55:一期一会は求めていない
随分と長かった気がするが、ようやく当初の予定通りの行動に移ることができるようになった。
リカー星系のプライムコロニーにて、流通ギルドで依頼を受けてマーマレア連邦方面に荷物運ぶついでに交易品を買い込む。
今回はレアメタル等の鉱物を中心に、特産品やニルバー星系から流れてきた軍用品が主な稼ぎとなる予定だ。
どの商品が最も利益を得られるかはアイリスの情報頼みとなるが、儲かるなら手段を選んでいられる余裕など俺にはない。
現在の運用資金はなんだかんだで1億Crに到達したが、返済すべき金額は12億Crから動いていない。
おまけにアイリスに強引にぶち込まれたクオリア製の商品のお陰で3万Cほどの未払金まである。
これらを完済するには普通の稼ぎではダメなのだ。
そんなわけで依頼を吟味し、可能な限り利益の大きな仕事と商品を積み込みアトラスはステーションを発つ。
なお、俺が選んだ交易品は8割がたアイリスからダメ出しを受け、購入するものは兵器類中心となり、お陰で貨物スペースには所狭しと軍用品が詰め込まれている。
総重量を考えたくない光景を思い出しつつ、備え付けの端末を見る。
「あれだけ厳選しても予想される儲けは80万Crか……」
決して少なくない金額であることはわかっている。
単に俺が必要としている額が大きすぎて霞んでみているだけだ。
そもそも一度でこれだけ稼げるというのであれば十分すぎる。
そのはずなのに不満が漏れるのは前回の儲けが大きすぎたからか?
それとも一度でもあれ程の大金を手にしたことがある所為か?
現実的な返済プランには違いないが、何か一気に稼ぐことはできないものかと考えてしまう。
傭兵であった頃に比べれば安全には違いなく、また不安定であった稼ぎも幾分安定していると言ってよい。
(やっぱり何十周期かかるかわからん、ってのが大きいのかね?)
利子がないのが救いである。
仮にあったとすれば、俺は早々に返済を諦めていただろう。
ブリッジから見える星の海を眺めていると、こちらを追い抜く船団の姿を確認する。
わかっていたことだが、貨物室が荷物で埋まっていると足が遅い。
「この足の遅さはどうにかならんのか……」
「粒子砲を切り捨てれば大幅に改善致します」
俺の呟きに隣にいるアイリスが律儀に返事をしてくれる。
「あー、やっぱそれが原因かー」
アトラスは快速船であるタイタン級を改修した戦艦である。
本来ならば速度の遅さを悩むようなものではないのだが、二門の巨大な粒子砲とそれを守るための防御能力を手にするために足回りが犠牲になった、という寸法である。
当然この強力な兵器である粒子砲を外す選択肢はない。
宇宙には脅威が溢れている。
その対処を疎かにすることなどできようはずがない。
「スラスターを増やすとかそういった改修は?」
「許可が出るとは思えませんね」
「だよなぁ」
アトラスはクラス5の軍用艦。
本来なら民間人の俺が所持すること自体あり得ない話であり、それを改造するなど何処の誰が許可するというのか?
