で移動をしているにもかかわらず、最早流れてくるのは相殺による衝撃波ばかり。

 恐らくはパターンを解析され続けている。

 この分だと直に完了し、移動先には常に弾幕が置かれているという状況になるはずだ。

 ちなみに幾度もアイリスと戦闘訓練を行っている俺は初手からその状態になる。

 そうなると打てる手は限られている。


「調子に乗るな、ガラクタが!」


 両手を打つように合わせると同時に一際強力な防御幕がサイオンの騎士を包み込み、四方八方から撃ち込まれる弾幕の全てが掻き消えた。

 力業による状況の打開――俺には取れない手段であったが、アイリスは「そういった手段もある」と正解の一つとして挙げていた。

 だが、傍観者である俺から一つ言わせてもらえるのであれば、その隙は間違いなく最悪の結果を招く。

 その予想は正しく、両腕を交差するように素早く動かしたアイリスは冷笑を浮かべ、その選択を嘲笑っていた。

 これを果たして「攻撃」と呼んでよいものなのか?

 アイリスの手の動きが齎した結果に、その場にいた者全員が言葉を失う。


「第四種兵装……貴様っ」


 ズレていた。

 視界に映る光景が、アイリスと騎士を結ぶ直線がまるでズレたかのように見える。

 まるで切り取られた多層型の栄養ブロックをずらしてみるかのように、はっきりと視界の中の光景がズレて見えた。


「もしかしてナンバーズと勘違いしていたのですか?」


 笑うアイリスが上下に分かれたサイオンの騎士に手向けとばかりに己の正体を明かす。


「私はNO.006――貴様如きがシングルナンバーを相手にできるわけがないでしょう? 相変わらず進歩のない傲慢さで笑いを堪えることの方が困難でしたよ」


 そう言って自立兵器を足場に嘲笑を浮かべながら優雅に一礼をするアイリスは続ける。


「ちなみに43周期前に第七位階を処理したのも私です。第六位階である白のあなたが私に勝てる道理などなかったということです」


 空間のズレが戻り、宙を漂うサイオンの騎士の上半身に近づくアイリスはその首を掴む。


「……そして敗北が明らかになるとすぐに自爆しようとする。学習能力がないのですか?」


「ゴ、ハッ……」


 恐らくは空間の固定で呼吸が困難な状態にまで追い込まれているサイオンの騎士。

 そこに一切の容赦なく喉をじわじわと締め上げるが如く握力を加えるアイリス。

 あれだけの至近距離を許すということは「自爆しても無駄だ」と言っているに等しく、サイオンの騎士が視線を逸らした瞬間に棒立ちの下半身が動き出し――串刺しにされた。

 アイリスのスカートから伸びる多数の有線式アームから伸びたプラズマブレードが、そのまま彼の下半身を切り刻み、辺りに焼き切れた肉が放つ焦げた匂いが漂い始める。


「あく、まが……」


「私はメイドです」


 そう言って首から手を放し、パンと軽く両手を合わせると圧縮された肉塊が生まれ、名も知らぬ騎士の姿はこの場から消え去った。

 生命反応が消えたことを確認したアイリスは武装を収納し、俺の向かって優雅に一礼。


「御主人様。お掃除が完了しました」


「むしろ汚してんだよな」


 ドックを漂う大量の血液に視線を送る。

 壁際の軍人さんたちはアイリスがアルマ・ディーエであることを察して動くに動けないらしく、全員が固まったままである。

 中には俺の軽口で青くなっている者もいるようだが、この程度でどうにかなるようなら、この関係はとっくに破綻している。


「私の仕事にケチをつけるとは良い度胸ですね」


 いつ間にか目の前にいるアイリスが俺の顔面を掴み力を込める。

 ミシミシと音を立てながら肉に食い込んでいく指を制止すべく、必死にその腕をペチペチと叩いて降参の意思表示。


「何か言うことは?」


「思考を、当たり前のように、読むんじゃない」


 なおもアイリスの腕をペチペチ叩いていると、如何にも「仕方ない」といった風に俺の頭部は解放される。

 くっきりと指の跡が残った頭部をさすりながら非難の目を向けるも涼しい顔をしているアイリス。


「それで、相手にもならないと言った割には随分と時間がかかったようだが?」


「想定外に分散しており丁寧に潰して回ったので時間が必要だっただけです。苦戦もなければ見所もない作業でした。そんなことより――」


 他にもいますね、とアイリスが向けた視線の先にフライングキャットの所有する中型輸送船。

 そう言えばそんなことも言っていたな、と思い出す。

 確か天然物のサイオニック能力者は希少で高い能力を有する――つまり、それを目当てにサイオン教会の騎士が動いていた、というのがあのクリンズがここにいた理由だろう。

 追われているのか、それとも何か別の理由があるかは知らないが、脅威を排除したにもかかわらず、こちらの前に出てこない彼女たちは何を思っているのか?


「今のうちに排除しておくのも――」


「待て待て待て待て、待ってください!」


 これ見よがしに聞こえるくらいの大声で物騒なことを言い出したアイリスにアッカフが待ったをかける。

 輸送船から引きずり出されるが如く釣り上げられたアッカフは、それでも半身は船に隠して手を上げ意見の許可を求める。

 それにアイリスが頷くと彼女は自分たちが何故サイオン教会の騎士に狙われていたのかを語り出した。

 その内容を簡単にまとめるとこうなる。

 生まれつきサイオニック能力があることを確認されたアッカフは、その能力を活かすべく両親にサイオン教会へと送り出された。

 それだけならば何も問題はなかったのだが、どうやらサイオン教会は彼女の両親をサイオニック能力にて操作し、アッカフを手放すことに同意させていたのだと言う。

 その事実を知ったアッカフはサイオン教会から脱出したが、既に両親は他界しており帰るべき場所が何処にもなかった。

 途方に暮れていたところでフライングキャットに拾われ、どうにか生きていくことができていたのだが……ついにサイオン教会からの追手に見つかり、今回の一件に至る――と涙ながらに彼女は語った。

 これが本当ならばサイオン教会は組織的に子供を拉致していることになる。

 当然、帝国軍の皆様にも聞こえていたので動揺が広がる。

 一応一般的に帝国人はサイオン教会に対して特に悪い印象を持つようなことはない。

 むしろ、サイオニック能力を解明し、安全に利用するために研究を続ける組織のように思われていることが多い。

 実際俺も似たようなものだった。

 誰もがこの一件を上手く呑み込めずにいる中、アイリスはアッカフを見ながらはっきりとこう言った。


「嘘ですね」


 その一言で全員の視線がアッカフに集中すると、彼女は「てへっ」と笑って誤魔化そうとしたが……それは間違いなく逆効果だ。

TIPS:騎士の位階

サイオン教会の騎士は色でその位階(階級のようなもので強さの基準となっている)がわかるようになっている。

第一位階:赤――新人の騎士。または騎士として最低限の能力しか持っていない。

第二位階:黄――新人の中から才覚を見出された者。または騎士と呼べるだけの力を持った者。

第三位階:緑――十分な経験を積み騎士として相応しい力を備えた者。

第四位階:青――ベテラン騎士。強さと信念を兼ね備えた強力な騎士。

第五位階:紫――騎士として格別な強さを持つ者。暗部として活躍する可能な騎士の基準。

第六位階:白――騎士の到達点の一つ。騎士の鑑であり、目指すべき場所とされる。

第七位階:銀――サイオン教会を守護する最強の騎士格。極稀にその威を示すべく外に出ることもある。

第八位階:黒――全ては謎に包まれている。存在しているかどうかも不明。

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