47:可能性の意味
傍から見てもダミテスが全力で抗っているのはわかる。
アイリスに捕まれたその腕がピクリとも動かないことから、二人の間にある力の差が歴然であることは明白であり、その理由を知る俺は完全に警戒を緩めて成り行きを見守っている。
「何、しやがった!?」
掴まれた腕だけでなく、全身を動かすことができない状態に対して問いかけるダミテス。
俺も「参考までに」と一度食らったことがあるからわかる。
アレは脱出できるようなものじゃない。
「貴方の座標を固定しました。抵抗は無意味ですので交渉の席にお着きください」
原理はいまいちよくわからなかったのだが、簡単に説明すると「対象の周囲を特殊な波長でしか干渉できない何かが包み込んでその場に固定してしまう」という技術らしい。
内側からのみ干渉ができないので、外側からはやりたい放題という反則的な拘束だ。
普通に喋っていることから頭部は固定されているだけで、呼吸はできるように調整されているようだが、俺が食らったのは視覚、聴覚、嗅覚を遮断された上に、息すらできなくなるレベルのものだったので、その危険性を嫌というほど理解している。
クオリアの技術力は意味不明レベルで高すぎる。
「条件は色々とある」と聞いているが、その条件は恐らく一定時間の接触か、対象が固定するまで動かないこと、或いはその両方だと思われる。
ともあれ、ダミテスは完全に捕獲されてしまったわけだ。
「クソが! 何をしているか知らねぇが、まずはこれを解除しろ!」
「交渉の席についていただけるのであればすぐにでも」
アイリスはそう言って掴んだままの腕を離さない。
あの時は「触れられている」という感触はなかったが、もしかしたら接触し続ける必要もあるのかもしれない。
目の前の状況を冷静に分析しつつ、無事依頼人が到着したとの連絡が俺の携帯端末に入ったことで俺はホッと胸を撫で下ろす。
これで依頼完了。
後は報酬の交渉を行い、たっぷりと金を頂いてお仕舞だ。
だがその前に、目の前のこれが終わるのを待たなくてはならない。
油断は禁物。
アルマ・ディーエという過剰戦力から離れるのはまだ危険だ。
なのでこの二人のやり取りを最後まで見守ろう。
アイリスが腕から手を離したことで動けるようになったダミテスが大きく一歩退く。
それと同時に交渉開始と言わんばかりにアイリスが口を開いた。
「我々が求めるものは二つ。一つは貴方の細胞。もう一つはその細胞を研究、培養の後に活用する権利。以上となります」
「俺の細胞?」
要求の意図が理解できないダミテスが疑惑の目をアイリスに向ける。
俺も何故アイリスが――いや、クオリアが細胞を求めるのかわからない。
説明が欲しいところだが、続く言葉はそれに対する報酬だった。
「その対価としては我々は貴方に20万Cを支払う用意があります。また金銭での取引を望まないのであれば以下のどちらかをお選びください」
当然のことかもしれないが、クラウンによる支払いとその額に驚愕する。
しかも続く選択肢には俺も開いた口が塞がらなかった。
何せ「クオリアへの移住」と「奉仕者の派遣」の二択である。
単純なクレジット換算でも30億Crを越えている。
後者の二つがそれに見合う価値というのも驚きだが、何処にそれだけの価値を見出したのかは不明すぎて言葉が出ない。
だが、そこまでの価値があるのがダミテスの細胞らしい。
「だったら、俺と戦え!」
まごうことなき戦闘狂は初志貫徹だ。
一切ブレない行動理念には敬意すら覚えるが、それはあまりにも愚かな行為だ。
アイリスは姿勢を正したまま、ただ「わかりました」とだけ答えるとダミテスが前に出た勢いのままに地面に倒れた。
何をしたのかわからなかったが、一瞬バチリという音がダミテスの頭部付近から聞こえた気がしたので、恐らくはそれが攻撃だったのだろう。
仕込む時間なら幾らでもあった。
あの状況で戦いを挑んだのがそもそも間違いだろう、と冷静にダミテスの敗因を分析する。
「それでは細胞を回収させていただきます」
そう言ってピクリとも動かないダミテスを前に一礼するアイリス。
「死んだのか?」
「気絶しているだけですのでご安心ください。死者は少ない方がこの後の展開には都合が良いのでこれはこのまま放置します」
俺は頷くと依頼人の待つホテルへと走り出す。
通話で取引を終わらせる気はない。
(今度ともよろしくしてもらうためにも、顔見せはしっかりしておかないとな)
ようやく終わるこの面倒な依頼。
初の指名依頼であり、超高額な報酬が期待できる依頼でもある。
さて、如何程の金額が俺の懐へと転がり込むのか?
