45:訓練の成果
「……可能性。それがなんだってんだ?」
戦闘を一方的に停止したアイリスに対し、不機嫌な様子を隠すことなくダミテスが問う。
その意思がないと言ったところで現在敵同士である以上、戦闘を停止する理由にはならない。
「簡潔に言えば貴方は我々の交渉相手として不足はない、ということです」
「その上から目線が気にいらねぇな」
臨戦態勢のままアイリスに近づくダミテス。
そこに俺の対面にいるトッドが待ったをかける。
「やめろ、ダミテス! アルマ・ディーエを刺激するな!」
攻撃に転ずる隙を見出すも、アイリスの意図が読めずに動けない俺は、図らずしも時間稼ぎとなっている現状を注意深く見守る。
「聞けねぇな。目の前に強敵がいるのに、戦わないっつう選択肢はねぇ」
護衛対象を逃がす判断が正しかったことを再認識しつつ、俺はアイリスの出方を窺う。
本気で言っているのであれば、アイリスは強引にでも俺を連れて離脱するかもしれない。
そうなれば、最悪シーラが足止めを食らっていた場合にダミテスが追い付き、脳筋フェスティバルの幕が上がる。
こうなれば依頼達成は見込めない。
俺は固唾を飲んでこの危うい状況を見守った。
「それではこちらの御主人様がお相手となります。なので私がそちらのお相手を務めさせていただきます」
そう言って俺の対面にいるトッドを指差し「選手交代ですね」とアイリスは端的な説明すると「はあ?」という二人声が重なった。
俺が推定シーラと同等以上の相手と戦うとか、どう考えても勝ち目がない。
そして俺より悲惨なのが突如、何の対策もなしに機械知性体と戦闘することになりそうなトッドである。
しかしこの選手交代に待ったをかける人物がここにはいた。
「ダメだ。そいつは明らかにあんたに劣る。肉体強化もない。サポーターを付けただけの生身の人間が俺と戦えるわけがない」
「いいぞ、もっと言ってやれ」と二人の心の声が重なる中、アイリスはダミテスの言葉を鼻で笑う。
「御冗談を。この私が鍛えた御主人様が相手にならないとは随分と見る目がない」
その挑発をどのように受け取ったのか、ダミテスが俺を値踏みするかのように睨みつける。
「いいだろう。だが、次はお前だ」
そう言ってアイリスに指を差した後に背を向け、こちらを標的としたダミテス。
これには堪らずメイドを睨むが、我関せずとばかりに自らの相手へと歩いている。
「いいのかい? あんたの御主人様なんだろ?」
こっちはこっちで「機械知性体なんぞ相手にできるか!」という本音を隠しつつ、相手が違うんじゃないか、と遠回しに言っている。
「プレイの一環です」
アイリスの即答に信じられないものを見るかのような目でこちらを見るトッド。
首を振って否定する俺を見るなり、メイドを指を差して「おかしいだろ」と訴えているが制止は無理なので諦めてほしい。
それよりも問題はこちらだ。
堂々とこちらに歩み寄るダミテスを見る。
鍛え上げられた肉体は言うに及ばず、身体強化の果てに手に入れたと思われるプラズマブレードですら切れない体。
まず間違いなく俺が持っているブラスターなど役には立たない。
手持ちの武器はこれだけではないが、どう考えて勝てる相手とは思えない。
(となれば狙うは時間切れ。ひたすら生き延びるための訓練を受け続けた俺に対する試験のつもりか?)
冷静に戦力分析を行いつつ、この状況に持ち込んだアイリスの目的を考える。
だが敵はもう目の前。
思考する時間は終わり、生き延びるために全神経を集中させる。
迫りくる拳をちゃんと知覚できていたのだから、これまでの特訓が無駄ではなかったことがよくわかる。
反射的に動いた腕が拳の軌道を逸らすように割って入り、後ろに回した手が背中に隠した武器へと伸びる。
手に取った先端を相手の顎へと突き刺すように叩きつけ、容赦なく最大出力でその機能をONにする。
カウンターが成立すると同時にバチリと電撃が流れ、ダミテスが俺を払いのけるように弾き飛ばす。
「スタンロッドか……!」
頭部に最大出力で電撃を食らわせたにもかかわらず、ダミテスは意識を失うこともなく反撃に出た。
幾ら身体強化が進んでいるとは言え、この耐久力は説明がつかない。
「痺れたろ?」と挑発するような言葉を選び、時間稼ぎを試みる。
少なくとも、一撃まともに入れることができたならば、相手の秘密を暴くことさえできれば逆転も現実味を帯びてくる。
守りに徹して時間稼ぎもいいが、こちらが「狙っている」ことを察してもらわなければ、向こうの攻めは苛烈さを増す一方だ。
せめて油断ならない相手、というくらいには評価は上げておかねばならない。
「いい反応だ。正直、最初の一発で終わると思っていた」
「おっと、それは過小評価もいいとこだ。こう見えても、反応速度は身体強化をした者レベルとそっちのメイドからお墨付きを得ている」
俺の言葉に感心するように「ほう」と喜色混じりの声を出す。
ちなみにちょっとアイリスの方に視線を向けた際にパンツ一丁で地面に倒れるトッドの姿が見えた。
あまりにも早い決着に「こっちを手伝ってくれ」との声が出かかるが、まず間違いなくアイリスは手伝ってはくれないだろう。
(何が目的はわからんが、後でキッチリ説明してもらうからな!)