「ちなみに見積もりはこうなります」
そう言ってアイリスがホロディスプレイに詳細を表示。
桁を確認しただけで見る気が失せた。
取り敢えず今回は大量の荷を積んでいるので安全な運航を求められる。
何事もないことを祈りながらヨブ星系行きのハイパーレーンへと真っ直ぐに進む。
ブリッジから見える船を眺めていると、こちらを追い抜き中の船団から通信が入った。
「んー、同業からの挨拶か?」
船を観察していたところ、船種は小型と中型の輸送艦を合わせて16に護衛艦が4隻。
そこに軍用の駆逐艦が6隻と中々の大所帯である。
船体に描かれたシンボルから彼らが「ボンブドゥール」という名の輸送会社であることが判明。
やはり同業だったか、と必要最低限の付き合いはあった方が便利だろうと回線を開く。
映ったのは俺が嫌いな銭ゲバワンコ。
アランガムル評議国のワーネスという種族の犬型人類種だ。
「こちらはボンブドゥール。初めましてルーキー、俺はこの船団を任されている『ドゥーイー』って者だ」
「ご挨拶どうも。俺は武装輸送商会のソーヤだ」
それだけ言って挨拶は終了。
何もないなら通信を切るつもりだったが、ドゥーイーと名乗ったワーネスは話し足りないのか矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。
「随分とでかい船だな。どうやって手に入れた? 武装も見たことのないものが多い。船の出力は? 速度は? 貨物容量はどんなもんだ?」
「興味本位で通信してきているなら切るぞ?」
「ああ、待て待て待て! 本題を話す。でももっと会話を必要とした方がいい。情報交換は俺たちの間じゃ常識だ」
「悪いが、傭兵時代にアランガムルの仕事で一杯食わされた経験があってな」
それを聞いたドゥーイーが「ああー」と毛むくじゃらの手を額に当てる。
「うちの連中はがめつくてなー。まあ、いい勉強になったとでも思っておいてくれ」
「それ、そっちのセリフじゃないと思うんだがな」
俺の言葉に笑うドゥーイー。
さっさと本題に入れ、と急かしたところでドゥーイーが咳払いを一つ。
「んじゃ本題だ。ソーヤ、うちに入る気はないか?」
「ない」
あまりにも早い拒否の言葉に、ドゥーイーは自分の耳を疑っているのか首を傾げている。
「うちに入れ。十分な――」
「断る」
話を遮りまたしても拒否。
「ええー……うち結構でかいぞ?」
「メリットがねぇんだよ、メリットが」
ぶっちゃけた話、こっちにはアイリスがいるので徒党を組む旨味が全くと言っていいほどない。
それがわかっていない……というより知らないドゥーイーはこの船欲しさに俺を勧誘。
そう簡単には引き下がらないか、と思い始めた俺が、色々と条件を付け始めたところで割って入る。
「わかった」
「お、話を聞く気になってくれたか?」
「ああ、話を聞いてやってもいいんだが……その前に解決しなけりゃならない問題がある」
俺が真面目な雰囲気を出したことで顎の下に手をやったドゥーイーが「続けろ」と聞く体勢に入った。
「実は結構な負債を抱えている」と切り出す俺に「ほう」と弱みを見つけたとばかりに目が鋭くなるモニター越しのドゥーイー。
「なるほど、幾らだ?」
「12億Crだ」
笑顔の俺と表情が消えたドゥーイー。
「ちょっとした事情で3万Cの借金も抱えてしまってな。色々あって船を売ることもできないんだ」
どうにかしてくれるんだよな、と笑う俺と目を逸らした犬。
人種が違うのでその首の回り方が少し笑える。
「……どうやら我々は縁がなかったようだな」
「そうなのか?」とわざとらしく首を傾げた俺に有無を言わさず通信を切ったドゥーイー。
これだから銭ゲバワンコは嫌なんだ。
「嫌いだからとこちらの情報を与えてまで急ぐことはありませんでした」
そう言ってこちらを見る目が厳しくなったメイドの人差し指が激しく前後に動いている。
俺には見えないがポイントを加算しているのだろう。
その姿に軽く溜息を吐いた俺は、頬杖をついてこちらから離れる船団を見送った。
それから航海は順調に進み、気づけばハイパーレーンまで残すところ10時間となる。
ここで後ろからじわじわと距離を詰めてきていた船団に追いつかれた。
数は中型輸送艦が2隻に護衛として傭兵の船が2隻。
輸送船の方が兵装が充実しているように見える歪な編成――恐らく傭兵は囮として雇われた新人と言ったところか。
アトラスの横を通り過ぎる船をブリッジから眺めているとまたしても通信が入って来る。
俺はまたかと溜息を吐いた。




