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不運なソーヤの運送屋  作者: 橋広功
56/109

52:目標は未だ遠く

 ナーベステル星系のハイパーレーンまで残り70時間を切った頃――右手にスタンロッドを想定した訓練用武器を構えていた。

 以前の戦闘で意外と有用であることがわかったので、こうした武器を使う訓練も行っている。

 ロッド系は内部に収納できるコンパクトなものもあるので、予備武器として手軽に持ち歩けるのも強みであり、制限があまりかからない武装ということで採用に踏み切った。

 実際に本格的に始めてみて中々に便利な武器であることが判明した。

 アイリスの解説付きということで上達の速度も早く、既に実戦を想定した訓練へと移行している。

 現在は対素手――つまり身体強化や強化外装の使用者を想定したものである。

 体の動かし方というのは連日の訓練で嫌というほど理解させられた。

 当然のことだが、素手と武器を持っている状態では必要なものが変わってくる。

 俺が徹底して指導を受けたのは「間合い」である。

 得物をスタンロッドと想定するのであれば、打撃よりも押し付けてスイッチを入れる方が効果的である場合が多い。

 そのための立ち回り、間合いの取り方をひたすら反復して体で覚え、今は反撃をどうにかして入れる段階へと進んでいる。


「武器を使う、と言っても、そう簡単には、いかないな!」


 アイリスのフェイントに対応しながらも、間合いの調節と回避、迫る拳の打ち払いなど、完全に防戦一方に追い込まれている俺。

 反撃の隙を見出せず、詰められると同時に足を差し込まれてダウン判定。


「足元の注意が疎かです」


「わかっている。フェイントに意識を持っていかれすぎた」


「理解しているならば結構です」


 ではもう一度、とアイリスは距離を取って構える。

 トレーナーメイド姿のアイリスを前に、俺は深呼吸を一つしてロッドを握り直して半身に構える。

 優位な点はリーチ。

 これを最大限に活かすために間合いは非常に重要となるが、スペックはほぼ全て相手が上という想定でやっている以上、普通のやり方ではいずれ先ほどのように詰められる。

 そこをどうにかするためのアイデアが中々閃かない。


「よし、来い!」


 再開される訓練。

 そしてまたも先ほどと同じような状態へと陥る。

 何度目かもわからぬ防戦一方の劣勢。

「また同じ結果か」と詰められると思った直前に取った咄嗟の行動――間合いを離そうとする態勢を崩しながらの後退。

 そこに加わる後のことは考えない大ぶりにも程がある全力の掬い上げるような一撃。

 それがどのように予想を覆したかまではわからない。

 カウンターと呼べるにはほど遠くとも、確かにそれはアイリスの予想を超えたらしく、回避行動へと移らせる。

 しかしロッドの先端がアイリスの肌に接触はしたものの、命中の判定とはならなかった。

 アイリスの肌を滑るロッドの先端がインナーに引っかかる。

 そして僅かな抵抗の後、大きく持ち上がったインナーに引っかかったロッドで崩れそうになっていた俺の態勢が僅かに持ち直す。

 それを認識する間もなく、持ち上げられたインナー下にある双丘に意識が向いてしまったことで迫る拳への対処が遅れ、見事なまでのクリーンヒット判定を貰ってしまい、大の字に床に転がる俺が呟く。


「あー、見えたかもしれない」


「御覧になりますか?」


 そう言って戻したインナーを捲り上げるアイリス。

「いや、そうでなく」と体を起こして否定しつつもじっくり鑑賞する。

 流石にそろそろ見慣れてきたが、それでも目が行く魅力がある。

 