先ほどとは打って変わって俺を見る目が獲物を見るそれへと変化している。
スタンロッドを半身に構え、かかってこいとばかりに不敵な笑みを浮かべてやる。
それが無言の第二ラウンド開始の合図となり、二度目の攻防が始まった。
「はっは、まぐれじゃなかったようだな!」
開始早々ダミテスの連撃をさばき切り、最後に放った蹴りを後方に飛び退きながらもスタンロッドで打ち付ける。
最早俺の実力を疑う材料はなく、湧き上がる狂気を抑えようともせず凶暴な笑みを浮かべ、更なる攻撃へと距離を詰める。
だが、その全てを俺は防ぎ切った。
躱し、逸らし、距離を取る。
不用意な一撃にはしっかりとスタンロッドを叩き込んだ。
相対してわかるダミテスという男の戦闘能力。
最初はただの強引な力押しだったものが、冷静さを取り戻しているのか徐々にその攻勢が洗練されたものへと変わっていく。
「とっくに倒れていてもおかしくねぇはずなんだが……」
「生憎と、その程度じゃやれねぇな」
心臓がバクバク音を立てて肺が酸素を求めて呼吸が荒くなっている。
一瞬の隙が命取りとは正にこのこと。
恐らく一撃でも食らえばそこから致命打となり得る追撃が叩き込まれるであろう殺意に晒され、より集中力が研ぎ澄まされているからこそ、限界を超えてここまで凌ぐことができている。
既に反撃を狙う機会などなく、防戦一方の状態だが、それでも勝機を失っていることを悟られぬよう口だけは強気を維持。
「そこのメイドとの訓練だったら、とっくに沈んでいただろうが……思ったより読み易いな、あんた」
「言ってくれるねぇ?」
藪蛇だった、という感想が出るくらいには言って後悔した。
まだまだいけることをアピールしたかっただけなのだが、この失点には観戦中のメイドもニッコリ。
「それでこそ御主人様です」という幻聴が聞こえてくる。
「それじゃあ……潰すぞ?」
その宣告はハッタリでもなんでもなかった。
最初の一撃は拳の軌道を逸らすことはできたが、その腕を掴むよう伸びた手を見た瞬間に悪寒が走った。
咄嗟に補助プロテクターをパージすることを選択。
掴まれた腕、外された腕部の装甲がひしゃげる様がスローモーションで再生され、抜け出た手がブラスターを腰から引き抜いた。
ダミテスは握力だけでプロテクターを破壊できる――嫌な予感が大当たりである。
(掴み技を解禁ってところか!?)
相手の戦闘スタイルの変更に合わせ距離を取り、ブラスターを向けてみたものの、既にこいつは効果がないことを知っている。
スタンロッドもバッテリー切れを起こしており、持ち替える武器は持っていない。
煙幕や閃光で時間を稼ごうにも、条件を同じとするなら危険もあり、フラッシュグレネードに至っては決まる見込みが薄い。
だが、使わないよりはマシだ。
変形したプロテクターを投げつけられ、それをスタンロッドで弾き返すとそのまま投げつける。
当然の如く腕で払いのけられたが、そこに差し込んだフラッシュグレネードが閃光を放つ。
そして俺の腹に突き刺さる拳――回避が間に合わず、少し横にずれたものの直撃と言わざるを得ない。
服の下に着込んだ強化素材程度では軽減するのが関の山。
折れ曲がった体を強引に捩じって地面を蹴り、続く攻撃をどうにか回避する。
閃光の中の攻防が目測を誤らせたのか?
空ぶった蹴りを見逃すことなく、横になった状態でブラスターをがむしゃらに放つ。
「そこか!」
位置を把握されるだけに終わった射撃。
放たれたブラスターの角度から、俺の態勢を正確に予想した地面を抉るような蹴り。
しかしそこには俺はもういない。
転がりながら置き土産の煙幕が周囲の視界を白に染める。
俺は痛む横っ腹を抑えながら、立ち上がる足音を立てないように走り出す。
ここから先は時間稼ぎだ。
逃げに回った傭兵が、どれだけ厄介か教えてやる。




