58:望まぬ厄介事の予感
何かあれば面倒だが、何もなければそれはそれで暇である。
すべきことは多々あれど、毎日毎日同じことばかりしていては効率も低下するというものだ。
そのようなことを口に出したところ5日程日付が飛んでいた。
どうやら軽傷で済んだと思うようになった辺り、俺の肉体と意識は徐々にこの環境に適応し始めているのかもしれない。
さて、そんなこんなで訓練をサボる口実を得られる海賊多発宙域ことネージアン星系へと到着。
どうにもこのところ戦闘訓練の成果が実感できず、少々スランプ気味となっている。
何かしらの気分転換が必要であると考えていた俺には、この宙域の程よい緊張感が丁度良い刺激となってくれるだろうと期待していた。
「そう思っていたんだがなぁ……」
ネージアン星系に到達してから早7日が経過したわけだが、一向に海賊が姿を現す気配がない。
こちらの存在には気が付いているはずなので、偶々向こうの動きが悪いだけなのかもしれないが、予想よりも随分と遅れている。
監視用のブイが設置されていたのは確認できている。
にもかかわらず未だセンサーには何の反応もない。
「もしかして反対側の宙域に出張っているとか?」
「いいえ。スノルキン星系に存在している船は一切動いておりません」
「んん? こちらを認識できていないのか?」
この答えも「いいえ」であり、その理由はなんとも意外なものだった。
「この宙域の海賊はこちらの情報を掴んでおり『危険な相手』と認識しているようです」
「ええ……海賊情報網どうなってんの?」
どうやら武装輸送商会は海賊たちにとって既に獲物ではなくなっていたらしい。
しかもその情報の出所が流通ギルドだったので俺としては頭を抱える外ない。
傭兵ギルドからも情報を流している内通者がおり、海賊側が持っている情報を確認したところ、ジャンク船としか書かれていないはずの俺の船が「軍用艦ベース。推定クラス4」となっていた。
これが現在の武装輸送商会の周囲の認識らしいが、その情報が海賊に流れているとは予想外である。
「バレア帝国とル・ゴウ・セスの小競り合いが激化している関係で海賊への対処がおざなりになりつつある現状に業者が武装を始めました。なので海賊も狙う獲物の情報を事前に入手しておかなければ手痛い反撃を食らうことになります」
「ああ、そういう因果関係ね」
しっかりしろ帝国、と言いたくなるが、俺が言ったところでどうにもならない。
となると海賊はもう来ないものと思ってよいのだろうか?
しかしそういうわけにもいかないようだ。
「どうも海賊の中でこちらを襲撃するか否かで揉めている様子です」
アイリスの捕捉に俺は「ほう」と感心したような声を出す。
目的は積荷ではなくこのアトラスの拿捕。
「なるほど。輸送船自体が本格的に武装し始めたことで、海賊側も武装をアップデートしよう、というわけか」
そうなります、と頷くアイリス。
当然のことながらこの件は鼬ごっことはならない。
なにせ正規ルートでクラス2までの兵装を購入できる業者や企業と違い、海賊は非正規のルートでしか入手手段はない。
しかもその大半がクラス1であり、クラス2の購入ともなれば、それまでの儲けの大半を費やすことは確実。
運よく船ごと拿捕できたとしても、輸送艦は所詮輸送艦。
兵装を付け替える工廠を海賊が保持できるかと言えば……あまり現実的とは言えない。
ある程度の知識と技術があれば、作業ロボやドローンを使って武装を取り付けることはできるだろうが、正常に機能するかどうかは別問題。
効率の低下は免れないとなれば、クラス2でもその下位の性能と変わらない、などということもあり得るだろう。
「こう考えると海賊業界はお先真っ暗な気がしてくるな」
「そうでもありません。あちら側に物資を流すことで得をする人物がいた場合は状況が変わります」
「あー、他国からの介入かー」
今のところそのような傾向が見受けられないので、帝国の防諜能力は中々高いのではないだろうか?
