42:最終調整
ナーベステル星系は帝国有数の観光惑星「ナーベル」が存在する上級市民や金持ちが集う極めて治安の良いリゾート星系である。
観光惑星とは贅沢にも居住可能な惑星を丸々一つ観光資源として用いた最大規模のリゾート施設であり、その多様なサービスは「お客様のあらゆるニーズにお応えします」の謳い文句に恥じない最高のものと称されている。
当然のことながらそのようなサービスを受けられる客層がただの一般市民であるはずはなく、このナーベステル星系には様々な制限が設けられる。
それ故に、俺が乗るこのアトラスもまた、その制限から観光惑星ナーベルを迂回するような航路を強いられる結果となった。
「観光惑星か……」
物思いに耽るように俺はブリッジから小さく見える惑星を見て呟いた。
「何か観光惑星に思うところがおありですか?」
そう言って隣にいるアイリスがホロディスプレイを表示させる。
そこに映るのは惑星ナーベルの詳細。
どうやら公式ページのもののようだが、流石は帝国有数の観光地だけあって、映し出されている光景が宇宙に住む者には見たことのないようなものばかりだ。
「いや、な。そう言えば昔の俺の夢ってやつに『観光惑星に行って思いっきり楽しむ』ってのがあったと思い出したんだ」
いつ頃の話だったかな、と思い起こせば、蘇って来るのは両親との思い出。
(そうだ。確か何処か……テーマパークだったか、に遊びに行って観光惑星の話を聞いて……それでいつか遊びに行きたい、と思うようになったんだっけっか?)
実に子供らしい夢だったな、と苦笑しつつ、目の前に映し出された光景の表示をオフにして、別のホロディスプレイを手前に持ってくる。
「授業の続きだ。本来受けるべき教育を受けていなかった数周期分の遅れだ。取り戻すにはまだまだかかる」
「感傷に浸っているところ申し訳ありませんが通信が入っております」
案の定というべきか、ナーベステル星系に入って1日と経たず駐留している防衛艦隊から通信が入る。
これに対する受け答えは決まっており、ただ通過してムオルクリオ星系へ行くことを目的としている旨を伝え、船に関しては「ドーナン・ナールダル伯爵に問い合わせをしてくれればわかるはずだ」と貴族の権力を盾に航行を継続。
こちらのセンサー範囲内であからさまに付け回されているが、気にせず悠々とハイパーレーンへと向かう。
8時間ほどで一帯を管轄するセクターからの返答で確認が取れたのか、アトラスと一定距離を保っていた艦隊がこちらから離れ始めた。
その間、俺はブリッジから離れるわけにはいかないのでずっとお勉強である。
これだけ長時間の勉学も久しぶりだ、とようやく席を離れることができるようになって大きく体を伸ばす。
「お疲れ様でした」とアイリスも一礼してから食堂へと向かう。
俺も最後にブリッジから見える観光惑星を眺めてからブリッジを出た。
いつかあの惑星に降りることはあるのだろうか?
「御主人様は観光惑星に降りることはできませんよ」
「……マジで?」
食事中、何気なく話題に出た観光惑星についてシーラの質問に答えていた際に「俺もいつか行ってみたい」と発言したところでアイリスから注意を受けた。
どうやら今現在の帝国IDでは俺は下層市民として扱われており、厳しい審査を通る必要のある観光惑星には中層以上の市民でなければ不可能だと言うのだ。
「貴族や資産家の集まるエリアですので信用のある者以外は基本お断りです。御主人様は一度成り行きとは言え海賊となっていた経歴がございますので審査以前の問題となります」
アイリスの説明に「そーなるかー」と渋々ながら納得する俺を興味深そうに眺めるシーラ。
「ほう……貴様、海賊となっていたことがあったのか?」
「俺を拾った傭兵が、借金重ねて海賊落ちした。ついでで海賊になっちまったんだよ」
「意外と波乱万丈な人生を歩んでおるな」
感心するような口調のシーラだが、俺が一般的な海賊だったらどうするつもりだったのか?
