67:不俱戴天の敵
俺が認識できたのは「何かをされた」と感じた瞬間、衝撃を受けると同時に吹き飛ばされるわけでもなく、ただ膝が崩れ意識がそこで途切れたこと。
しかし次の瞬間には強化スーツが俺のバイタルを参照し、即座に強制覚醒措置を施す。
心臓が飛び跳ねたかの如く、ドクンと大きな鼓動を体内で響かせると肺の中の空気を吐き出させた。
「カハッ」という声が絞り出され、俺の意識は戻って来る。
反射的にホルスターからパルスガンを引き抜いて照準をクリンズの男へと合わせた。
「攻撃したな? なら、お前は俺の敵だ」
「手加減が過ぎたか……」
再び手をかざすクリンズと俺の引き金を引く指が同時に動く。
構造物に対するダメージは大きくないので隔壁をぶち破って宇宙空間と直通になるようなことはないはずだ。
しかし結果は相殺という形で終わった。
但し、発生した衝撃波に周囲の全員が巻き込まれたが、無重力での戦闘に慣れているであろう帝国軍人は全員無事。
おまけに関係者と思しきフライングキャットの面々は状況を利用してしっかり逃げ出している。
押し付けられる形となった俺は、あの衝撃波をまともに食らいながらも微動だにしていないクリンズの前に壁を蹴って戻る。
「その銃……帝国のものではないな?」
「答える必要あんのか?」
出力を調整していたとは言え、クオリア製のパルスガンを相殺するサイオニック能力者を相手にするのは流石に分が悪い。
だがしかし、舐められたままというのは俺の矜持が許さない。
先制攻撃を許してしまい一度は意識を失ってしまったが、即座に復帰したので第一ラウンドは取られてしまったといったところか。
アイリスの「クオリアのステルスドローンなどを使われれば御主人様ではなす術もなく意識を奪われます」という懸念が別の方向で功を奏した形となるが、まさかサイキッカー相手にその対策が上手く噛み合うとは思わなかった。
銃を構えながら改めて自分の体を確認する。
(痛みはない。怪我もなし……だが意識を奪われた際に確かに衝撃を感じた。つまり、意識だけを奪う攻撃か)
それにしてはパルスガンを相殺していることから攻撃能力もあるのは間違いない。
サイオニック能力を目の当たりにするのは初めてのことである。
わからんだらけでどう対処すべきなのか判断がつかないのは中々に辛い。
取り敢えず手の動きに注意を払いつつ、俺はじりじりと間合いを詰める。
こんな場所で派手に撃ち合うわけにはいかないので接近戦に持ち込みたいのだ。
そのためならば、元傭兵らしく手段は選ばない。
「こいつは危険だ! 脅威の排除に協力する!」
これは周囲の帝国軍人に向けたものだ。
つまり「やっておしまいなさい、軍人さん」である。
既に何人かの軍人が殺害されているのはターミナルで確認している。
なので帝国軍との共闘はあって然るべきであり、軍としても戦力として通用するであろう俺の協力を拒むより、こいつを逃がすことの方が問題だ。
あからさまに舌打ちをしてみせたクリンズだが……単身で騒ぎを起こしているのだから、まさか卑怯とは言うまいね?
俺の言葉で我に返った軍人たちは己の責務を果たすべくクリンズの男を取り囲む。
場所が場所なだけに銃撃戦は控えたいのだろう、銃は構えど発砲はせず。
その間にも救援を要請する者や退路を塞ぐ者、さらには如何にも身体強化を受けていそうな男がその筋肉を誇示しながら前に出る。
流石は帝国軍人、指示を出す者がいなくとも動き出せばしっかりと役割を果たしてくれる。
しかしクリンズの男は突き付けられた無数の銃口を意に介さず、前に出た大男へと滑るように距離を詰める。
その速さに反応できたものはおらず、周囲の銃口を置き去りにして薙ぎ払われた手刀はまるで水を断ち切るかのように、身体強化を受けた男がガードする両腕を切断した。
上がる悲鳴と発砲音。
血飛沫がくるくると回る腕を赤く染める中、光線が四方八方からクリンズの男に向かうも、その全てが見えない球体の膜のようなものに防がれる。
出力が足りていないと判断するや否や、俺は強化スーツの性能を活かして瞬時に距離を詰めプラズマブレードで一閃。
防御膜を切り裂き、その隙間にプラズマブレードを突き入れる。
だが、その一撃を指二本で止めるクリンズの男。
「やはりクオリアか!」
忌々し気に吐き捨てると力任せに刀身が弾き飛ばされる。
打ち上げられる両腕とまたも滑るように瞬時に距離を詰めるクリンズが放つ回し蹴り。
吹き飛ばされた俺はアトラスの装甲版に叩きつけられた。
強化スーツがなければ内臓が破裂してそうな一撃に、俺は肺の中の空気を吐き出す。
同時に帝国軍人が一斉射撃を行うも、いともたやすく防がれた挙句、周囲に放たれた衝撃波らしきもので全員まとめて吹き飛ばされていた。
(おいおいおい! なんだこいつは!?)
