39:新たな方針
ブリッジから飛び出た俺は通路の壁を蹴り一度勢いを殺してからレバーポイントに触れると折り畳まれていたレバーが持ち上がり、それを左手に握りボタンを押す。
レバーが動き出し、それに掴まる俺が個室への通路を進み、曲がり角に到達する前に手を放し、慣性に従い壁にぶつかる前に両足を前に出す。
壁に足を付けて勢いを殺し、方向転換した先にある自室へと駆け込む。
「クソ! 早まってくれるなよ!」
いっそのことあらぬ方向へと進んで遭遇していないことを祈った方が良いだろう。
ロッカーから出した銃器を肩に担ぎ、プロテクターを手に部屋を出る。
パワードスーツは装着している時間がない。
通路を進みながらプロテクターを取り付ける。
膝と胸と肘くらいしか守れないが、こんなものでもないよりはマシだ。
トレーニングルームへの通路でアイリスと合流。
シーラの位置を確認しようとした矢先、残念なお知らせがあります、から始まるアイリスの報告。
「どういうわけか最短で接敵。戦闘状態に入りました」
俺は仰け反るように手の甲で顔を覆う。
これで依頼失敗では笑い話にもならない。
あいつは疫病神か何かだろうか?
追加の情報でカーゴスペースにて交戦中とのことで、急ぎそちらへと方向転換。
相手の数は8人ということで時間との勝負になる。
角を曲がったところで後は一直線。
今は兎に角時間が惜しい。
「アイリス!」
この呼びかけに「わかっています」とでも言うように、体勢を変えた俺の足の裏をアイリスが押し出した。
ロケットのように通路を飛ぶ俺。
このままでは隔壁に激突することになるが、そこはアトラスを掌握した機械知性体がどうにかしてくれる。
予想通りに開く隔壁。
同時に聞こえてくる銃声が状況のまずさを物語る。
内部へと収まる隔壁に手を伸ばし、掴むことで勢いを殺しながらカーゴスペースにダイナミックエントリー。
そこで俺が見たものは、ガタイの良い男にボディーブローを抉り込むように打ち込み、最後の一人をノックダウンさせているシーラの姿だった。
「……甘い。その程度でこの我を捕らえるなど片腹痛いわ!」
意識を失い貨物室を漂う7人の中に追加が入る瞬間を目撃した俺は、まずは冷静に漂う侵入者の生死を確認。
結果は1名死亡とアウトである。
一応アイリスに蘇生措置をお願いしてみたが、心臓が破裂しているので船の設備では無理だと言われた。
「護衛対象が襲撃者に自分から向かっていくとかアホだろ、お前」
「はっ、負ける要素などなかった。故に叩き潰したのだ」
それの何処が悪い、と鼻で笑うシーラを殴り飛ばしたくなる気持ちを抑え、カーゴスペースに漂う血液やら何やらをどうにかすべく清掃ロボを起動。
全員が生きていれば他に選択肢も生まれていただろうが、こうなってしまっては仕方ない。
止めを刺すべくブラスターを抜き威力を調節。
周囲に飛び散ることがないよう配慮をしたところで、持ち上げた俺の腕をアイリスの手が止める。
「よい考えがございます」
大体碌なものではないんだよな、という感想を真っ先に思い浮かぶが、聞くだけなら問題はない。
なので俺は頷いてアイリスに先を促す。
「全員脱出ポッドに入れて捨てましょう」
あまりにぬるい対応――というより何が目的なのかがわからない。
襲撃者に手心を加える意味を尋ねると面白い情報が手に入った。
「彼らはこれまでシーラを狙っていた侯爵妻とその息子たちの刺客ではありません。侯爵の弟であるゼノリックの配下です。どうやらやり方に不満があったらしく別々に動いているのが現状のようです」
その言葉に俺に少し考える。
「……配下に薬を使うような真似は流石にしない、か」