「俺の目指すべきスタイルが見えたかもしれない、ということだ」


「やはりカウンター型に落ち着きそうですか」


 アイリスの言葉で予想通りだったことを知った俺は「そうだよ」とぶっきらぼうに返した。


「あまり早くに決めるのもどうかと思いますが?」


「あの暴力至上主義が権力まで手に入れて仕返しに来るんだぞ?」


 お家騒動がどうなるかわからない以上、可能な限り早くに形にする必要がある。

 アルマ・ディーエの力ならば全部解決できるかもしれないが、アイリスは基本的に「サポートに回る」という立ち位置にいる。

 気まぐれに何でもしてくれることはあるが、アイリスの嗜好から俺が頼らざるを得ない状況に陥った場合、ほぼ確実にサポートの範囲内でしか手助けはしないだろう。

「堕落主義」という奉仕対象を依存させ、堕落させることを好むアイリスならば、むしろそのような状況へと誘導する可能性も考えなくてはならない。


「念のために言っておきますが御主人様はシーラの『お礼』を勘違いしております」


 唐突な認識の修正に俺は思わず「え?」と聞き返す。

 そして天井を見上げて考えた。


「普通にお礼と考えて良かったのか?」


 そんなはずはないだろう、とのニュアンスを含んだセリフだったのだが……アイリスは俺の言葉にコクリと頷いた。

「あ、急ぐ必要がないのはそういうことだったのか」と納得すると同時に、あのバトルジャンキーに強敵を与えるとお礼が貰えることも理解した。


「但し頭の中が知っての通りですので結果は御主人様の予想通りです」


「変わってねぇじゃねーか!」


 トレーニングルームの床に俺の両手が叩きつけられる。


「取り敢えず反応速度くらいしか取り柄のない御主人様にはお似合いではないでしょうか?」


「地味に傷つく言い方止めてくれる?」


 ともあれ、今は先ほど感覚をものにするべく訓練の再開だ。

 そう意気込んだところでアイリスからストップがかかる。


「御主人様。残念ながら時間切れです」


 もうそんな時間なのかと思ったが、終了予定時刻にはまだ先だ。

 体力的にも余裕はあるのでどういうことかと首を傾げたところで、通常のメイド服に戻っていたアイリスに頭部を両手でがっしりと掴まれる。


「御主人様はこのところ訓練にばかり時間を割いております」


 迫るアイリスに「おう」と小さく返事をする俺。

 顔が近すぎるので端正な顔立ちがはっきりとわかる。

 作り物とわかっていてもこの造形美には感嘆する。


「ご奉仕の時間がこうも削られていては私としても強硬手段に出る外ありません」


「それっていつもの――」


 俺が言い終えるよりも早くアイリスの手が動く。

 こうして、抵抗虚しく確保された俺は食事から始まるご奉仕を味わうこととなり、気づけばベッドの上で目を覚ましていた。

 そして無言のままブリッジに向かい、艦長席に座ると昨日の記録を確認する。

 やはりと言うべきか艦長の仕事という名の艦内チェックが行われた形跡がない。

 どうせ後ろとかにいるだろう、と姿を確認することなく声に出す。


「なあ、記憶が飛ぶような奉仕は果たして奉仕と呼んでいいのだろうか?」


「『もういっそ記憶を消してくれ』との御主人様のご要望でしたが不要でしたか?」


「何やったお前!?」


 ブリッジで昨日できなかった業務をこなしながら、毎度毎度「気づけば朝」という不可思議な現象を問い詰めたところとんでもない事実が確認された。

 これには流石に負債を背負った身と言えど抗議の声を上げる。


「こちらが御主人様が選んだ戦闘スタイルに合ったスーツの一覧となります」


 そう言ってスッと差し出されるカタログデータ。

 それを受け取りホロディスプレイに表示された強化スーツを見る。

 ピックアップされたものはどれも高額ではあるが、しっかりと吟味されているようでカタログスペックに不満はない。

 思わずじっくりと見入ってしまったが、ここで流されるわけにはいかないと一歩踏み込む。

 いい加減一度くらいは攻め切らねば、このままではズルズルとご奉仕のような何かに怯え続けることになる。

 答えを聞くまでは決して退かない――そう、不退転の覚悟で俺は挑む。


「流石の私もあのような気持ちの悪い声を出されれば気絶させたくもなります」


「ところでこのスーツのことなんだが――」


 先制のジャブで即座に撤退を選択。

 時には退くことも肝心だ。


「何か言いたいことがおありのようですが?」


「ん? 今は強化スーツを選ぶから相談しているだけだが?」


 俺はホロディスプレイに表示された各種強化スーツの詳細な説明をアイリスに求める。

 懇切丁寧な説明は実にわかりやすく、購入する候補を大幅に絞ることができた。

 これで完成系に一歩近づいたと満足気に頷いていたところに、アイリスから忠告が入る。


「御主人様。カウンター型にするのは結構ですがこのスタイルは後手に回る都合上大変警戒されやすいことをご理解ください。そして今の御主人様では一度警戒されればカウンターを通すことは実力が下位の者以外には現実的ではないことも知っておいてください」


「……基礎をしっかりしろ、と?」


 頷くアイリスに俺は「まだまだかー」と少しずつついてきた自信が揺らぐのを感じた。

 帝国では正規兵の訓練に2周期かけるという。

 ならば俺が一端と言えるようになるにも、それくらいは必要とのことだ。

 先は長いな、と息を吐いたところで通信が入った。

 どうやらナーベステル星系のプライムコロニーを中継してのもののようだ。

 そんなことをしてくる人物など心当たりは一人しかいない。

 俺は通信を開くと同時に先手を取らせてもらう。


「そんなに急かしたつもりはなかったんだがな、ダータリアン」


 画面に映る大きな女性が大きく息を吐いたのが見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一体どんな事されてんだよおっかねぇ・・・
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