拳帝かぶれの幼女ですらここまで理不尽な強さではない。
そもそもクオリア製の武器が通用しないのは想定外である。
一個人とは思えない戦闘力を前に「撤退」の文字が脳裏に浮かぶが、せめて一泡吹かせてやらねば気が済まない。
何かないかと周囲を見渡したところで、逃走中のフライングキャットのアッカフと偶然目が合った。
「そいつはサイオン教会の騎士だ! 手に負える相手じゃない、逃げろ!」
叫ぶアッカフにそちらを見るクリンズ。
やはり標的はそっちなのかと、一瞬笑みを浮かべて動き出した騎士の背後に容赦なくパルスガンを撃ち込む。
「死にたいようだな」
それを振り返りもせずに片手で受け止め、握り潰した男は視線だけをこちらにくれて俺を睨みつける。
ご丁寧にも死刑宣告まで寄越してくれるとは、騎士というだけあって中々にクソな礼儀作法だ。
もっとも、そんなものに従う理由などないので、たとえ使えなくなったとしてもこいつで首を切り落とすなりケツの穴を増やすなりしてやる。
ブオンという音とともにプラズマブレードを展開。
あの意味不明な移動は見てからでは遅いので仕方ない。
こんな戦い方ではエネルギーが心許ないので短期決戦を仕掛ける外ないが、幾ら何でも分が悪すぎる。
まともな戦い方ではダメだ――そう意識した瞬間、俺の思考は切り替わる。
その瞬間、俺は勝利を確信した。
「ああ、言い忘れていた」
だから俺は不敵な笑みを浮かべてサイオン教会のナイト君に教えてやる。
「クオリア製の武装はこれだけじゃない」
そう言って上着の首元をずらし、着用しているインナーがそれであると仄めかす。
この行為自体に意味があるわけではない。
今、俺に必要なものは時間である。
最後にコロニーが揺れてからどれだけ時間が経過したか?
希望的観測になるが、こちら側の最大戦力であるメイドが今こちらに向かっているはずである。
よって、俺がすべきことは時間稼ぎの一択。
アルマ・ディーエとサイオン教会の確執は知っている。
ならばそれを利用すれば時間稼ぎなど容易い――それが俺の勝算だった。
「こんなところに汚物が湧いていやがりましたか。おお……臭い臭い」
「ガラクタが……」
突然俺とクリンズの間に出現したメイドに周囲の者たちは言葉を失う。
何せメイドが出てきたかと思えばいきなりの暴言である。
しかしこれで俺の勝利条件は達成できた。
時間稼ぎなどする必要もなかったわけだが、ここに俺の誤算が一つある。
「大人しく自主的に絶滅してはいただけませんか? 宇宙最大の汚物など掃除するのも大変なんですよ?」
「主人に捨てられた玩具が喋るな。耳障りな音を発するガラクタは分際を弁えて自壊しろ」
俺の間違いは唯一つ。
それはアルマ・ディーエとサイオン教会の間にあるのは「確執」などという優しい言葉で表現できるものではなかった、ということだ。
「内臓をぶちまけて死に腐れ青豆が!」
「不良品らしくゴミ箱に入ってろ、ガラクタ!」
入れ替わるように初手の一撃が交差した際に発生した衝撃波に吹き飛ばされながら俺は思う。
「これ、アトラスに避難してもいいよな?」




