60:令嬢の提案
「アトラスに使用されている装甲さえどうにかできればと思っていたのだが……まさかこんな時でも足の引っ張り合いとはな」
腕を組んだままルーンムーラが不満を口に出しているが、どうやら現状の把握とこれからどうするべきかを思案しているのかこちらには目もくれない。
「となれば……こうするしかないか」
「一人で勝手に納得するのは結構だが、いい加減説明くらいしてもらいたいのだが?」
言われてようやく気付いたように、ルーンムーラは片手を腰にやり尊大な態度のまま話し始める。
「そもそも私がここに来たのは我が社で開発され、このアトラスにも使用されている装甲――つまり新素材の技術の流出を防ぐことにある」
理由としては納得できるが、それでこいつが一人で来るに至った経緯なのだが……こちらに今回の問題があった。
「自分で言うのもなんだが、私は金の使い方というものを心得ている。地位もあるので動かせる額が大きいこともあって、今回の『商談』に自ら出向いたわけだが……ここに落とし穴があったわけだ」
そこからはありきたりな内容だった。
語られた話を掻い摘むと、大企業にありがちな派閥争いの中、このアトラスに目を付けた役員がいた。
その役員は俺を取り巻く情勢を調べ尽くした結果、自分ではどうにもならないことを悟ったことだろう。
しかしこれをどうにか利用できないものか、と考え出されたのがルーンムーラの派遣である。
つまり、どうにもならない案件に重要人物を巻き込み、他派閥の弱体化を狙ったものだというのが彼女の推測だ。
「私としても、我が社の最新技術が流出するという損失を前に出されれば動かざるを得ない。血族である以上、私がやらねばと気負ったのが失敗だった」
「要するにアステリオ社の派閥争いに巻き込まれた、ということか」
そうなる、と頷くルーンムーラ。
「これが牽制程度の軽いものであったのが不幸中の幸いだ」
「小競り合いでこれなのか」
現在アステリオ社は安定しているので大きな動きをする理由はないらしく、今回の一件は言わば「点数稼ぎ」程度に考えてのものだろうとルーンムーラは語る。
ちなみに彼女が碌な確認もなくこちらに乗り込んでくることになったのは、アトラスの目的地が原因である。
「航路予定を見せられて思わず立ち上がったくらいだ。マーマレアと隣接しているサージス星系だからな。テルミドン辺りであったならまだしも、海賊多発地域を抜けてマーマレアの玄関口に行こうというのだ、勘繰りもする」
ここまで説明されたことで、俺も「あー」とルーンムーラの懸念に理解を示す。
他国への技術流出は何が何でも避けなくてはならないとする彼女の言い分はもっともだ。
「一応言っておくが、そっちのメイドとの契約の関係で俺はこいつを手放せない。加えてナールダル伯爵の面子にも問題が発生するので、仮に向こうと話が付いたとしても俺はこの船を売る気はないぞ?」
「ああ、状況は把握した。しかし、だ。アステリオ社としても、アトラスに使われている装甲はどうにかしておきたいというのも理解してほしい」
言わんとしていることはまあ、わかる。
理解もできるが、だからといって戦力の低下は受け入れ難い。
このままでは技術の流出の恐れがあるという不安の種を取り除きたいアステリオ社からすれば、ついでに粒子砲の現物も手に入るとあって、アトラスの買い取りという解決手段は最良であったはずだ。
「ということで、だ。このような提案は如何かな?」
ルーンムーラの提案は至ってシンプル。
「アトラスの装甲の張替え、か」
ランクこそクラス4の量産型となるが性能自体は決して悪くない。
帝国軍が正式採用している装甲で、防御性能こそ落ちるものの軽量化されることで得られるメリットは一考の余地がある。
「勿論改修費用は全てこちらで受け持つ。また重要部分の装甲についてはこちらのプランを参照してくれ」
そう言って胸の谷間からスティック型の携帯端末を取り出し、ホロディスプレイに映し出された資料を読む。
「積層型……ああ、要するに新素材の部分を完全に隠してしまうわけか」
如何にも、と頷くルーンムーラ。
ジェネレーターへのダメージだけは全力で避けたいのが船乗りの性だ。
そこのところをよく理解しているらしく、抜かれた場合の被害が甚大となる部分だけは、こちらの都合を尊重するとの姿勢を示す。
