53:悪い知らせと悪い知らせ
「まず最初に謝罪を……このような事態になるとは思わなかったわ」
そう言ってモニターの前のダータリアンが多分頭を下げている。
これに俺は頷いて謝罪を受け取ったことを示す。
本当にその気があるからこそ、コロニー経由でのリアルタイム通信を行っているのだ。
学はなくとも、その意図を汲めないほど俺は馬鹿ではない。
そもそもこちらがお家騒動をあのような状況へと誘導したと思われなくもないのだ。
ここは素直に向こうの言い分を呑むことで、貸しだけを作って終わらせる。
「こっちとしても予想外だ。シーラが武闘派だというのは護衛中に理解できたが、まさか乗っ取りを仕掛けて侯爵家を二分するとか予測できる方がおかしい」
できる人物がすぐ隣にいるが、ここは敢えていないことにさせてもらう。
お陰でゼノリック・イズルードルが怒り狂い、依頼を一方的に破棄することとなったと付け加え、僅かではあるがこちらの都合良い方向へと修正する。
「そう言ってもらえると助かるわ。それで肝心の補償の件についてなんだけど……」
早速本題に入るダータリアン。
やはり時間制限はあるようだ。
「流通ギルドからは何もできないわ」
最初に結論を持ってきたのは理解できるが、流石にこれは説明を求める内容だ。
「言いたいことはわかるわ。だけどね、お家騒動の決着が着かないことには、ギルドは貴方に適正な補償を行えない。だから今できるのは精々私個人からのもので、しばらくはそれで我慢してもらうしかないの」
だとしてもそれはないだろう、と口から出かかった言葉を留め、思い当たることがあった俺はそちらから切り込んでみる。
「シーラが簒奪したと言われている件か?」
俺の言葉にダータリアンが頷く。
シーラからの通信があった後、気になって調べてみればハインリックは「兄ゼノリックがその地位を娘によって奪われた」的な陰謀があったという情報をあちこちに流していた。
これは「正規の手続きを踏んでの継承ではない」との主張であり、これによってハインリックはシーラの侯爵家乗っ取りに待ったをかけた。
前当主ゼノリックが突如身を隠したことも含めて追及するハインリックの攻勢を前に、シーラは自らの正当性を示そうとするも、その前にあの映像を出されたことで頓挫。
流石に「父親だと思っていない」の発言は影響が大きく、ハインリックに情勢が傾いた――かと思いきや、ここでゼノリック(調教済み)が姿を現し、自らの後継をシーラと公表したことで事態がまた一変。
ハインリックは違法な手段によってゼノリックは操られている等の主張を行い、シーラとの全面戦争待ったなしの状況へとなったわけである。
ここで重要なのが違法性のあるなしだ。
現状泥沼化する様相を呈してきたこのお家騒動。
そんな中、法的に問題のあるような事柄が明るみに出ようものなら、その上から圧力が加わることも危惧しなくてはならない。
つまり、皇帝陛下の介入だ。
帝国史を見れば皇室と貴族の間にある忠誠の文字はひび割れており、その力関係は時に大きく崩れることもあってか、決して良好な関係を築いているとは言い難い。
皇室がこれ幸いとばかりに力を削ぎに来ることは明らかであり、そうならないために動く必要あるハインリックと、恐らくそんなことはどうでもいいシーラとの認識のズレがどのような結果を齎すかは予想するのも難しい。
要するに、イズルードルが侯爵でなくなってしまえば流通ギルドが請求できるはずの現実的な額面が目減りすることは確実であり、最悪のケースとして別の家となってしまった場合、請求先がなくなってしまう可能性もある。
よって、この問題が終わるまでは俺に対する補償をギルドが決めかねてしまうというのも理解はできるのだ。
納得など到底できるものではないのは向こうもわかっている。
言ってしまえばこの通信はその辺のすり合わせを行う意思があるかどうかの確認だ。
既に快く謝罪を受け入れた時点で、俺がそれに応じる構えであることはダータリアンもわかっているだろう。
「ここまでこじれたら、ギルドとしても予想がつかないのは仕方がない。こちらとしては大事にするつもりはないし、無茶な要求もする気はない」
「それが聞けて安心したわ」
ホッと息を吐いたのか、モニターに映る肉塊がぷるりと揺れる。
「詳細はリカー星系に到着してからで構わない。こっちとしてもこれ以上巻き込まれるのは御免なんでな、一刻も早く遠ざかりたい」
お察しするわ、とダータリアンが同情を寄せてくれる。
恐らく俺がシーラを運んだことでこのような事態になっていると勘違いしており、仔細を知らないダータリアンはハインリックからの報復を恐れていると思っているのだろう。
通信を終了し、俺は艦長席に体を預ける。
「なあ、結局どっちが勝つんだ?」
「どちらにもまだ十分な勝機がございます。なので確たることはまだ言えません。現状優勢なのは前当主を確保しているシーラです。問題は彼女の行動原理から致命的なミスを犯す可能性があることです」
だろうね、とあの脳筋を思い浮かべて後半部分に大いに同意する。
個人的には盛大にやらかしてこの世から去るなり幽閉されるなりしてもらいたいものである。
それから何事もなくハイパーレーンに到達し、レゼックス星系へと移動。
前回はここで戦闘となったわけだが、今回はそのようなことにはならない――と思いきやヤイン星系方面のハイパーレーン付近に船影を多数確認しているとアイリスが報告。
一瞬身構えてしまったが、考えてみれば戦闘のあった宙域である。
回収業者がお仕事中なのだろうと放置することにした。
その後、近くを通ることになるので業者と軽く通信してヤイン星系を出る。
ここまで来ればもう襲撃はないはずだ。
マンマール星系では通りすぎる船団をブリッジから眺めつつ、訓練やカタログとにらめっこを繰り返しながら過ごした。
そしてようやくリカー星系へと戻ってきた。
「長かった」と安直な感想を呟き、こちらが到着した旨を流通ギルドに向けて発信。
後は待つだけとブリッジで席に座ってまったりとする。
アクション映画を鑑賞しつつ、何か取り入れるような要素はあるだろうかとチェックもする。
「創作物なので無駄な行いかと」
「いやいや、可能性はゼロじゃない。もしかしたら何かに使えるものがあるかもしれない」
そんなやり取りをしていると、思い外早く通信が入った。
手元のパネルを操作して回線を開くとモニターに映し出されたのは予想通りの人物。
「久しぶりだな、ダータリアン。もしかして痩せた?」
「気楽なものねぇ」とたっぷりとした顎の肉を揺らしながらダータリアンが苦笑する。
「悪い知らせととても悪い知らせがあるのだけれど……どちらから聞く?」
その言葉で察することができるお家騒動の続報内容に、俺は「あちゃー」と顔を手で伏せる。
取り敢えず順番に悪い知らせから聞くことにしたのだが――こちらは予想通り、泥沼化しつつあるという続報。
「そしてもっと悪い方なのだけれど……ゼノリック・イズルードルが暗殺されたわ」
「うわ、そう来たか」
間違いなくハインリックの差し金だ。
前当主を亡き者とし、その罪を動機がありすぎるシーラに被せる。
動機を証明するデータを持つが故に、決着さえ付けばどうとでもなるというハインリックの焦りが透けて見える。
これはいよいよ以て皇帝の介入が現実味を帯びてきた。
となれば俺の報酬はどうなるのか?
そこを心配する俺に追加の情報をダータリアンは開示した。
「問題は、秘密裏に指名依頼を出したゼノリックが死んだことで、今回の件をなかったことにしようとする連中が現れたのよ」




