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不運なソーヤの運送屋  作者: 橋広功
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40:お粗末な罠

 考えが甘かった――と後悔するくらいには自分の迂闊な選択を呪っている。

 理想と現実の違いなどわかっていたはずなのに、俺はまたしても選択を誤った。

 襲撃から8日経過した現在、俺の心は既に折れかかっている。

 それは正しく「堕落への誘い」だったのだ。

 もう全部任せちゃってもいいかな、と考えてしまった回数など両手足の指でも数え切れず、適度と言えどそれが危険な領域にあることを改めて認識させられた。

 提示されたものは「奉仕レベルの調整」であって俺が望む奉仕ではないのだ。

 あくまで俺が望むレベルのものであり、所詮無理をしない程度のものでしかなく、人間一人を堕落させるにはアルマ・ディーエという奉仕者が本気を出すまでもない事実を目の当たりにする結果となった。


「快適すぎる環境は人を腐らせる」


 傭兵時代に誰かから聞いたセリフだ。

 これは生活環境を整え始めるとより質の高い環境を求めるあまり、本業に支障をきたすことを危惧しての言葉だった。

 それに加え、一度上を知ってしまえば下にはもう戻れないという意味もある。

 このことから「俺は果たして日常に戻ることができるのか?」という懸念が晴れる気がしないのだ。


「お目覚めですか御主人様」


 今日という一日が始まりを告げる。

 アイリスは俺が目を覚ましていることに気づいている。

 だから尋ねるような口調ではなく、これはただの確認作業としての問いかけである。


「ああ、起きている。今出るから手伝いは必要ない」


 壁に固定した赤いジャケットを手に扉を開ける。

 待ち構えていたアイリスが優雅に一礼。

 それに頷きブリッジへと歩き出すと気づけばジャケットが着せられている。

 あまりにも自然すぎて抵抗する暇さえないこの技――初めて経験した時は本気で戦慄した。

 何せ「気づけばジャケットを着ていた」のである。

 完全な意識外からの手伝いを前に、俺はなす術もなくされるがままという現実はそれほどまでに俺の抵抗を奪っていった。

 意識をしなくても着替えが完了している。

 意識をせずとも「何か飲もう」と思った時にはもうその手にドリンクがある。

 シャワー室やベッドなど言うに及ばず、俺が「しよう」と思った時には既に準備が完了しているのだ。

 完璧なるサポートなど求めてはいない。

 ナイフとフォークくらいは自分の意思で持ちたいのだ。

 だが、アルマ・ディーエにとっては奉仕レベルを落としてもこれなのだ。

 故に俺はこう質問した。


「俺が望むレベルに調整したんだよな?」


「はい。御主人様が望む程度となりますので最低レベルで設定しております。またサポート面に関しましても御主人様の知識にある範囲内に留めさせていただきます」


 そのセリフは確かに本当だった。

 しかしながら落とし穴は「俺の知識の範囲内」というところにあったのだ。

 俺がメイドというものを何処で知ったかを考えれば納得いく結果だった。

 創作物の知識は時に厄介な誤解を生む。

 それを踏まえた上での提案だったのか、と今更ながらあの二択の真意を知る。

 前者ならばただ美味を堪能するだけに終わっただろう。

 その後も時折あの味が欲しくなり、定期的な購入となる可能性も十二分にあり得たが、それでも現状の食事事情には不満がないので、そこまで大きな問題とはならなかったはずだ。

 だが、俺の選択は違った。

 ついに本気で堕としにきたのではないかというアイリスの攻勢を前に、俺はただただ防御に徹するのみという状況に追い込まれた。


「御主人様。くだらないことを考えていないで集中してください」


 気づけばブリッジの艦長席に座って授業を受けている俺。

 食事を摂ったはずなのにその記憶すら飛んでいるのは驚愕を通り越してホラーである。

 よくよく思い返してみてようやく自分が何を食べていたのかを思い出せた。

 ホッと一安心したところで目の前の状況を理解し、受け入れる。

 今は勉強中なので余計なことを考えるのは確かにまずい。

 俺は意識を目の前のホロディスプレイに向けるとアイリスに向かって頷いた。


「念のために申し上げておきますが私は小細工を弄して御主人様を堕とす気はございません」


 その言葉に「どうだか」と崖っぷちの俺が返す。


「正直に申し上げますと……この程度のご奉仕で音を上げそうになっている御主人様が憐れに思えてプランの変更を考えております」


「お前の基準がほんっとにわからん!」


 種族が違えばそんなものです、と軽く流され勉強は再開。

 だが何かが引っかかる。

 もしかしたら俺は何か思い違いをしているのではないだろうか?

 その時、不意に閃きのようなものが俺の頭に舞い降りた。

 しかしそれは「余計なことを考えないでください」とのアイリスの注意で言語化する前に儚くも消え去った。

 俺は黙って目の前で流される映像と音声に従い資料となるものを検索する。

 そしてそのまま忙殺されるように、この不安は消えていく。

 俺の精神力を削岩機で掘削してくるアイリスとの戦いはまだ始まったばかりだ。

 目的地までまだ1ヵ月以上――もってくれよ、とただ祈った。




「ようやく、ハイパーレーンか」


 ブリッジで艦長席に座る俺が呟く。

 ヤインを抜けレゼックス星系へと繋がるハイパーレーンを前に、感動すら覚えた俺は思わず涙ぐむ。

 レゼックス星系からナーベステルに入り、その次が目的地であるムオルクリオ星系である。


(これでようやく折り返し地点――いや、まだ半分もある?)


