38:予想外の戦術
ようやくホールド状態から解放された俺は、若干惜しむ気持ちを抑えながらブリッジの先に見える光点を注視する。
「御主人様。先ほどから見ているものは船の光ではありません」
「え? あ、そうなの……」
アイリスのセンサー範囲内には入っているが、アトラスが捕捉するにはまだ時間がかかる。
それくらいの距離になると駆逐艦サイズの船の光を肉眼で認識するのは難しい。
見ている方向自体は間違っていないらしく、僅かな光の動きを認識できていたことは素直に褒められた。
「アトラスのレーダーに映るまで後45分といったところです」
「それだけ時間があるならシーラに話しておくか」
艦長席に備え付けられているコンソールから艦内放送を呼び出し、有線式のマイクを使いシーラにブリッジまで来るよう呼びかける。
5分とせずにやってきたシーラが興奮気味に敵と居場所を聞いてくるが、親指で後ろのブリッジから見える宇宙を差してやると憮然とした表情で俺を睨む。
「見ての通り、まだ接敵してないんだよ。もうちょい時間がかかるから、それまでにお前をどうするかで相談タイムだ」
「出撃する!」
「残念。この船には艦載機はない。仮にあったとしても無人機しかなかった」
艦載機を搭載するスペースは全て貨物室となってしまったので、出せるものといえば脱出ポッドくらいである。
「そもそも先制攻撃ができませんのでそちらを念頭に置いて話を進めてください」
このアイリスの注意事項に俺は「そうなるかー」と頭を掻く。
相手は偽装しているとはいえ民間船ということになっている。
では如何なる理由があれば、これに対し先制攻撃が許されるのか?
それは相手が海賊であった場合くらいのものだろう。
ましてや前方にいるのは海賊船ではなく貴族の命令で動いている軍用艦。
先制の粒子砲で撃沈しようものなら俺が帝国の法で裁かれる。
偽装を見抜いたところで、それが砲撃する理由とはなり得ない。
よって、たとえアイリスがそれを潰すか待ったをかけるかしたところで、そのツケは大きく最早帝国内で真っ当な働き口など見つけることはできなくなるだろう。
理解していないシーラにこの辺をわかるように説明して、最後に一言でまとめてみせる。
「つまり、相手に先手を譲るしかない、ってことだな」
「撃たれるまで待たなければならないのか?」
仮に撃たれたところでこいつにできることは何もない。
アトラスの火器管制システムはアイリスが握っているので、銃座に座ったところでビーム一つ撃つことはできないのだ。
「大体、軍用艦だろうとたった4隻でこのアトラスに戦闘を仕掛けてくるとは思えない。恐らく撃たれることはないんじゃないか?」
となると相手は何を狙っているか?
決まっている。
連中は直接この船に乗り込んで目的を果たすつもりだ。
(問題はその手段なんだよなぁ……どうやって乗り込んでくる気だ?)
腕を組み、頭を捻って考えるが砲撃や爆破もなしで潜入する手段なぞ思い浮かばない。
こちらから先制攻撃できない理由は相手側にも適応される。
たとえ軍用艦でもこっちの所属は正真正銘民間なのだ。
(あるとすれば……いや、できるのか?)
