x4:艦長の一日
帝国の最新鋭艦アトラスは超弩級戦艦に分類される軍用艦である。
「最新鋭」というだけあって武装は全てクラス5で統一されており、その戦闘能力はバレア帝国史上最高のものであると断言できる。
そして最新であるが故に、その内部もまた充実しており、軍艦に属するだけあって訓練施設は最高峰のものが揃えられている。
これらの施設よりも良いものとなれば、軍施設にあるような大規模なものくらいだろう。
ドレッドノートとは言え、その規模の訓練施設を搭載するような余裕を船に持たせるのは無理がある。
なので軍艦で使用できる施設と考えれば、この各種トレーニングルームは帝国において最高のものであると言ってよいだろう。
実際、現在使用している射撃訓練場は俺が今まで経験したものの中では最高のものであると断言できる。
朝食を終え、軽く肩慣らし程度に静止した的を撃ち続けること10分。
十分と判断した俺は耳にかけられたイヤホンへと手を伸ばす。
「ターゲットを動目標に変更。速度レベルは3をベースにランダム。30秒後に開始」
耳にかけられたイヤホンから伸びるマイクを収納し、設定変更が完了の報告を聞くと訓練用ブラスターをリロード。
設定が訓練用なので全て判定のみで行われるが、カートリッジの交換は実際にやらなくてはリロードできないようになっている。
カートリッジの交換を終え、バイザーを下ろすとブラスターを構えてターゲットの出現を待つ。
「開始します」とイヤホンから聞こえてくると、不規則に動く大小の的が正面20m先に出現した。
ブラスターの引き金を引く――命中判定。
しかし撃破判定ではないので、もう一度命中させて小さい方の的へとターゲットを変更。
こちらは一発で撃破判定。
次々と現れる的を撃ち続け、合間合間にリロードを挟みつつ順調に撃破を重ねていく。
傭兵時代の10分ごとにカードから引き落とされていたCrを考えなくてもよいというのが素晴らしい。
そんなこんなで1セットが終了。
テーブルに置いたミネラルウォーターに口を付け、バイザーを上げてボードを手に取り成績を確認。
「命中86%で撃破が8割切ったかー……」
平均スコアを少し下回る結果にもう1セット追加を入力。
ミネラルウォーターをテーブルに置き、イヤホンから伸びたコードを口元に寄せてもう一度同じ設定でやり直す。
カートリッジを交換し、バイザーを下げると視界の中に各種情報が出現。
それらに軽く目を通してブラスターを構えた。
「……まあ、こんなもんか」
チューブから吸い上げる冷たい水を十分に味わった後、ボードに表示された成績を見て呟く。
プログラムを終了させ、訓練用のブラスターを置くとアームに回収されていくのを見送り部屋を出る。
続けて無重力化での射撃戦闘訓練――と言いたいところだが、同じ重力区画ということでトレーニングルームが隣接している。
こちらは各種トレーニング器具が揃っているので体を鍛えるには最適の環境が整っており、日々の鍛錬は全てここで行っている。
まずはこちらで体を慣らしてからだ。
トレーニングルームに入るとそこにはアイリスの姿があった。
つまりここからは近接戦闘の訓練となる。
袖なしへそ出しでスパッツといういつものトレーナーメイド姿で本日のメニューを語るアイリス。
内容はいつも通りの格闘訓練プログラムと近接戦闘用の武器を用いた模擬戦となる。
「動きが良くなってきておりますがまだまだ上達の余地はあります。またそこから発展させる技術もありますので全体の進捗としてはまだ1割にも到達しておりません」
「……そうか」
ふと現在の自分の力量がどれほどのものか率直な意見を聞いてみたところ、このような答えが返ってきた。
どうやら訓練はまだまだ続ける必要がありそうだ。
まずはいつも通りの身体強化を受けた人間を想定としたもの。
このご時世なら肉弾戦を挑むような相手は間違いなく強化済みか機械化されている。
なので、それらを想定しての訓練でなければ意味がない。
ちなみにアイリスが言うには、俺の天敵となるのが体の一部を機械化した狙撃手らしい。
「気づくことなく頭を撃ち抜かれる」と断言されるくらいには帝国の技術も進んでいるようだ。
「単に軍用のセンサーが使えず居場所を特定することができないため狙い放題なだけです。私がいれば何の問題もありません」
ふんす、と胸を張るアイリスに「その時は頼む」としか言えない俺。
実際問題、強化された人間の素手よりも武器を持った一般人に襲われる方が怖いというケースも十分ある。
結局のところ撃たれて当たり所が悪ければ終わりなのだ。
そうならないためにも、体をしっかり動かせるようにするという名目のこの訓練。
「次は無重力区間における訓練となります」
そう言われてもこちらは満身創痍。
1時間の休憩を確保して、まずはこの汗まみれの体をどうにかすべくシャワー室へと向かう。
そこで待ち受けていたアイリスに確保され、訓練を続けるための体力を全て使い切る。
スッキリしたけどぐったりしている俺は本日は訓練の終了を宣言。
食堂へと向かうと当然のようにアイリスが食事の準備を終えていた。
この食事にも慣れてきたつもりだが、まだまだその味に感動することが多い。
いつかこの食事風景が普通となり、前に戻ることができなくなるのだろうか?
僅かな不安を覚えつつも、食事を終えた俺はブリッジへと向かう。
そしてここでも待ち構えているアイリス。
「それでは本日の授業を開始します」
艦長席に着くなり授業が始まる。
だが俺は黙って従う。
まだまだ大型船の艦長としては新米もいいところなので、学ぶべきことがたくさんある。
受けられなかった基礎教育の遅れも取り戻すために勉学に励む必要もあり、中々やることの多い毎日だ。
この授業時間に現在最も多く時間を割いている。
それも仕方のないことだ、と自分の人生を振り返る。
学習の時間が終われば後は自由時間となる。
と言っても、このアトラスの艦長として最低限の仕事はしなくてはならない。
艦長席に座って各種データを大型のモニターに表示し、艦の状況や航路に問題はないかの確認を丁寧に行っていく。
乗組員が俺とアイリスしかいないのでやるべきことが本当に少ない。
それでも、俺がこの席に座る間はやらなくてはならないことだ。
空腹を感じた頃合で食堂へ向かい、食事を終えたらブリッジへと戻る。
後は就寝時間まで映画などで時間を潰しつつこの船を見守る。
これが、今の俺の日常だ。