期待に胸が膨らむが……気になることがある。
「何故、細胞に対してあれだけの条件を提示した?」
流石にこの疑問は心の中に留めておくことができず、走りながら口に出してしまう。
俺に会わせて後ろを走るアイリスが「おや? まだお気づきでない?」とまるでこれまでの言動にヒントがあったかのような言い方をする。
何かあったか、と思い出す前に、アイリスがその部分を教えてくれる。
「私は確かに言いましたよ? 『有機生命体は可能性に満ち溢れている』と――極稀に種の限界を超えた者が誕生する。ダミテスの細胞は身体強化という枠を超えて変異しておりました。あれは最早『進化』と言ってよいでしょう」
「つまり、その進化した細胞にそれだけの価値があったということか?」
少しは自信があった俺の答えの正解は半分未満。
アイリスはとても嬉しそうに「残念ながら」と前置きしてから説明を続ける。
「既に『光学兵器類に対する異常な耐性』という特性を持つ細胞は保有しておりますのでそれ自体にはそこまでの価値はありません。重要なのは『種の限界を超えた者』――我々が『超人』と分類する新人類へと進化する過程を知るためのサンプルであることです」
「ああ、以前俺に言った『可能性を示せば』ってそういう意味なのか」
俺の言葉に「その通りです」と後ろから聞こえてくる。
つまり、俺がこの「超人」とやらに進化した場合、その細胞と引き換えに抱えている借金など簡単に吹き飛ばせるような金額が舞い込んでくるわけだ。
もしかしたらやたらと俺に訓練を受けさせているのは、これも要因の一つではないだろうか?
「お察しの通りです。ですが御主人様の身の安全を考慮していることも確かな理由です」
「だから人の思考を読んで会話するの止めない?」
走りながらもげんなりする俺。
だが、後一つ俺は聞いておかなくてはならない。
「……それで、その目的は何なんだ?」
進化の過程を知るために超人と分類される変異した細胞を確保する。
そこにどのような意味があるのか?
また、どんな目的があるのか?
それを知らずに安心することなどできない。
倉庫区画を駆け抜けていると、今更警報が鳴り響く。
どうやら治安維持部隊が動き出したようだ。
少し急ぐ必要があるな、と補助プロテクターの損耗を無視して速度を上げる。
最悪たった一度の使用で買い替えだろうが、捕まるよりかは遥かにマシだ。
しばらく黙って走り続ける。
「返答はなしか」と諦めた時、すぐ後ろから溜息が聞こえた。
「本来であれば答える必要のない質問です。ですが一つだけお教えします」
仕方なく、という感じに態々ためを作ってまで強調する当たり、本当にそうなのだろう。
これはつまり後で何らかの埋め合わせを要求してくるに違いない。
走りながらも身構えた俺にクオリアの目的が伝えられる。
「我々の目的は『再生』です」
たったそれだけだった。
詳細までは期待していないが、それだけ教えられても反応が難しい。
以前聞いた話に資源の枯渇問題があったが、それに関するものとするには無理がある。
話はそこで終わった。
本当にそれ以上何もなかったため、詮索するわけにもいかず、黙って俺は走り続けた。
それからしばらくして倉庫区画を抜けた。
一度立ち止まって携帯端末を取り出し、位置情報を確認する。
運よく抜け出た先が依頼人のホテルから離れていない。
と言っても歩くには少し距離がある。
人通りもあるので走るわけにもいかないためにタクシーを拾ってホテルに向かう。
襲撃もなくホテルが見えた時、俺はこのまま何事もなく依頼が終わると思っていた。
ホテルに辿り着き、フロントに帝国の市民IDを提示して依頼人の待つ部屋へと入るまでは――そう、部屋の中で腹を抑えて蹲る如何にも貴族っぽい高そうな服を着た男性と、周囲に横たわる護衛と思しき黒服の男たち、そしてその中で一人立っている拳を握る幼女の背中を見るまでは、俺は何事なく終わると思っていた。




