66:どこの誰が敵なのか?
カサカサと不快な動きをする歪な多椀ロボットが標的を俺へと変更して向かってくる。
何が原因で旦那様扱いされているのかは不明だが「逸脱者」と呼称される己の欲求に忠実な機械知性体が襲い掛かって来るというのは中々に恐ろしいものだ。
見た目の不気味さも相まって思わず逃げ出したくなるが、生憎今の俺は自信に溢れている。
「逃げろ、ソーヤ!」
悠長にしている俺にフォーネイが叫ぶが、既に見るべきものは見ている。
コロニーに持ち込める程度であるが故に効果のなかったブラスターだが、その直撃の跡を見た俺はこの機械知性体が最早原型すら留めていないことを察した。
確かに残る僅かな傷跡――それが意味することは一つしかない。
だからこそ俺は逃げる必要がなく、こうして向かってくる奴に薄っすらと笑みを浮かべるほどに余裕があった。
「だんんんんなぁあさぁああぁまぁあぁぁ!?」
飛び掛かって来るそいつを前にして、俺は歩くように前に出る。
そしてくるりと回るように向きを変え、俺を飛び越える形となった機械知性体を笑ってやる。
「はは、どうした? 勢い余って飛び過ぎたか?」
俺は知っている。
帝国とクオリアの圧倒的な技術差を――比べることすらおこがましいその性能差は、まさに今あるべき形として目の前にあった。
既に目の前の奴は帝国で製造されたロボットの寄せ集めであることがわかっている。
ならば、クオリア製の強化スーツを着込んだ俺に負ける要素など何処にもない。
先の接触でそれは証明されたと言っても過言ではない。
俺がしたことはただ飛び掛かってきた奴の下に潜り込み、その腹に手を添えるようにして勢いをつけてやっただけ、である。
だがたったそれだけで勝負にすらならないことを理解した。
あの時、俺がプラズマブレードを抜いていたならば、その時点で決着は付いていたのだ。
(なるほど、アイリスが「勝負にすらならない」と言ったのはこういうことか)
その言葉の意味を正しく理解できた俺は、異様な角度に曲がる首を活かした逆さまの顔に向けてプラズマブレードを見せつける。
「次は殺す」というジェスチャーが伝わったかはわからない。
しかし、俺が持つクオリア製の武器を見た瞬間、そいつの表情は一変した。
「……寄越せ」
ピタリと停止していた俺が手にしているプラズマブレードをじっと見ながら呟き、そして絶叫した。
「そいつを寄越せぇぇぇぇぇぇ!」
突進してくる逸脱者を鼻で笑い、圧倒的な優位性を持って対峙する俺は延ばされた幾つもの腕を迎撃する。
結果など語るまでもなく、そこには全ての腕を失い、俺を見上げるように首を伸ばすそいつの姿があり、止めとばかりにパルスガンを抜いてそいつの頭に押し付ける。
「あばよ」
その引き金は恐ろしいほどに軽かった。
同時に恐ろしいほどの衝撃が周囲に響き、その波動が目に見える形で道路を走る。
飛び散った多椀ロボットだったものの破片を周囲に撒き散らして状況は終了した。
衝撃の割には音は小さく、立てかけられていたバイクが倒れたり、スカートが捲れあがってぶっ倒れている女性がいるなどアクシデントはあったが、無事に終わったと言ってよいだろう。
(つーかなんだよ、この威力! 絶対に選択ミスだろ!)
幸いなことに構造物の破壊には向いていないのか、驚くほどに損壊は少ない。
冷静に銃とブレードを仕舞うが、心臓からバクバクと音が聞こえてくるかのようだ。
「何だ……今のは?」
そしてこの光景を目の当たりにしたフォーネイが、明らかにコロニーに持ち込めるものではない威力に疑問の声を上げる。
当然何一つ明かす気のない俺は退避を促し有耶無耶にしようとしたのだが……ここで再び爆音と揺れがコロニーに響く。
「どうやら他にもいるようだな。船に戻るなら早くした方がいい」
丁度良いとばかりに追い払う口実ができたので利用する。
「ソーヤ。お前はアレが何かわかっているな?」
「暴走したロボットにしか見えないな」
追及しようとしたフォーネイを突き放し、俺は彼女と別れることを選択。
露骨に反対方向へと歩く俺を止められなかったフォーネイはステーションへと走り出す。
それを振り返った俺は確認し、適当な路地へと入ると大きな溜息を吐いた。
「戦闘はなおも継続中か……俺の方に来た奴が弱かっただけか?」
俺がこうも簡単に勝てたにもかかわらず、アイリスの方は未だ戦闘が続いている。
これが意味することは恐らく戦力の違いだろう。
(複数の機械知性体――いや、まさか大量に?)