 俺の表情が一変し、サッと血の気が引いた。

 正確に言えばマンマール星系でのハイパーレーンまでの移動は意識がなかったので半分どころではない。

 この度が過ぎた快適な環境がまだまだ続くことに頭を抱えた。


「御主人様。顔芸はその辺にして目の前の対処を致しましょう」


 隣にいるアイリスの言葉に何のことか、と首を傾げる。

 確認してみるとアトラスのセンサーがハイパーレーンの付近に何やら無数の装置の存在を捉えていた。

 考え事をするあまりの単純な見落とし――やはり少数で運用するような船ではない。


「なるほど。妨害装置か」


 戦略的に見てハイパーレーンというものは不可欠な存在だ。

 責めるにせよ守るにせよ、使用しなくてはこの広大な宇宙を移動することもままならない。

 だからここを抑えてさえしまえば、存外どうにもならなくなるのが現代の戦争。


「こんなものまで用意してくるとは……」


 当然ハイパーレーンは移動の要であるため、その利用に制限などあっては経済活動の妨げになる。

 ものによっては条約で禁止されているものがある軍用品――それがハイパーレーンの妨害装置である。

 解析に依ると今回使用されているのは「ハイパードライブジャマー」と条約で禁止されているほどの危険な代物ではなく、ハイパードライブの起動にかかる時間を大幅に引き延ばす厄介な兵器だ。

 ハイパーレーンを問答無用で使用不可にするような禁止された兵器ではなく、あくまで船に対して何らかの遅延効果を齎す妨害装置は特に制限もなく使用可能だ。

 これは逃走する船や集合する艦隊に対する遅延戦術として認められているのが理由となる。

 但し、それは正しく使用した場合に限る。


「御主人様。設置されているハイパードライブジャマーに不審な点が確認されました」


「だよなぁ」


 この妨害装置は船が搭載されているドライブ機構に対して干渉している。

 即ち、この干渉による影響を調整することで過負荷を与え、ハイパードライブを破壊、もしくは損傷を与えることで行動不能にする戦術が存在する。

 これは「ジャマートラップ」と呼ばれる一時期、バレア帝国とル・ゴウ帝国との戦争で使われた戦術だ。

 たった今検索して出てきた資料によると、被害こそ少なかったが、気づくのが遅れれば複数の艦が航行不能状態に陥るため、ローコストで得られる戦果としてはかなり優秀であったと記録されている。

 だがこの戦術があっさりと姿を消したのには訳がある。


「じゃあ、その辺に浮かんでいるの全部壊そうか」


 そう、対処があまりにも簡単なのだ。

 何の防衛機構も持たない妨害装置が浮かんでいるだけである。

 故に壊せば済むのだ。

 主兵装の一つであるプラズマキャノンが一斉掃射され、センサーで確認できる範囲からジャマーは一掃された。


「どうやらハイパードライブ起動中の事故としてこちらを処理するつもりだったようですね」


 あまりにも杜撰な仕掛けにアイリスも呆れ気味だ。

 俺だって苦笑する。

 あれだけの妨害装置の数ならば、ドライブを誘爆させることも可能だったのかもしれない。


「何と言うか……前回と比べるとあまりにも稚拙というか、直接的というか……」


 レベルが違うという表現では言い表せない杜撰さである。

 こんなものを仕掛けてアトラス以外の船が通ったらどうするつもりだったのか?

 軍用品を持ち出して無関係の民間船を沈めたとなれば責任問題に発展するのは確実。

 あまりにも考えなしのやり方に「そりゃ仲違いもするわなぁ」と納得してしまう自分がいる。

 そして周囲の安全を確認してからハイパードライブを起動。

 衝撃とともにハイパードライブ航行へと移行したアトラスのブリッジにて、俺が高速で流れる星を眺めていると、横にいるアイリスからこのような報告がなされた。


「御主人様。ハイパーレーンを抜けると同時に艦隊と接敵します。到着と同時にシールドを展開しますのでご自身を座席に固定するか私に固定されるかをお選びください」


 なお、固定するためのベルトはアイリスがしっかりと握っているので選択肢はないに等しい。

 というより、何故それをドライブの起動前に言わなかった?

 突き刺すように視線で抗議する俺を前に「さあどうぞ」と言わんばかりにベルトを持って両手を広げるアイリス。

 ハイパードライブ航行が終わり、衝撃とともにレゼックス星系へと到着した俺が最初に見たものは、全ての主砲をこちらへと向ける艦隊の姿だった。


今更ながらの簡単な解説。+

ハイパードライブ:超スピードでの航行を可能とする装置。

ハイパードライブ航行:上記のドライブを使用した移動。ハイパードライブ航行中はシールドは使えない。

ハイパーレーン:星系間を安全にハイパードライブ航行で移動できるルート。


こんな感じに思っていれば問題なし。


おまけ回はお休み。

1章部分が終わってからにします。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしかしなくともメイドの思惑と幼女の利害が一致した結果、幼女の言う通り、全て薙ぎ倒していく覇王系ルートなんだろうなぁ…
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