「むしろ違法薬物を使ってまで殺害を企てたことが露見し仲違いしております。当主の座を奪う目的の違いが両者の溝を深めております。情報を更新しましたが侯爵夫人とハインリックの関係が急速に悪化しており既に別勢力と考えてもよいでしょう」
だからこいつらは生かすのか、と俺はようやく納得した。
恐らくアイリスは対立の構図を「侯爵対他」から「侯爵VS夫人と息子VS弟」に持って行くつもりなのだろう。
三つ巴か、もしくは危険な夫人勢力の排除を優先させる状況への一手として、彼らを生かして帰すのだと言うなら悪くはない。
そう結論を出したのだが……正解は忖度付きで半分。
つまり半分も当たっていなかった。
「どちらかと言えば前方にいる4隻にその回収をさせることが目的です。脱出ポッドの代金は後日請求すればよいので問題はありません。ハインリックの人格を考慮すれば見捨てるという選択はしないでしょう」
確かに対面している4隻が何もしないとは限らない。
その対処に彼らを使うというならば、最早拒否する理由はない。
それよりも、弟の方は比較的まともな人物であることを驚いた。
「わかった。彼らを別々の脱出ポッド……いや、4つでいいか――に乗せて放り出そう」
ちゃんと生きてるのでポッドについてるバイタル信号で生存は確認できるはずだ。
ちなみにアトラスに載せている脱出ポッドは一機あたり2万Crと決して安い物ではない。
傭兵時代に載せていたものが5千Crだったことを考えると高級モデルである。
この件が終わったらきっちりと請求しよう。
話がまとまったので行動に移す。
だがその前に、この「私のお陰で上手くいったな」とばかりに未来があるかどうかもわからない絶壁の胸を張るクソガキをどうするか、だ。
「取り敢えず、お前の飯は今日からフードブロックな」
「はあ!?」
唐突なお達しにシーラの鬱陶しい笑みが一瞬で崩れた。
これには少しばかり溜飲が下がったが、何かされる前にさっさと説明を済ませる。
「お前は現在護衛対象だ。その護衛対象が自ら危険を冒した以上、今後そのようなことがないようにしなければならない。故に罰則だ。俺は護衛であって保護者じゃないんだ。生きるために必要な栄養源を提供するのは義務だが、贅沢品を揃えなくてはならない理由はない」
「待て、話し合おう」
原料が帝国産でもクオリア製の調理器での食事を経験すればフードブロックには戻れない。
それは経験した俺が一番よくわかっている。
「駄目だ。依頼内容の都合上妥協点はない」
それだけ言ってさっさと気を失っている男たちを運ぶ。
緊急用区画の一つが貨物室に隣接しているので手間が少なく助かった。
無事、襲撃者を乗せた脱出ポッドをそれぞれ別の方向に向けて船外に放り出す。
救難信号を中の映像とセットで発信しているので確実に見つけてくれるだろう。
うるさいシーラを無視してブリッジに戻った俺は前方の4隻が回収に動いたことを確認する。
「これで一段落だな」
俺は艦長席で大きく息を吐いた。
「そんなわけあるか!」
シーラの怒鳴り声が聞こえてくるが、俺はそれを堂々と無視。
それからしばらくして今後はこちらの指示に従うことを条件に食事を元に戻すこととなった。
これで懸念材料の一つが消えた。
我ながら上手くやったと思っていたのだが、アイリスはやれやれといった様子。
どうやらまだまだ最良には程遠いようだ。
もっとも、機械知性体基準の最良など求めたところで足をすくわれるのが関の山。
今回の襲撃を乗り切り、追撃も間に合わないであろう状況を作り出しただけでなく、布石として利用できたのだから上出来と言ってよいだろう。
二度目があるとすればそれは恐らく次の星系。
レゼックス星系までは平和な時間を過ごせる――この時の俺は、自分が何を選択したかも忘れ、暢気なことにそう思っていた。