その答えはトレーニングルームで明らかになった。
食事を終え、少し休憩をした後に戦闘訓練を行う。
様子見の期間を終わらせることにし、本格的に訓練を再開する。
シーラからの容赦のない攻めだった。
「――とまあ、貴様が何処にでもいる海賊風情であったならば、このように始末していたな」
「そうかい。実演ありがとよ」
床に沈む俺が皮肉たっぷりに礼を言う。
「続きましてアルマ・ディーエ式活人殺法の実演となります」
「生かすのか殺すのかはっきりしろ!」
倒れた状態で顔だけ上げた俺がアイリスの訓練追加のお知らせに「休ませろ」と抗議を入れる。
その抗議に少し考えるような素振りを見せたアイリスが諭すような口調で語る
「わかっていると思いますが既にどちらの勢力も襲撃に失敗しております。それはつまり残すところムオルクリオ星系――正確にはステーションでの依頼人との合流までが彼らにとって最後の襲撃のチャンスとなります」
それを聞いた俺は床の冷たさで体を冷やしながら考える。
以前も考えた通り、この星系での襲撃は自滅に等しく、ここでの襲撃はないと思っている。
そしてハイパーレーンを抜けた先で仕掛けるのも、ナーベステル星系の防衛艦隊を刺激する。
となれば自然と向こう側が仕掛けてくるポイントは絞られる。
状況を確認して頷く俺にアイリスが続ける。
「まず間違いなく許す限りの手段と戦力を投入してきます。そして合流ポイント次第ではこちらも白兵戦を視野に入れなくてはなりません」
しかも現在侯爵が動かせる戦力を鑑みれば、その可能性は高いというのがアイリスの予想。
ほぼ的中する機械知性体の予想なので白兵戦はほぼ確定と言ってよい。
つまり「それに備えて訓練を厳しくするぞ」という話である。
「そういうことなら仕方がない。限界を超えない程度にギリギリまで詰め込もう」
立ち上がって大きく息を吐き、グローブをはめた拳を合わせて気合を入れる。
ボディラインがはっきりとわかるトレーナーメイド姿のアイリスが前に立つ。
まずは防御のおさらいからだ。
こちらに対して体を横に向けると瞬時に迫るアイリスの左の拳。
スウェーバックによる回避――初手は顎が打ち抜かれる寸前で退避させることができたが、続く踏み込みからの鋭い一撃は躱すことは諦めてガードする。
距離を離すように動く俺と詰めるアイリスの攻防は円を描くように行われる。
涼しい顔で徐々に速度が上がる猛攻を前に、回避よりも防御が多くなり、ガードよりも被弾が増える。
そして体捌きが追い付かなくなり、足を差し込まれると同時に内側から刈り取られて体勢を崩す。
浮遊感を感じた直後にアイリスの拳が俺の顔面の横を通り過ぎ――倒れる前に後頭部をキャッチ。
そのまま引き寄せられて顔が豊かな胸に着地する。
「最高のクッションだな」
息を切らせた俺が言うと状況的にかなりまずい。
「3分間休憩しますので呼吸を整えてください」
そんなものを気にすることもないアイリスの言葉に俺は「おう」と短く答えて深呼吸。
その3分間だけでも、とシーラがアイリスに手合わせを願うが拒否されていた。
すまんが今は俺の訓練時間だ。
3分間の休憩などあっという間に終わる。
再び先ほどと同じように受けに回っての訓練。
これを何度か続けた後、反撃に出る訓練に移行するつもりだったのが、今日の俺はその段階にまで行くことはできなかった。
シーラが俺ばかりズルいと駄々をこねていたのが耳に残っている。
まったく血の気の多い護衛対象である。
こうしてムオルクリオ星系へのハイパーレーンに到着するまでは訓練漬けの毎日となった。
トレーニングの時間を大幅に増やすことによりアイリスの奉仕時間が削減され、俺の理性を保つことができたのは不幸中の幸いとでも言うべきか?
また短期間の集中訓練の結果、シーラ相手に一方的に倒されるようなことは少なくなり、アイリスから「これならシーラが本気になっても5分は耐えることができる」とお墨付きを頂いた。
結局倒されることには変わりはないようだが、それでも俺の成長は大したものらしく、アイリスが素直に褒めていたことからも十分な戦闘能力の向上が見受けられる。
購入した武器の扱いもしっかり時間をかけて練習したので完璧と言って差し支えはない。
今、俺にできることは全てやった。
ブリッジでハイパードライブの起動を指示する。
このハイパーレーンを越えた先が目的地。
この依頼の最後の戦いはもうすぐだ。