俺がかつてこの船に潜り込んだ方法を思い浮かべ、それが果たして可能であるかどうかを考える。
アトラスは帝国の最新鋭艦である。
帝国軍に所属する以上、技術の漏洩を防止するための緊急コードがあってもおかしくはない。
「アイリス、確認だ。この船に帝国軍、またはそれに準ずる勢力、組織が干渉できるコードは存在するか?」
その答えは是。
アイリスはよく気づきましたと言わんばかりに笑顔で頷く。
「そのコードの中に自爆。またはそれに近いものはあるか?」
「ありません」
仮にあったとしてもそのようなものは削除している、との言葉に俺は頭の中で生まれた可能性を一つ一つ絞っていく。
「さっきの質問の続きだが……俺が初めてこの船に乗り込んだ時のように、ハッチを開けて堂々と入って来ることは可能か?」
「可能です。元々存在してる識別コードとの兼ね合いで緊急コードを残しておくことは伯爵との交渉時に決まったことです。もしかしてお忘れになられたので?」
わかって聞いているアイリスに俺は「記憶違いがあるかもしれないから」と確認を取ったということにしておく。
問題はどのようにこのアトラスに歩兵が取り付くか、である。
船を使って近づこうものなら警告。
これで引き下がらなければ砲撃も問題なくなる。
当然向こうもそれがわかっているだろうからそんなマヌケなことはしないだろう。
わからんなぁ、とうんうん唸っていると前方の光に動きが見えた。
「……二手に分かれた?」
「正解です。進路がこのままなら船の間をアトラスは進むこととなります」
宇宙にはまだ慣れていないのか、シーラが目を細めて眺めているが船の動きは把握できていないようだ。
頻りに頭を動かし角度を変えて船の光を探している。
「進路を変更するか?」
「向こうも変えてくるでしょう。相手は宙域センサーにリンクしているのでこちらの位置をある程度把握しております」
足回りは向こうが上。
今から引き返しても一度捕捉された以上、また接触することになる。
結局、進路はそのままに相手の手がわからないままアトラスのセンサーが4隻の船を映し出す。
「アイリス。答えを教えてくれるか?」
「面白くないのでダメです」
この返答なら俺に危険はない、ということになる。
両者ともに速度が出ているため、肉眼で船を確認できるようになるまで一日もいらないだろう。
「通信を開く」
俺はそう言って前方の船との通信を試みる。
しかし混線状態が続いており、いつまで待っても繋がらない。
「……話をする気もなし、か」
わかっていたがやる気満々である。
何も起こらないことで暇を持て余したのかシーラがブリッジから出て行った。
恐らくトレーニングルームに行ったのだろうが、正直あいつには大人しくしていてほしい。
無理だとわかっていてもそう願うしかないのだ。
「ま、これで前方の船で確定した、ということにしておくか」
通信は諦め、艦長席に体を預けて一息つく。
その瞬間、アイリスが俺に顔を近づける。
「御主人様。答え合わせのお時間です」
先ほどは面白くないから、と教えてくれなかったのに何故今なのか?
その理由はコンソールに表示された文字が教えてくれた。
「……ハッチが開放された!?」
それはつまり、侵入を許したということに他ならない。
何故、という言葉が口から出る前にその答えが耳元で囁かれる。
「彼らは必要最低限の装備と設備でこの宙域に待機していたのです。アトラスがこの星系に侵入すると同時にジェネレーターを停止させこちらのセンサーを欺いた上での待機です。ただの残骸と認識される程度となれば脱出ポッドかそれに近いものでしょう。一歩間違えれば死は免れない。それを部隊単位で行うとは大したものです」
感心するアイリスに俺はその内容を頭の中で一度整理し、理解が追い付くと同時に叫んだ。
「正気か!? 命が惜しくないのか、そいつらは!?」
「恐らくですが前方の4隻は彼らを回収するためのものであってこちらの目を引き付ける役割も持っていたのでしょう」
見事に引っかかりましたね、と俺を見て笑うアイリス。
俺は直ちに館内放送用のマイクを取り出し、トレーニングルームにだけ繋いで捲し立てる。
「シーラ! 聞こえているなら直ちにブリッジへ戻れ! 船内への侵入を許した。合流して迎撃の準備に取り掛かるぞ!」
マイクを置いて息を吐く。
俺の武装は自室に置いているのでシーラを待って取りに行く。
迎撃するなら通路か、それともブリッジか?
相手の人数にも因るだろうがブリッジを制圧されるのは好ましくない。
アトラスを制御下に置けると言えど、そちら側に割くリソースが増えすぎればアイリスとて活動に支障が出る可能性がある。
「御主人様。私の心配をしてくださるのは嬉しいのですが不要です。この船一隻程度の負担など大したものではありません。それよりも――侵入されたことを教えてもよかったので?」
相変わらず俺の思考を読んだかのように語るアイリス。
前半部分はまあ、わかったと頷けたのだが、後半部分には首を傾げる。
敵が来た。
だから各個撃破されないようにシーラに合流を促した。
何かおかしなところでもあるのか?
それとも何か見落としがあるのか、と考え――頭を抱えた。
相手はあの脳筋だ。
「このままだと接敵するまで10分です」
「畜生!」
俺は艦長席を蹴って飛んだ。
護衛対象が自分から積極的に敵にぶつかりにいくとかクソミッションにも程がある!




