56:騒がしい連中
続け様に船団から寄越される通信に俺は露骨なほど面倒臭そうな顔をする。
しかし通信に応答しないという選択肢はない。
こちらは不審船でもなんでもなく、こそこそする理由など何処にもないのだ。
要するに面倒でも対応しなくてはならない。
俺は諦めて通信回線を開くと、真っ先に映し出された映像と音声に首を傾げる。
「ノス、カメラを勝手に弄るな!」
「ボス、これはうちらの最大戦力を前面に押し出す作戦。ドンと構えて」
女二人が話す内容から察するに、目の前に移った赤い布が最大戦力とやららしいのだが……距離が近すぎてそれが何なのかさっぱりわからない。
茶番に付き合う気はないので、俺は少しばかり苛立ったような声を放つ。
「用件がないなら通信を切るぞ?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」とモニターに映る映像が遠のく。
それでようやく先ほどの会話の意味を理解した。
同時にこいつらの目的も理解できた。
「こちらは『フライングキャット』のフォーネイだ。最近噂になってる武装輸送商会に挨拶でもと思ってね。よろしく後輩」
そう言ってドンと構えている女を一言で言うならデカイ。
恐らくだが俺より身長が高いのではないだろうか?
そして赤い。
褐色の肌にやや癖のある長く赤い髪、赤のチューブトップと赤い上着を腰に巻いてたへそ出しスタイル。
鍛えられた肉体美を誇示するかのような露出の高い服装が目を引くが、それ以上に先ほどこれでもかとアップになっていたのが、この自己主張が激しすぎる胸部である。
「武装輸送商会のソーヤだ。で、色仕掛けで何をするつもりだった?」
「ああ、後ろの馬鹿が『船デケェ!』ってテンションがおかしくなってるだけだから気にしないでくれ」
フォーネイが親指で後ろの騒がしいちびっこを指差し、先ほどの通信内容を軽く流そうとする。
「こっちとしては頭角を現しそうな新人と面識を持っておこうと――」
「オッス、アタシは『アッカフ』ってんだ! ヨロシクな!」
先ほどの声とは違うのでどうやら向こうの船には少なくとも3人はいるようだ。
割り込むように映った緑色の髪を持つちびっ子が元気よく挨拶。
「見ての通りちっこいけどでっかいものが大好きだ! ボスのおっぱいとかな! スゲェぞ! 118セン、ごぼぉ!」
「割り込むな、黙ってろ。あと余計な情報をサラッと流すな」
口の中にボールらしきものを詰め込まれ、顔面を掴まれ持ち上げられるアッカフがジタバタと暴れている。
放り投げられたアッカフの軌道から、どうやらモニターの向こうは重力区画だと思われる。
(となるとブリッジと通信室が別か……珍しいタイプだが、メリットは何だ? 恐らく何か特殊なものを積んでいるか、それとも通信室そのものに何か仕掛けがある、か?)
ただの中型輸送船ではないと見抜いた俺の観察力を自賛しつつ、本題に入れとフォーネイを急かす。
「うちの馬鹿の所為ですまないね。取り敢えず有望株と面識を持っておこうと思ったことと、ちょっとした情報交換をしようと思ってね」
業界じゃよくある話さ、と会話を続けようとするフォーネイ。
しかしながら俺の持っている情報はアイリスからのものがほとんど。
つまり、流す気が一切ない。
「特に交換に出すような情報はないな」
「はっは、新人に出せる情報なんてノイズみたいなもんだから期待なんてしちゃいない。だから今回は先輩として無償での情報提供だ」
このセリフに俺は「ほう」と感心したような声を出すが、正直言って不要である。
機械知性体であるアイリス以上に正確な情報など早々手に入るはずもなく、ましてやそんな貴重なものをホイホイと無料で差し出すわけもない。
よって、この提案を受け入れれば「情報提供を受けた」という借りとなる。
故に俺が言うべきことは決まっている。
「悪いが、タダより高い物はないって言葉もある。気持ちだけで十分だ」
俺の言葉に意外そうな顔をするフォーネイ。
「それに、だ。いずれ業績が逆転するんだから貸し借りは不要だろう」
「言うじゃないか! いいね、活きの良い新人は嫌いじゃないよ。それじゃあ――」