「ついでにメンテナンス費用も持ってくれるのか……」
こちらは改修の際についでにやる分だけだが、それでも今の俺の資金から見ても決して安くない金額となる。
それが実質ダウングレードの料金と考えれば少々物足りないが、帝国でも有数の大企業との繋がりを持てることを鑑みれば、十分な利益に繋がると判断する。
現状の兵装がオーバースペックであったことは言うまでもなく、海賊程度では装甲を取り換え、防御能力が低下したところで変化はない。
むしろ軽量化による速度上昇のメリットの方が大きいとさえ言える。
「うん。こちらにとっても十分に有益な話だ」
俺はそう言ってこの提案に前向きであることを伝える。
ただ問題がないわけではない。
「しかしそうなるとシールドはどうなる? これもそっちの製品だろ?」
「現行のクラス5には革新的な技術は何一つ使われていない。確かに出力、効率共に向上はしたが、クラス4との差は微々たるものだ。あれは最新であったものに過ぎない。数周期以内にこのアトラスに使われているシールドはクラス4に分類されることになると断言しておこう」
自信たっぷりにニヤリと笑うルーンムーラ。
その笑みを見た俺は彼女がアステリオ社の御令嬢である前に、そしてドリルである前に、商売人であることを理解した。
そして止めとばかりにナールダル伯爵との面倒な交渉事も、そちらでやっておいてくれるとのことである。
有難い話だが、これに関してはアステリオ社としても向こうに言いたいことがあるからだろう。
次に会った時に伯爵から文句の一つでも言われることを覚悟する必要はあるが、面子を潰すようなことにはならないだろうし大丈夫なはずだ。
なので俺はこの提案を受けるべく、最後の確認としてアイリスを見る。
するとそこにはそれはそれは不機嫌そうな顔でじっとこちらを見るメイドの姿があった。
「……あれは?」
俺と一緒にアイリスを見るルーンムーラが初めて見るアルマ・ディーエの姿に警戒を露わにする。
「恐らく俺が思った通りに動かなかったことで不機嫌になっている。気にしないでいい」
憶測になるが、アイリスはここで俺が余計な条件を付けたりして最悪を引き当てる等の予想をしていたのだろう。
困惑を隠せないでいるルーンムーラだが、俺がこの提案を快諾したことで平静を取り戻す。
正式に契約という形で承諾し、握手を交わしたところで今後について話す。
するとアトラスの進路はこのままで、こちらの依頼を優先してくれて構わないとのことだ。
アステリオ社としても、悩みの種であった問題が解決したとなれば、ルーンムーラが拘束される時間を支払うに値すると判断。
迎えを呼ぶが、最悪荷物を下ろす際に自分も降りるとこちらの航海の妨げになる気はないことを明確にした。
「金でなんでも解決できる」と言い切った時はあいつの同種かと思ったが、言い方を変えれば損得で動くどこかのワンコと同じ理屈だ。
気づいた時には高圧的な態度も消えていたし、アレのような理不尽さは目につかない。
そう思えたことに自分の成長を感じていると、ルーンムーラが更なる提案を口にする。
「折角だ。もう一つ提案をしておこう」
「他にも儲け話があるのだろうか?」と彼女の傾向を掴んだ気になっていた俺は黙ってルーンムーラに続きを促す。
「確かソーヤだったな? 私の愛人になる気はないか?」
それは意外な提案だったが、考えてみれば俺はアトラスを所有している個人事業主であり、アルマ・ディーエの奉仕対象。
何かしらの繋がりを作っておこうという魂胆か、と考えたところでもう一度彼女の言葉を頭の中で繰り返す。
「……え? 俺が?」
TIPS
クラウンの入手法
・クオリアからの依頼を受ける。
難易度が高く、受けようと思っても簡単に受けられるものではない。
・クレジットと購入する
相場は変動するのでかなり高額。レートは凡そ1Cに8000~15000Crとされていたが、近年の情勢変化に伴い高騰が続き、本編でも16000Crを越えてなお上昇し続けている。
・遺跡からの発掘
旧文明の残した構造物からクラウンが残されたカード、またはデータを発見する。基本落とし物扱いとなるので、これをクオリアに申請すると2周期くらいした後で所有権を変更してもらえる。黙って使おうとすると犯罪者扱いされるので注意。