あんなものが大量にいる光景を想像して身震いするが、あの程度なら群れを成したところでアイリスの敵ではないだろう。
となれば、この不自然に長い戦闘時間はどういうことか?
ここで俺の携帯端末に軍から連絡が入る。
その内容を一行にまとめるとこうだ。
「なんか暴走ロボットが色んなところで暴れてるからアトラスの警備が万全ではなくなる」である
やはり複数ではなく大量だったようだ。
しかもアトラスの警備状態が悪くなるというのは看過できない。
ここはステーションに戻るべきだろうか?
その逡巡を中断させるかのように一際大きな揺れがコロニーを襲う。
「これは、悠長に考えている時間はないかもな」
俺はアトラスに戻ることを決断し、ステーションへと走り出す。
道中は騒然としており、治安維持に出動した部隊が市民を相手に威嚇射撃をする姿も目撃された。
一応ロボットが暴走していることは説明しているようだが、騒ぎに生じて暴徒が出現したのかもしれない。
しかし本当にそれだけだろうか、という疑惑が俺の中で膨らみ始める。
その時、フォーネイの通信時に聞こえてきた内容から、向こうにも何か騒ぎが起きる要因があったのではないかという考えが頭を過る。
こちらは憶測でしかないが、俺の勘があの時聞こえてきたアッカフの叫びが「予定外のもの」ではなく、想定していた以上のものであったかのように感じたのだ。
襲われるような理由が彼女らにあり、それが偶然にも同時にこちらの襲撃とかち合ったのではなかろうか?
「……まあ、憶測だ。考えても仕方ない」
俺はそこで思考を放棄してステーションへと戻る。
コロニー同様ステーションでも暴走ロボットの影響は出ているらしく、慌てふためく市民を横目に真っ直ぐに移動する俺を怪しいと感じたのか、何度も警備員に呼び止められた。
その都度、帝国IDを提示してドックにある船に向かっていることを告げることとなり、時間のロスはあったがアトラスが目視できるターミナルに到着。
同時にまた揺れた。
騒ぐ周囲を無視してアトラスに向かうが、ターミナルから見えた光景に舌打ちする。
警備に当たっている帝国軍が銃を構えているのはまだいい。
軍服姿の男数人が血を流しドック内を漂っているのが目に入れば焦りもする。
(つまり、複数の事件が同時進行していたことには変わりないってことか!)
少なくとも二つ以上が同時に起こっているのは間違いない。
俺は急ぎドックへと向かう。
クオリア製の武装を使用している今の俺ならば、並大抵の相手に後れを取ることはない。
その自信から軍人に止められても「船の持ち主として船を守る」と強引に突破した。
しかし、だ。
いざアトラスを前にしてみれば、この状況は一体全体どういうことか?
帝国軍が囲んでいるのは一人の男。
特徴的な青い肌と長い耳を持つ毛髪のないヒューマノイド――クリンズがこれまた特徴的な白い法衣のような服装で一つの集団を睨みつけていた。
「閉鎖的なイス・テニオン神聖帝国の連中が何故ここに?」という疑問よりも、その視線の先にいるのはフライングキャットの面々と思しき三人に目が行った。
うち二人は見覚えがあるのだが、最後の一人はわからない。
恐らく通信時に聞こえてきた声の主だろう。
ここがドックである以上、彼女らの船もここにあるのでいること自体に疑問はないのだが、この構図が先ほど過った可能性を確かなものにしてしまっている。
そしてどうも俺は出てくるタイミングがよろしくないことだけはわかった。
この現場に闖入者として登場した俺に視線が集まっているので、それは恐らく間違いない。
「あー……クリンズが何故ここに?」
緊迫した状況下で俺の間の抜けた発言に気分でも害したのか、クリンズの男はこちらに手をかざし「失せろ」とだけ言う。
直後、俺は訳もわからぬままに衝撃を受け意識が途切れた。
(´・ω・`)油断したらまた寝込む羽目になった。




