41:艦隊戦は唐突に
放たれた光――その全てがアトラスに向かう砲撃であることは、そのブリッジにいる俺にはよく見えた。
直撃であれば沈んでいた可能性もなくはないだろうが、シールドの展開が間に合ったことで、その全ては着弾前に掻き消えることとなる。
「……流石にびびったわ」
反射的に両腕を頭部を守るように前に出してしまったが、全く以て意味のない行為である。
ともあれ、攻撃された以上はこちらも反撃が可能となった。
即座に相手の編成を確認し、このアトラスに対して最も効果的な攻撃が可能な艦を見つける。
「目標は敵巡洋艦! 粒子砲で――」
「発射します」
16隻の艦隊の中から唯一の巡洋艦を見つけ、こちらのシールドを破壊し得る敵を真っ先に沈めるべく指示を出そうとした矢先、既に同じ結論を出していたアイリスが粒子砲を発射。
直線状にいた駆逐艦一隻を巻き込み巡洋艦は撃沈される。
「艦を後退させつつ砲撃開始! 正面シールドで耐えつつ数を減らすぞ!」
「もうやっています」
アトラスのような砲撃に重点を置かれている戦闘艦には全方位と前方の二種類のシールドがある。
全方位シールドは文字通り艦の周囲に展開するものだが、その分多くのエネルギーを必要とする。
もう一つが前方にのみ展開させることでエネルギーを節約し、より高い耐久性を誇るのが正面シールドだ。
これを活かすべく指示をしたのだが、当然のようにアイリスは戦闘開始と同時にアトラスを後退させていた。
ならば、と次の指示を出す。
「ミサイル迎撃! デコイと――」
「完了しております」
「慣性航行に移行! エネルギーをシールドに――」
「変更済みです」
「コルベットが――」
「撃沈しました」
ぷるぷると涙目で震える俺を見てアイリスが「何ですか?」と冷たく言い放つ。
「そんなことより体を固定するか私に抱きつくかしてください。危険です」
「もう勝負ついたようなものだよね?」
アイリスが手にしたベルトについては最早言及はしない。
すると問答無用でアイリスが俺を正面からホールドする。
胸の感触は大変心地良いが前が見えないので戦況がわからない。
取り敢えず体をずらすなりしてお外を確認しようとするが、何故かアイリスがこれを妨害。
服越しに双丘が形を変えながらのよくわからない戦いが始まった。
そこに突如乱入する者が現れた。
「戦の気配がするぞ!」
「んっふー、んっ、んー、ふ」
ブリッジへとやってきたシーラに護衛対象は大人しくしていろ、と言いたかったのだが、しっかりとホールドされていたので声がちゃんと出せない。
「何をやっとるんだ貴様は?」
こちらの状況を見て呆れた声を出すシーラ。
こっちが聞きたい。
「見ての通り、仕掛けてきたが返り討ちだ。大人しくトレーニングルームにでも籠ってろ」
「断る。目の前で艦隊砲撃戦をやっているのに見物しないわけにはいくまいて」
こいつの感性もどうなってるのか、という疑問はさておき、今は目の前の戦闘だ。
最早勝負はついたと言っても過言ではないが、何が起こるかわからないのが戦場だ。
シールドの損耗率が40%を上回るも、敵の数が減ったことでそれ以上の低下は緩やかなものとなっている。
このペースでいけば、シールドが突破される前に敵艦隊が壊滅するのは間違いない。
「んー、相手はクラス3だけか? クラス4の武装がないように見えるが……」
「敵は私兵の防衛部隊と未登録の傭兵です。クラス4以上の武装はありません」
それを事前に教えてほしいという言葉は口に出さず、正面からの撃ち合いに持ち込んだ理由を理解する。
「これは相手さんがかわいそうだな」
アトラスに関する情報が正確ではなかったか?
それとも単純に戦闘艦の知識が足りなすぎたのか?
