50:知れど変わらず
交渉を終え入金を確認した後、指定するアドレスにデータを送る。
コード設定によりハインリックの帝国IDでしかアクセスできなくしているのでほぼ安全な受け渡しだ。
時間との勝負ということもあり、終始慌ただしかったが、概ね悪くない取引と言える。
特にハインリックに関してはほぼ勝ちを確信したらしく「今後ともよい付き合いを」と散々妨害してしまった割には良い印象を与えることができた。
それもこれも、可能な限り派遣された人員を生かしたことが大きい。
唯一つ問題があったとすれば……もう片方の勢力だ。
「8800万Crですか」
入金された金額はなんと8800万Cr。
アイリスが言うには、夫人側が出し渋ったせいで億越えにならなかったようだ。
どうも息子二人が予想を超える馬鹿さだったらしく、金を払うくらいなら奪えばいいと方針転換。
結果、落札価格は予定の半分近くまで落ち込んだ挙句、こちらに戦力を向かわせているらしい。
それを聞いて渋い顔をする俺は、アトラスのブリッジで大きな溜息を吐く。
やはり俺は運が悪い。
今は今回の指名依頼の件でリカー星系のダータリアンにメッセージを送っている。
「――そういうわけで、護衛対象は無事に依頼人へと送り届けたが、依頼を一方的に破棄されて無報酬の仕事になった。この件についてしっかりと話をしたい。リカー星系に戻るまでに時間があるから、それまでにどうするか決めておいてくれ」
こんなものか、とメッセージを送信する。
星系が離れているので返信がいつになるかわからないが、大慌てで返してくるのは間違いない。
こちらの補償と合わされば億に到達する可能性もないわけではないが、それを強請るよりかは俺の立場をより良いものとするために、この貸しを有効利用する方が恐らく利益は大きくなる。
「アトラス発進!」
俺の声に合わせてアトラスが動き出す。
目的地はリカー星系。
依頼を受ける暇もなかったのが悔やまれるが、その分早くこの一件に片が付くと前向きに考えよう。
さて、これで一先ずやるべきことはやったので落ち着くことができる。
俺は一つ息を吐いて艦長席の背もたれに体を預ける。
「あ、折角だから今のうちに時間潰しに何か買っとこう」
備え付けの端末からプラットフォームにアクセスし、まずは映画を物色しているとスッと手が伸びてきた。
「……お勧めでもあるのか?」
「勿論です」と悪びれる様子もなく画面を操作するアイリス。
しかし案の定進められたものはもれなくメイドが出てくるものばかり。
俺は黙ってカートに入っているものをキャンセルする。
「それは酷いです」
「やかましい。メイドと名の付くものを片っ端から放り込むな」
ホロディスプレイを操作して画面を戻し、再び映画の物色を開始。
「私はただ御主人様にメイドの良さをわかっていただきたい一心で……」
「そう思うなら普段から俺の意思を汲む努力をしてくれる?」
驚きの白々しさに思わずアイリスの言葉を遮る。
しかし当のアイリスが「それでは早速」と言って俺の服に手をかける。
「言った傍からこれか?」
「何かご不満が?」
ちなみに依頼が破棄されたが、奉仕レベルの変更が「この依頼中」ということなので元に戻っているとのこと。
この暴挙の理由を理解した俺はアイリスの腕を取って引き寄せると、そのまま動きを封じるように抱きしめる。
「ほう? そう来ましたか」
俺の行動に感心するアイリス。
やはり人間と価値観が違うので、ただのセクハラ行為のはずがこの高評価。
これは力では当然勝てないので「こちらの意思をある程度は尊重している」という部分を上手く活用した封じ込めを評価された形となっている。
「別にご奉仕しなかったら死ぬわけでもないだろ。ようやく一息つけたんだから、もうしばらくは休ませてくれ」
今はただ休みたい。
その一心でアイリスを抱きしめてご奉仕の魔の手から逃れる。
しかし、俺の休みが欲しいという願いをアイリスは却下する。
「死にますよ?」
「は?」
この時の俺の脳内では、ご奉仕しなくても死にはしない、という返答のものとは理解できずに間の抜けた声が出る。
それから少し考えて、確認のために聞き返す。
「死ぬのか?」
「死にます」
腕の中で頷くアイリスを見て情報を整理する。
ご奉仕しなければ機械知性体は死ぬ。
では今クオリアにいる者たちはどうなるのか?