「ちなみに仮想敵国であるル・ゴウが軍事力頼みの脳筋集団であることからそのような事態が起こっていないと推測されております」
「……そうか」
またしても予想が外れたが、最近気のせいか脳筋という単語に縁がある。
自分の体に筋肉が付くことを悪いことだとは思わないが、何事もほどほどが肝心である。
特に最後の部分を強く意識してアイリスを見る。
「何を言っているのかわかりませんね」
「いや、絶対わかってるだろ、お前」
思考を読まれることに慣れてしまった俺の悲しいやり取りはさておき、海賊側がこちらを襲撃するか決めかねている状況であるならば、ブリッジにて待機する意味も薄い。
アトラスがネージアン星系を抜けるまでは後10日。
海賊がこちらに追いつくまでの時間を簡単に計算して、猶予は恐らく残り1日あるかないかと言ったところ。
その1日があっという間に過ぎ去り、結局この宙域での襲撃はなかった。
たまには砲撃戦の空気を味わいたい俺は「ヘタレどもが」と悪態を吐きつつ、アイリスに連れられトレーニングルームでノックアウトされていた。
何事もなく順調に航路を予定通りに進み続け、このまま目的地に辿り着くのだろうと思っていた。
異変が発生したのはカルホーズ星系に入ってから3日後。
本日の訓練と授業を終了し、艦長の仕事をしていた時に起こった。
「これは……」
思わず呟いたモニターに映った反応。
即座に端末を操作して展開されたホロディスプレイからこの信号を呼び出す。
「救難信号ぉ?」
ピカピカと点滅する立体映像に映し出された座標を嫌そうに俺は見る。
こんな安全な宙域で発信される救難信号とは何ぞや?
「モテモテですね。御主人様」
「やっぱりハニートラップか?」
頷くアイリスが「恐らくは」と俺の推測を肯定しつつ捕捉と感想を述べる。
「こんな何もない宙域であからさまな救難信号。むしろ疑ってくれと言わんばかりのシチュエーションでは逆に興味が湧きます」
アイリスの冷静な分析に思わず俺も「確かに」と頷いてしまう。
何せ船から救難信号が出ているのではなく、救命ポッドから発信されているのだ。
何をどうしたらこんな場所で救命ポッドが漂っているのか、と疑いを向ける前に何が起こればそうなるのかが知りたくなる。
「んー、船員が反乱を起こして追放されとか……船にトラブルが発生した?」
「これの素晴らしいところは帝国標準の中型救命ポッドに一人で入っているという点に尽きます。こちらの進路上に発射されていることは間違いないので中の人間はこのアトラスか御主人様のどちらかが目的と見て間違いないでしょう」
「中身が女で『あなたは助けてくれた恩人』とか言って抱きついてくると予想してみよう」
いつもなら鼻で笑ってくるアイリスが少し考える素振りを見せる。
「ありそうで困るところを突きますね。ならば私は男で『君を待っていた。極秘の依頼がある』に一票」
「待て、中身男なのか?」
思わず聞いてしまったが、どうやら情報がなさすぎて救命ポッドの中身の詳細はないらしい。
あれを射出したと思われる船の情報から一人であることまでは断定できるが、それ以上は残念ながらわからないとのこと。
珍しいこともあるものだな、と感想を漏らしたところ、面白い話を聞くことができた。
「現在クオリアではとあるプロジェクトが進行中です。なので外に出ている者たちの機能が一部制限されております」
基本的には今までと同様ではあるが、今回のように詳細な情報を得ようとする際にこれまでと同じようにはならないことを注意するように言われた。
「ちなみにそのプロジェクトというのは?」
「奉仕対象が欲しくてうるさい連中を黙らせるものと思っていただいて結構です」
追及すると藪蛇となることを察した俺はそれ以上は何も言わなかった。
さて、この宇宙で船を所有している以上、救難信号を無視するわけにはいかない。
面倒事の臭いがプンプンするが、救命ポッドの中身は何だろうか?