なんにせよ、今回の襲撃は完全に失敗と言える。
シールドさえ突破されなければ無傷と言っても差し支えはない。
こうしている間にも戦況は刻一刻と変化する。
機械知性体が制御するが故に、異常なレベルで正確な砲撃が速度重視のはずの小型艦を凄まじい勢いで堕としていく。
気づけばコルベットは全滅しており、残すは駆逐艦サイズ3隻のみとなっている。
この圧勝には残骸の中に無事な武装などがあれば持ち帰りたいくらいだ。
「んー……投降でも呼びかけてみるか?」
「必要な情報があるとは思えません。また重要な人物が乗っているという記録もありません」
暗に撃沈しても問題はないと言うアイリス。
「負けた以上は潔く散らせるのも情けだ」
バトルマニアもGOサインを出している。
「船員放り出して船だけ頂く――ってのは?」
「法的に無理です」
即答するアイリスに「だよなぁ」と俺も天井を見上げる。
ちょっとかわいそうになったから生かす方向を考えてみたが、全くと言っていいほどメリットがない。
「残敵処理を開始せよ!」
「しました」
豊かな胸に挟まれて見えなかったが、俺が命令を出す前にプラズマキャノンの一斉射撃が行われていたようだ。
アイリスホールドから解放されると最後の1隻が爆散している姿を目撃する。
こうして二度目の襲撃は終わりを迎える。
なお、残骸の回収についてだが、こちらは却下された。
理由としては私兵と言えど間違いなく侯爵家の戦力であるため、その兵装を売り払ったとなると相手に余計な口出しをする口実を与えることになることと、売却した相手との関係が間違いなく悪化することが予想されるためである。
何も後ろめたいことのない海賊相手ならば許される行為であって、この手のことはセクターの管理側に一報入れる程度に留めておくのが、最も面倒の少ない対応なのだそうだ。
そう言えばそういうことも習った気がする、といつ受けたかもわからない授業の内容を思い出しつつ、艦隊の残骸が漂う宙域を駆け抜けた。
一方的な艦隊戦から5日後――度を越した快適すぎる環境に置かれ続け、俺の自立心と理性がゴリゴリと削られていく日々を送っていると、アイリスが状況の変化を教えてくれた。
「御主人様。侯爵夫人の勢力がつい先ほどハインリック・イズルードルと明確に敵対関係となりました」
その報告が俺の瞳に知性の光を取り戻す。
このところ訓練はスポーツ感覚、授業はほぼご奉仕タイムに近い状態だったこともあり、まるで脳が退化したのではないかと思うくらいには思考が停止していた。
ようやく出番がやってきたとばかりに俺の脳細胞が自己主張を開始する。
「これで三つ巴の状況が出来上がったわけだ。互いに足を引っ張ってくれれば、残りは楽になりそうだが……やっぱり前回の襲撃が決定打にでもなったのか? 明らかに稚拙な動きだったし、どう考えても無駄な消耗だもんな。やっぱり手を組む相手はまともじゃなきゃダメなんだろうな」
早口で捲し立てる俺に若干引き気味のシーラといつも通りのアイリス。
そして静寂漂うブリッジで場の空気などお構いなしに口を開くメイドがいる。
「前回の襲撃が原因なのは間違いありませんが理由は違います。侯爵夫人がハインリックの名を使って勝手に襲撃の共犯者に仕立て上げたことが原因となっております。言ってしまえば夫人側が先制攻撃によって協力関係が完全になくなったという次第でございます」
推理をすっぱりと否定するアイリスに俺は「そう」と暗い顔で返事をした。
ちなみに発案自体は息子のものらしく、アイリスは兄弟揃って「かなりの阿呆」との評価を下した。
つまり、脳を筋肉に支配された馬鹿を担ぐか、ただの阿呆に育った血の繋がらない息子に当主の座を明け渡すかの二択というわけだ。
そう言えば伯爵の息子もただの馬鹿だった。
(いや、あっちはドラ息子と呼ぶべきか?)
貴族というのも大変だな、と久しぶりにまともな思考能力を取り戻した俺は、しばしこの時間を大切に過ごす。
そして気づいた時にはまた記憶が飛んでおり、意識が戻った時にはハイパーレーンに到着していた。
俺はもうダメかもわからん。




