46:不本意な決着
煙幕の効果が切れるまでにはまだ時間がある。
それまでにやるべきことはダミテスに一撃を加えること。
そのために必要なものを取り出すべく、足の補助プロテクターに取り付けたそれをカバーから引き抜いた。
俺の両手にあるのは「TXEK-KUNAI」――トクガワ社製投擲用爆発兵装だ。
見た目ダガーサイズの刃物だが、専用のカバーを外すことで起動。
衝撃により爆発する危険物となる。
完全な趣味武器と言われるこのクナイだが、その威力は一本298Crとお高いだけあって優秀だ。
こいつを直撃させるために、ダミテスをこの煙幕の中、狭い通路へと誘導する。
「ここからは傭兵として戦いだ。簡単に死んでくれるなよ?」
ダミテスを挑発しつつ、腹部の痛みに耐えながら付近で最も狭い通路へと逃げ込む。
まだ煙幕が消えるには時間がある。
この戦いはそれまでにこれを当てることができるかどうかにかかっている。
「俺のセリフだなぁ! ここまで焦らしてくれたんだ、簡単にくたばってくれるなよ!」
挑発に答えたダミテスの位置を確認し、そちらに向かいブラスターを発射。
射線上の煙が一瞬晴れ、互いの位置を把握する。
両者に浮かんだ笑みは煙で瞬く間に閉ざされるが、僅かな揺らぎがダミテスの接近を物語る。
それこそが俺の望んだ瞬間――両手に持ったクナイを左右から交差するように放つ。
命中すれば最良だが、両隣の倉庫に当たり、爆発に巻き込むことを考慮に入れた選択だ。
爆発は俺の目の前で起こった。
予想以上に距離が近かったことに驚いたが、それ以上にいよいよ以て本気で動き出したダミテスの速度に恐怖を感じる。
ともあれ爆風が煙を吹き飛ばし、互いの姿を視認する。
俺の目に映ったのは右肩と左腕を負傷し、血を流すダミテスの姿。
(効いたのか!?)
偶然か必然かは不明だが、クナイによる爆発のダメージがしっかりと通っている。
アイリスのプラズマブレードですら通らなかった肉体に対し、爆発物が有効である理由が思いつかない俺は、煙の中へと後退する。
「なるほど! 傭兵らしい戦い方だ!」
嫌いじゃないぜ、とあの状況で俺を褒めるダミテス。
最近のバトルジャンキー率の高さに辟易する。
「お前を舐めてた。ここからは本気だ!」
嬉しそうに声を張り上げる敵を前に全力で逃げる俺。
(期待しもらって悪いが、もうネタ切れなんだよ!)
グレネード類はなくなり、ブラスターは効果なし。
最後の二本は言わば保険。
そもそもコロニー内に隠して持ち込めるような武器など高が知れている。
当然あのクナイはあれで最後だし、それ以上の武器など持っていない。
爆発が有効とわかったところで手札がもうないのだ。
後は向こうが無駄に警戒してくれることを祈って逃げ回る、という予定だったのだが、却って闘争心が燃え滾っているという最悪な状況になってしまった。
(こんなことなら何もせずに逃げ回っていた方がマシだったか!?)
運が悪い、と心の中で毒づき、煙の中をただ走る。
スモークグレネードの効果も直に切れる。
故にこの僅かな時間を使って一度身を隠す。
倉庫の中に入ることができれば手っ取り早いのだが、そのような不始末があるわけもなく、警備の緩さは期待するだけ無駄である。
その時、白い煙に包まれた視界が僅かに晴れるのを確認した。
最早時間はない。
身を潜めるにも場所がない。
となれば後は倉庫で視界を切って逃げ続けるのみである。
今のうちに補助プロテクターのバッテリーを交換。
残量の減ったバッテリーを進行方向とは逆に投げ捨てる。
どんな些細なことでもやれることは全てやる。
そうして逃げ続けること5分――倉庫の壁を背に、呼吸を整ていると俺の頭上から何かが落ちてきたような音が聞こえてきた。
「随分と逃げ回ってくれたな……で、ここが目的地なわけだ」
「話が早いじゃないか」
目的地でもなんでもねぇよ、と心の中では正直に話す。
今はこの勘違いを利用して時間を稼ぐ。
「時間を稼いだところでどうにかなるのか?」と冷静な部分が自問する。
俺が知りたいねぇ!
だからと言って、ここで茶番を止めてしまえばゲームオーバーだ。
故に俺は話を続けるのだ――そう、それっぽく!
