7:不安な先行き
(´・ω・`)ここからが、本番だ
「では早速ですが、この度の帝国との一件を解決致します」
「待って」
瞬時に過ったコロニーが爆発四散する未来。
契約を交わした直後にこんな物騒なセリフを吐いてくるのだから機械知性体の感性は理解できない。
「何を想像しているかは存じませんが、メイドの手にかかればこの程度の交渉など児戯にも等しい難易度です。何も問題はありません」
「その言い方からして既に問題だらけなんだが?」
というか何をするつもりだ、と追加の疑問を口にしたところ「そんなこともわからないのか」という顔をされた。
「御主人様、メイドというものは主人の生活のサポートだけではなく、護衛や交渉事も可能です。仕事のサポートも勿論、暗殺や潜入任務、電子戦全般もそつなくこなす万能職です。なので『この程度は朝飯前である』と断言できます」
「俺の知ってるメイドと違う」
アイリスは真顔のまま身振り手振りでやれやれと表現しつつ「勉強不足ですね」と俺を嘲笑する。
俺がおかしいのか、という疑問は一先ずおいておくとして、ここまで自信満々な手段が気になる。
「……できるというのはわかった。取り敢えずその方法を教えてくれ」
「簡単なことです。この船の元の持ち主と話をつけます」
それができないから逃げてきた俺としては「何言ってんだこいつ?」状態である。
このアトラスの元の所有者が貴族であることはほぼ間違いなく、法的に取引のできないものを購入したことになっている以上、逸脱したやり方でもしない限りは解決は不可能と断じてよい。
「何故俺が逃げ出したのか?」という点をアイリスは考えないのだろうか?
「できなかったから俺はここにいるんだが?」
「御主人様にできなくともメイドには可能です」
そこはメイドじゃないだろう、というツッコミはさておき、機械知性体だからこそできる手段があると言う。
ならばお手並み拝見と楽になろうとしたが、釘を刺しておかねば何をするかわからない。
「一応言っておくが……恫喝はなしだぞ? あと砲艦外交も禁止だ。帝国の法に沿っての解決を俺は望んでいる」
「面倒ですがいいでしょう」
しれっと近い手段が選択肢にあったと白状するアイリス。
「おい、本当にやめろよ? 絶対に武力行使とかするんじゃないぞ?」
俺の真剣な懇願にアイリスは「御主人様は古典を嗜むのですね」とよくわからない返事をする。
そんな俺の表情を察してか小さく舌打ちをする機械知性体。
絶対ろくでもないことを考えていたに違いない。
しかしながら今の俺にできることなど何もない。
ただ黙ってアイリスの交渉を見守ることしかできなった。
10分後――そこには交渉が終わり、相変わらず無表情のままのアイリスが俺を見つめていた。
「無事完了しました」
「ええ……」
こうしてクオリアを経由して行われた通信が終了する。
まさかこの星系を総括している伯爵本人に直通で繋ぐとは思わなかった。
そして無事に終わった交渉内容を簡潔にまとめるとこうだ。
・アトラスはアルマ・ディーエが接収したので文句があればクオリアにどうぞ。
・それに従い搭乗員であるソーヤは管理下に置かれるので手出し無用。
・そちらの言い分は聞く気がない。不祥事は自らの手で解決せよ。
言いたい放題のアイリスに戦々恐々であったが、終わってみれば言い分を全て吞ませるという結果をもぎ取っている。
何度も伯爵本人が口を挟むが、アイリスは「知ったことではありません」とばっさりと切って捨てていた。
どうしてそんなことが許されるのか?
単純に力関係が アルマ・ディーエ>バレア帝国 だからである。
そもそも帝国自体が機械知性体の助けを得て空へと上がった文明の一つだ。
そのため、今でも帝国ではアルマ・ディーエを「人類の母」と表現する者も珍しくはない。
圧倒的な技術力もそうだが、敵対的な言動は為政者にとっては支持基盤を失う恐れがあり、彼女らの意見や要求はほぼ無条件に通るのが当たり前となっている。
もっとも、機械知性体が他の国家に何かしら要求する、交渉を行うなど滅多なことではないためにこんな適当な通例ができてしまっている。
噂程度に耳にしたことはあったが、その全てが本当だったとは誰が予想できただろう?
少なくともバレア帝国は銀河でも1,2を争う強大な国家である。
それがこうも簡単に一方的な要求を呑むのは正直信じられない。
顔に出ていたのか、そんな俺にアイリスが間違いを指摘する。
「まず御主人様は致命的な勘違いをしております」
「勘違い?」
「はい」
アイリスは俺にもわかりやすく説明したところによれば、まず第一に俺がアトラスを購入することになったのは誰かの陰謀でもなんでもないこと。
次に陰謀論に振り回されて逃げようとしなければ向こうから接触があり、全て円満に解決していたことは間違いないと断言された。
しかもその理由が酷いものだった。
「今回の件はナールダル伯爵家の馬鹿息子が遊ぶ金欲しさに勝手に船を売ったことが発端にあります。なので、この件で御主人様が騒がなければ伯爵自らアトラスの売買をなかったことにするために出向いて来たでしょう。そしてこれを承諾すれば御主人様は口止め料と迷惑料を幾ばくか貰い、口座のクレジットが増えて終わりという結果になったのは間違いありません」
「……つまり俺が余計なことをしたから話が面倒なことになった、と?」
「はい。御主人様が何もしなければ今頃120億Crを手に人生を謳歌していたでしょう」
その言葉に俺はがっくりと両手を床についた。
人生において「やるんじゃなかった」と思ったことはあれど「何もしなければ良かった」など経験上ない。
こんな小さな選択ミスで俺は人生を棒に振ったのかと過去の自分を殴りたくなってくる。
「正しく『無駄な足掻き』でしたね」
「止め刺すのやめてもらえる?」
見上げた俺をアイリスはまたニチャリという美人がやると怖い笑みを浮かべる。
「ちなみに御主人様は盗聴されていることを前提に動いていたご様子ですが、そのようなことは一切されておりません。尾行も同様です。法を犯す必要もないのに何をやっていたのでしょうか」
「止めろ、聞きたくない!」
俺は頭を抱えて声を上げる。
耳も塞いでいるのでもう聞こえない。
蹲る俺に近づき耳元でアイリスは囁く。
「ところで……連絡がつかないおかげで『いつもの場所』で待ちぼうけしている方がいらっしゃるようですが?」
「あー! あー!」
聞こえない、聞きたくないという意思表示をしているのだが、このメイドは許してくれない。
「Crコードを手渡した時は随分と良い笑顔をなさっておいででしたが……他人に自分の服を着せる趣味がおありで?」
俺が耳を塞ぎうずくまってプルプルと震えているとメイドがポンと肩に手を置いて一言。
「ご安心ください。メイドは全てを受け入れます」
「それ安心するところ?」
逆に不安になるんだけど、と追加の疑問形をサラッと流し、アイリスは真顔のままスッと立ち上がる。
「では、問題も解決したことですので改めてよろしくお願いいたします」
そう言って優雅に一礼するアイリス。
俺は言った「問題だらけだ」と。
TIPS
奉仕することを目的として生み出されたアルマ・ディーエは「奉仕対象」と「それ以外」という特殊な判断基準を持つ。