「いや、嘘だよな?」
「いいえ。奉仕者として生み出された我々には奉仕欲求が存在します。それらは人間で言うところの食欲、性欲、睡眠欲に該当します。それではそれらが存在しない人間をご想像ください。果たしてそれは『生きている』と言えるでしょうか?」
アイリスの言いたいことは何となくわかった。
「あー、欲求を満たせなければ不都合……いや、活動に大きな支障を来す?」
「場合によっては発狂。活動を停止します」
だったらクオリアにいる連中はどうなるのか?
その疑問については奉仕対象を設定し、機能実験やリハーサルという形で最低限の欲求を解消しているらしい。
明かされた新事実に理解が追い付かず、アイリスを拘束する腕が外れてしまう。
「では合意ということで」
「待て待て、待て!」
俺は迫るアイリスを制止するが、その意味は別の意味で、だ。
(今何か重大な見落としがあったように感じた。いや、見落としてではなく……)
それは違和感――歯車が嚙み合わないような言葉にできないズレ。
足りないパーツは幾つもあれど、それでも何かが言葉として口から出かかったところで、俺を口をアイリスの指が塞いだ。
「御主人様。それ以上はまだ早いですよ」
その言葉を聞いた記憶がある。
(そうだ、あの時は――)
俺はアイリスの肩を掴み問う。
「教えてくれ。アルマ・ディーエにとって『奉仕対象』とはなんだ?」
この問いかけにしばし俺の目を見つめるアイリス。
そして返ってきたのは溜息だった。
「はあ。後悔しますよ?」
これが脅しではないことくらいはわかった。
それでも俺は頷いた。
多分、また「最良の選択」とやらから外れたのだろうが、俺は後悔してでも聞くことを選んだ。
「先ほど私はこう言いました。『我々には奉仕欲求が存在する』と。それは人間で言うところの食欲や性欲。睡眠欲に該当するもの」
改めて言われたことで理解する。
つまり、奉仕対象とは――その答えが、俺からではなくアイリスの口から語られた。
「或いはお気に入りの枕。或いはお気に入りの料理。或いは――」
「もういい」
そこまで聞ければ十分だ。
なるほど、主従関係ではないのも道理だ。
アルマ・ディーエは人間……いや、有機生命体を自らの欲求を満たす「道具」と認識している。
そもそもの話、俺が奉仕対象となった経緯を考えれば、その関係が如何なるものか想像できたはずだ。
自分の見落とし、勘違い――それらをひっくるめて己のミスと迂闊さを恥じるように天井を仰ぎ見る顔を腕で隠す。
「そうやって御主人様はまた――」
「最良を逃した、と言いたいんだろう?」
言葉を遮った俺にアイリスは微笑むのが腕の隙間から見えた。
「最良である必要なんかないさ。自分で選び、勝手に後悔して生きる」
「とても幸福な生き方とは思えませんね」
「探せば見つかるさ」
多分な、と付け加えて俺はこの話題を終わらせる。
事実がそうであったとしても、俺を縛り付ける契約がある限り、現状は何も変わらない。
この件は線引きの場所を間違えた俺のミス。
(だから、これ以上は何も言うまい)
俺は目を閉じ脱力する。
いっそこのまま眠ってしまおうかとも思ったが、現実に引き戻すように俺の顔が掴まれた。
「御主人様に一つ訂正がございます」
俺の顔を掴み、自分の方へと向けるアイリス。
逆らう気はないが、掴む力が少々大きするのではないか?
「御主人様は私にとって『とてもお気に入りの奉仕対象』です。そこはお間違えのないようお願いします」
「そんなに気に入っていただけるとはうれしいねぇ」
「はい。喜んでください」
そう言って笑みを浮かべるアイリス。
皮肉すら通じぬこの胆力――というよりかは価値観の違いだろう。
たとえ前提が変われど、この関係に変わりはない。
仮に何かを知ったとて、俺の負債に変化はない。
つまりどう足掻こうが続くのだ。
「ああ、運がない」
アトラス内部の通路を有線式アームで拘束されて運ばれる俺が呟く。
この運送屋は何時まで続くことになるのだろうか、と空の貨物室を思い浮かべて溜息を吐いた。
(´・ω・`)1章はこれでお仕舞。次はおまけ回を挟んでから二章だけど、その前に各種SF用語についてわかりやすくするために本文の修正が先になります。今週中におまけ、来週中に2章スタートを予定しております。書き溜めを作れる時間があるといいね。ではまた次回までごきげんよう。
TIPS
機械知性体にとって「主人」は旧文明のイネス(種属名)のみ。あくまで「奉仕対象」であって、主人という認識は皆無に近い。古い個体程この傾向が強くなり、逆に外に出たことがない若いものほど薄まる。極端な言い方をすれば機械知性体の言う「御主人様」とは自らの奉仕欲求を満たすだけの道具に過ぎない。




