5:もしかしてチェックメイト?
作られた数だけ銀河はある。この銀河はその一つ。
人工惑星クオリア――かつて存在した銀河全域を支配した文明「ディーエ・レネンス管理機構」によって作り出されたこの銀河を漂う惑星サイズの構造物。
彼らは我々人類が宇宙へと飛び立つ前に滅んでいたらしいが、ディーエ・レネンス管理機構が作ったものは未だ健在であり、その中でもこのクオリアは現在でも稼働している数少ない遺産。
そして、ディーエ・レネンス管理機構によって生み出された奉仕者が拠点とする絶対不可侵の領域でもある。
その技術力は彼らのためだけに存在するクラス6――解析不能技術と呼ばれ、現行の技術では何一つ太刀打ちできないほどの差があり、決して敵対してはならない存在である「銀河の脅威」とまで言わせしめた世界最大の戦力でもある。
(船のレーダーには映っていなかった! 今も映っていない! 船に搭載される程度のレーダーじゃ気づくことすら不可能なのか! クソ、防衛部隊にやる気がなかったのはクオリアに敵と認識されないためか!)
前提が何もかも違ったのだ。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
クオリアは相手が国家であろうが容赦はせず、近づく船は何であろうと撃沈する。
たとえそれが帝国艦隊であったとしても、彼らは容易く殲滅せしめるだろう。
「何もしなければ大丈夫」などという甘い相手ではない。
近づいただけで破壊される。
彼らの一撃は艦隊すら薙ぎ払う。
帝国の最新鋭の戦艦なぞ一撃で爆散する未来しか見えない。
ここは機械知性体である奉仕者「アルマ・ディーエ」の本拠地であり、それを守るために彼らは全ての可能性を排除する。
何もしなければここで死ぬ――それは決定事項であり、何かしたところでどうにかなる相手でもない。
(クソ! 防衛部隊から逃げ切ったと思ったら、今度は機械知性体とか冗談も大概にしろ!)
運が悪い――何度吐き捨てた言葉だろうか?
両親と死に別れ、遺産を親族に騙し取られ、食うに困った先で傭兵に拾われたかと思いきや海賊にまで身をやつし、そいつらを売って得た金で傭兵になり、ようやく真っ当な生き方に戻れると思ったら不運続き。
果ては軍との共同作戦での失敗を押し付けられ、莫大な借金を背負って八方塞がりの状態からギャンブルに勝って一発逆転したと思えば、その金を奪う目的で法律上取引できない船を買わされ、身の危険を感じてここまで逃げて来た。
ここまで来れば、どうにかなると思っていた。
どうにかできる算段もあった。
(その結果が、これか!?)
俺の人生は何だったんだ?
ブリッジから見えるクオリオの一部が変形を始める。
まるで砲塔のようなそれが内部から押し出されるように姿を現した。
距離感がおかしくなるほどに巨大な構造物から見えるそれは、ただの砲身であるにもかかわらずこのアトラスよりも遥かに巨大。
「死んだ」と確信を持ってしまったその時、俺は通信士用の座席へと飛びつき、救難信号を即座に発信すると公共チャンネルでの呼びかけを行った。
「助けてくれ!」
恥も外聞を投げ捨てた第一声がブリッジに響く。
「俺の名前はソーヤ! 元傭兵! 帝国IDは4E-6ZB-MFM429587! 不正な取引を薬物で成立させられ、ギャンブルで大金得て、それで目を付けられて買った船で逃げ出してここまで来た!」
自分でも時系列が滅茶苦茶になっていることはわかっている。
だが絶対的な死を目前にして、そこまで冷静に立ち振る舞うことなど幾ら何でも無茶ぶりがすぎる。
「クオリアに接近してしまったのは偶然だ! 謝罪する! 立ち去れというなら今すぐここから離れる!」
叫ぶ俺の声など聞こえていないかのように、ブリッジから見える砲身がゆっくりとこちらを向く。
「メインジェネレーターを停止させる! 船を引き渡せというなら今すぐ降りる! だからポッドで脱出する猶予をくれ!」