話の途中に突如「オラァッ!」という掛け声と共にフォーネイのチューブトップが下ろされる。
ばるんと揺れるその質量は正に圧巻。
「今ならこのおっぱいが揉み放題! どうだい兄さん、うちでぶぅふうん!」
フォーネイの拳がアッカフの腹に突き刺さる。
吹っ飛びちびっ子に揺れる乳。
何事もなかったかのように服装を正したフォーネイが「見なかったことにしてくれ」と冷静に対処する。
多分日常茶飯事なんだろうな、と厄介なクルーを抱える彼女に僅かばかりの同情の視線を送った。
「まあ、なんだ。情報が不要というならこの辺にしておこう」
彼女の意見に「そうだな」とこの微妙な空気からさっさとおさらばしたいのもあって同意する。
しかし同業とあってはまた何処かで会うことになる可能性は高い。
ならば、と次はまともな話となるように釘を刺しておいてやる。
「ああ、そうだ。『魅力的なのは理解するが、魂胆が見え見えすぎて萎える』とダメ出ししておいてくれ」
こちらの意図を察したフォーネイは含みのある笑みを浮かべて頷くと通信が終了する。
速度を上げた中型輸送船が徐々に遠ざかっていく。
赤いシルクハットを被った猫が描かれている輸送船を見送り、俺は艦長席にもたれて息を一つ吐いた。
「……騒がしい連中だったな」
正直な感想を漏らしたところで、モニターに映らないよう距離を取っていたアイリスが近づく。
「御主人様。あの一団との付き合いは控えるべきかと」
「言われなくてもそのつもりだ」
俺はそう返事をしたのだが、どうやらアイリスの様子から何か別の理由があるように思えた。
なので単刀直入に聞いてみたところ、思わぬ理由がそこにはあった。
「あの中にまず間違いなくサイオニック能力所持者がいます。しかも天然ものですね」
「天然もの……なんか違いとかあるのか?」
アイリスの説明によると、基本的にサイオニック能力は訓練を経て獲得するものらしく、生まれつき持つケースはかなり珍しいとのこと。
またそのような天然のサイオニック能力の中には規格外の力を持つ者が稀におり、これがイス・テニオン神聖帝国の誇る聖騎士の正体なのだと言う。
ちなみにイス・テニオン神聖帝国はクリンズと呼ばれる体毛がほとんどなく、肌の青いヒューマンに近い人類が興した文明であり、サイオニックと呼ばれる科学では解明し切れていない超能力を扱う国家である。
それ故にサイオン教会と密接な関係があり、サイオニック技術を忌避する機械知性体との相性がすこぶる悪く、うちのアイリスが警告を発するくらいには、今回の出会いを警戒している。
アイリスの予想ではあのアッカフと名乗った少女が恐らくそうだろうとのこと。
「恐らく年齢は見た目通りではないでしょう。もしかしたら性別も違う可能性があります」
「んん? お前だったら帝国IDで調べが付くだろう?」
この当然の疑問に返ってきた答えは「ありませんでした」の一言。
「マジか……」
「はい。彼女は間違いなく棄民です。そうでないならば情報を完全な形で抹消されて潜入している他国のスパイくらいのものでしょう」
「実は帝国で研究されていた超能力者、とかは?」
「可能性はゼロではありませんね」と俺の予想を鼻で笑いながら、その的外れ加減を示すように指を動かしていた。
どうやら予想以上に面倒な相手だったらしく、俺はアイリスの警告通りに彼女らとの付き合いは極力避ける方針に決める。
やはりこのアトラスに乗っている以上、これからも彼女たちのような連中が増えていくのだろうか?
ともあれ、この短い期間に連続して遭遇したのだから、しばらくの間はないだろうとハイパーレーンを抜けた先で待っていたのは、まるで生き物のようにウネウネと動く軟体動物のような船。
この銀河において、こんな特徴的な船を使う文明など一つしかない。
その船から発信されたと思われる通信が入って来ると「またかよ」という俺の声がブリッジに響いた。
(´・ω・`)今年の投稿はこれで終わり。皆様、よいお年を。再開は3日前後を予定しておりますので、温かくして新年を迎えた後、怪我や病気もせず健康にしてお待ちください。