「態々俺の誘導に乗ってここまで来たんだ。多少の目星くらいは付いているんだろ?」
答え合わせをしようじゃないか、と必死に目だけ動かし答えを探すが……ダメだった。
俺が背にしている倉庫の情報は勿論、正面に何が保管されているかすらわからない。
「目星、か……」
ダミテスは小さく呟き、考える込むようにしばし無言だった。
「そのままいつまでも考え続けてくれ」という俺の願いは虚しく、ダミテスは口を開く。
「……わからねぇ。お前が何を企んでいるのかなんざ、興味がねぇ」
「あ、終わったわ」という心の声を隠しつつ、俺はつまらん奴だな、と鼻を鳴らす。
「だが、楽しかったぜ。さあ、お前の誘いに乗って、ここまで来てやったんだ! 次の手を見せてみろ!」
まだこの茶番は終わらせないという意思を掲げ、俺は相手のやる気に水を差す。
「種明かしくらいさせろよ。何のためにここまで来たと思ってんだ」
返事とばかりに舌打ちが聞こえてきた。
さっさとしろ、ということだろう。
ノリが良くて助かった。
「そもそもお前はこの区画が何を保管しているか知っているか?」
「知らんな」と興味がないような返答だが、俺も知らないのでお相子だ。
その一方で俺は息を吐いてやれやれ、といった身振り手振りで少しでも時間を稼ぐ。
「ここにあるのは全て軍需物資。当然、武器弾薬が周囲の倉庫には詰まっている」
この言葉に興味が引かれたのか「ほう」という小さな呟きを俺の耳が拾った。
これならば話を続けることができると思ったが、残念ながら何も思い浮かばなかった。
だからこれは思い付きで出た言葉だ。
「そして俺の手には最後のグレネードがある」
「いいだろう。最終ラウンドだ!」
「いいわけねぇだろ。頭おかしいのかてめぇは」
唐突な掌返しに頭上のダミテスが呆けたように黙ってしまう。
「いいか? 倉庫ぶっ飛ばしたら中の物資は当然ダメになる。ダメになれば損害賠償が発生する。それ以前に器物破損で治安維持部隊に逮捕される。実刑判決も食らう。俺は元傭兵だぞ? 大事なのは命! 次に金! 戦闘狂のお前に付き合うほど馬鹿じゃねぇんだよ!」
わかったか、と時間稼ぎの限界を悟った俺は最後に言いたい放題言ってやる。
すると俺の目の前に着地した無表情のダミテス。
「言いたいことはそれだけか?」
俺はただ一言「おう」とだけ堂々と返す。
それが合図とばかりにダミテスの拳が迫る。
反応すらまともにできなかった一撃――しかしその拳は当たることなく俺の眼前でピタリと止まる。
「そこまでです」
いつの間にか現れたアイリスがダミテスの腕を掴んでいた。
「離せ。お前の相手はこいつの次だ」
「いいえ。こちらの護衛対象が依頼人と接触しました。これ以上の戦闘行為は無意味です」
つまりはタイムオーバー。
逃げ切ったという事実がほんの少しだけ俺の余裕を取り戻させる。
「これも計算の内、ということだ」
「それがどうした? 戦闘は継続だ」
予想通りのセリフに俺は大きく息を吐く。
こういう奴には理を説いても無駄だ。
しかし俺にはこいつを黙らせる力はない。
よって、俺ができることはこれしかなかった。
「アイリス。こいつを黙らせろ」
「ダメです」
あっさりと拒否される御主人様の俺。
一応ポイントを使っての命令という形にしたつもりだったのだが……それでもダメなものはダメらしい。
「だったら、交渉とやらを終わらせてくれない?」
「言われなくともそのつもりです」と早速アイリスはダミテスとの交渉に移る――が、その相手が聞く耳を持たない。
「ふざけるな! こんな終わりなど認めるか!」
続きをするぞ、と怒号を撒き散らしダミテスに辟易しならがらも、俺はこいつの勘違いを正すべく一歩前に出る。
どうせ無駄だろうと思いながらも、しないと話が進まないのだ。
「俺にはもうお前と戦う理由がない。俺は勝つのは好きだが、戦うのは好きでもなんでもない」
「だから何だ!? 俺もお前も、まだ戦えるはずだ! なら、まだ戦闘は続いている!」
全く以て予想通りの言葉に俺はそれはそれは大きな溜息をこれ見よがしに吐いてやった。
そして残酷な事実を付きつける。
「そもそも、俺はお前と戦っていた、という認識がない」
この言葉に呆けるダミテス。
まあ、死闘を繰り広げていた、と思っていた相手から「お前と戦っていたつもりはない」と言われれば、何が何だかわからないのだろう。
だから理解を促すために続けやった。
「俺は依頼を受けてシーラを護衛した。護衛対象を依頼人に届けるのが俺の戦いであって、お前との戦闘は目的を果たすための手段にすぎない。お前は戦闘を楽しみたかったみたいだが……それは望む相手を間違えてる。俺としても、もっとスマートな決着を望んでいたんだが……お前のせいで台無しだ。何と言うか、お互い不本意な決着だったな?」
そう言って呆けたままのダミテスの肩をポンと叩いた。
それはまるで「俺とお前はもう敵同士ではないよ」とでも言いたげに、笑顔を向けるその顔に向かって拳が放たれた。
当然その一撃は俺には届かない。
俺は勿論、アイリスにとっても先ほどの戦闘は終わっているのだ。
だからここからは、この場で最も恐ろしい者が相手となる。
「交渉のお時間です」
ダミテスの両腕を掴むアイリスが宣言する。
それは戦闘の終わりを意味していた。