俺の声など知ったことかと砲身にエネルギーを充填する光が見えた。
終わった、と俺は諦めてしまった。
だが次の瞬間には「どうせ死ぬなら」と特大の爆弾をお見舞いしてやることにした。
「……わかった。大人しくそちらの措置を受け入れる。だが一つだけ言わせて欲しい」
俺がこの絶体絶命の状況で思いついたことは――
「俺はこの船を何らか陰謀に巻き込まれて購入している。そして、ステーションの防衛部隊によって、このクオリアに追い立てられるようにここまで逃げてきた」
俺を嵌めた人間だけでなく、帝国を巻き込む置き土産を残すことである。
「これを聞いているなら記録を残してくれ。黙って何かに利用されるほど、傭兵ってのは潔くない」
果たしてこれが何を引き起こすかはわからない。
しかしこれから死に行く俺には関係のないことだ、と小さく笑って目を閉じる。
せめて最期は苦しむことなく死ねると良いな、とその時を待ち――いつまで待っても発射されない主砲に薄っすら目を開けて状況を確認する。
すると発射体勢に入っていた砲身がゆっくりとクオリア内部に戻っていくのが見えた。
同時に動き出すアトラス。
「トラクタービームで引き寄せられている?」
現状を把握すると同時に安堵の息が漏れるが、別の不安が生まれる。
これが話を聞くため、ではなく「拷問するため」とかだった場合、どのような目に合うか予想がつかない。
引き返すことはできない。
死を覚悟した時、俺は既に全てを賭けてしまっている。
おまけに帝国まで巻き込んでしまった以上、最早この流れから降りる手段はなく、彼らの力なしに生存は不可能と断じてよい。
(……これ、大人しく死んでた方がマシだった可能性あるよな?)
そう、良い結果に落ち着く未来が見えないのだ。
自らの不運を何度も嘆き、またその不運で嘆くつもりかと自分に罵声に浴びせる。
最悪を想定すれば今死ぬべきだ、と俺の勘が囁いた。
問題は自殺の手段が手元にないことと、どういうわけかブリッジが閉鎖されており脱出できないことにある。
「……この距離で制御乗っ取られるのかよ」
バレア帝国の最新鋭艦の名が泣くぞ?
ついでに俺も涙目だ。
クオリアへと迫り、開いた先の見えない穴へと吸い込まれるようにアトラスが進んでいく。
真っ暗な穴のような闇がまるでブラックホールのように見える。
ガイドラインがアトラスに向かって伸び、クオリアの球体のあちらこちらから光が漏れ始めるとその大きさがはっきりとわかった。
間違いなく最大規模の居住可能惑星サイズの構造物に俺は息を呑む。
極々稀にだが生きてクオリアに招かれる者はいる。
それに自分がなるという幸運は期待できないが、それでも生き残るためにできることは全てやる。
言いくるめることなどできる気はしない。
嘘が通用する相手ではないし、情に訴える意味がある相手もでない。
状況を把握して俺は思った。
「……あれ? 詰んでないか、これ?」
TIPS:帝国のID
帝国のID
例:主人公の場合 バレア帝国ID:4E-6ZB-MFM429587 と三つに区分される。
1つ目の数字は身分を表記し、次のアルファベットはその等級を示している。
1:皇族
2:貴族
3:上級市民(納税額、または帝国への貢献が高い者とその血縁)
4:一般市民(平均的な帝国民)
5:下級市民(セーフティーネットに引っかかる者、またはその血縁)
A~Eはランク
Aから順に、最優・優・良・可・劣 となっており、主人公は一度海賊の一味となっていた期間があったりと最低評価へと変更されている。元はCなので比較的裕福な一般家庭の生まれとわかる。
二番目は出生届が出された地区を示すものであり、三番目が国民番号。MFMは戸籍上の両親の性別と自分の性別を示している。科学の発展によりMMFやFFMといった同性婚から子供を授かるケースも存在している。
科学がハッテンしているわけでない。