37:予想通りの会敵
目的地までは時間がある。
その時間をどのように使うかと問われれば「有意義に使いたい」と俺は答えるだろう。
以前アイリスが俺の長所を挙げた際に「反応速度に優れる」と太鼓判を押した。
もっとも、それは身体強化を行っていないにしては、という条件において、だ。
それがどのような結果に繋がるかと言えば……こういうことだ。
「よそ見が許される相手と思ったか? 貴様の相手をしているのはこの我ぞ」
この一々「言ってやった」と言わんばかりの満足そうな顔に腹が立つ。
超弩級戦艦アトラスにあるトレーニングルームにて、アイリスの勧めによって今回の依頼での護衛対象であるシーラと戦闘訓練を行っている。
この無様に殴り倒された俺の姿が、ナチュラルボディの限界とまでは言わないが、金をかけていない肉体ではこの程度だと言われているように感じてしまい、新手の肉体改造を進める手段かと疑いたくもなる。
きっと肉体強化ではなく機械化の方向へと誘導――ならまだしも、曲解してまで改造してくる恐れがあるのがアルマ・ディーエの自称メイド。
そのメイドが今何をしているかと言えば、このトレーニングを観戦し、時折双方にアドバイスを送ったりしている。
それだけならば問題はなかった。
「一つ聞きたい、さっきからチラチラ色々見えるんだが?」
訓練の真っ只中、視界に映るアイリスのコスチュームが度々変わっているのだ。
「御主人様の注意や集中を切らすために服装を色々と変更しております。確率1024分の1で裸にもなりますのでしっかりご覧ください」
「訓練の邪魔になってるんだよなぁ!」
ちなみに俺が見たのは水着三種とバニー、チアガールにカウガールと確認できただけでこれなので、恐らく他にも色々と変身していたはずだ。
細かいところだが、これらには全て「メイド」が付く。
「この程度で視線を相手から逸らすなど集中が足りていない証拠です。ちなみに御主人様のお宝映像からお好みのポーズは完璧に把握しております。最高の瞬間を見逃したくなければ意識の向け方に気を配ってください」
胸の谷間を見せつけるように腰を曲げるバニーメイド状態のアイリスが言うには、戦闘をしながら自分を鑑賞するくらいのことはできるようになれるらしい。
そんなことが果たして可能なのかどうかはさておき、それくらいの潜在能力が俺にはあるということだ。
そう思うと少しやる気が回復した気がする。
「ふむ。なんとも面白い訓練をするのだな。これは我にも何か欲しいところだ」
立ち上がり汗を拭う俺を横目にシーラがアイリスを見る。
能力向上に余念がないのは結構なことだが、お前の場合もっと別の方向に目を向けるべきだ。
少し考える素振りを見せたアイリスが「それならば」とトレーニングルームに設置されたモニターに手をかざす。
そして流れる拳帝ムービー。
効果覿面だろうと容易に予想できるこのチョイス。
「まさか……これは!?」
しかも予想以上の反応なのだから苦笑する外ない。
「僅か3話で打ち切りとなりなかったことにされたダークサイド編でございます」
「制作スタッフの遊び心が爆発した結果、やりすぎて原作者からお叱りを受けて消えた幻の3話! なんというプレミア映像を!」
どうやらシーラにはこれを流す中、俺と訓練をしてもらうようだ。
完全にモニターに釘付けになっている相手ならば丁度良い、とでも言いたげなアイリスに俺は拳を握り締める力が強まる。
幾らなんでも舐めすぎだ。
「訓練再開だ!」
俺は力強く一歩踏み出すと意識を失った。
ムービーを見たいから俺を気絶させればいいや、となってやってしまったと後にこの件を思い出した俺が問い詰めた際にシーラが自白した。
訓練だという名目は何処に行ったのか?
そして「意識を失ったために介抱する」という名目で連れ去られた俺の身柄はどうなるのか?
医務室で目を覚ました時には既に拘束状態となっており、解放するようアイリスに抗議した。
「当たり所が悪く意識を失ったためにチェックが必要です。バイタルは正常でもどこに異常があるかはわかりません。折角なので徹底的に調べます。この拘束は御主人様が逃げ出さないために必要な措置です」
それはそれは胡散臭い笑みを浮かべて俺の拘束を正当化するアイリス。
脱出が難しいとわかるや俺は被害を最小に抑えるべく切り替えた。
健康チェックという名のご奉仕から逃れることができたのは、医務室のベッドにてほぼ丸一日ぶりに俺を拘束していたベルトが外された瞬間である。
戦略的に体力を温存していた俺は脱兎の如く逃げ出した。
なお、この際全裸でアトラスの廊下を全力で逃走している俺を目撃したシーラがこんな一言をくれた。
「他者の性癖に口出しするつもりないが、我の目の届かぬ所でやれ。我に見せつけるのが目的なら握り潰すぞ」
俺の船なのに味方がいない。
そんな状況を正しく認識し、自室の片隅で震える俺に優しく手を差し伸べるメイド。
誰がその手を取ると言うのか?
これ見よがしに溜息を吐いたらまたしても意識を失った。
そして気づけば俺はブリッジの艦長席に座っている。
「……どういうこと?」
「御主人様。ヤイン星系へのハイパーレーンに到着しました。ハイパードライブを起動させたいので一言お願いします」
アイリスの言葉に呆然としながらも頷き、ハイパードライブの起動に入る。
起動準備に合わせてアトラスが震えるような感覚が船内に響き、俺はまばたきしながらブリッジから見える星の海を眺めている。
「なあ、マンマール星系からヤイン星系へのハイパーレーンまで何日かかったっけ?」
俺の質問に横にいるアイリスが「15日です」とそれだけ答える。
「……記憶ないんだけど?」
「ちょっと失敗しましたので記憶は消去しておきました」
「待って?」
話を流そうとするアイリスに対し「何勝手に消してんの」と抗議。
次に「何を失敗した?」や「俺に何をした?」と質問攻め。
アイリスの肩を掴みガックンガックンと揺らしているところにハイパードライブが起動。
ドン、という衝撃が伝わり体勢を崩した俺が艦長席から浮かび上がる。
そんな俺を優しく抱き寄せ、その豊かな胸に顔が埋まるように抱きしめられる。
「簡単に申し上げますと御主人様は訓練中に一度心臓が停止しました。私の失敗とは調整のミスです」
「……ちゃんと生きてるよな、俺?」
「はい。御主人様の意向に沿うように肉体の強化や機械化はしておりません」
その言葉に俺はホッと胸を撫で下ろす……が、念のために自分の体を触って確認。
大丈夫、多分大丈夫だ。
そのまましばらく胸に埋もれているとヤイン星系に到着した。
ハイパードライブが停止し、再び衝撃と共に静寂と星の海が戻って来る。
「そうか……何かで気を失ったような記憶はあったが、訓練中にしくじったか」
「今後は安全面を考慮した訓練となります。しばらくは感覚を取り戻すためのものとなりますので体を動かす程度に留めます。ご了承ください」
アイリスの言葉に俺は頷く。
相変わらず本物の感触との違いがわからないレベルの柔らかさと弾力だ。
「それで……どこまでが本当だ?」
当然のことながらアイリスの話を全部信じるほど俺はマヌケではない。
「御主人様。そういうことにしておきましょう」
俺の頭部をがっちりホールドして買収を試みるアイリス。
実に良い感触だが、流石に今回の件はそれでは足りない。
なのでここは交渉だ。
胸の谷間に顔を埋めながらで格好がつかないが、これはしっかり抑え込まれているので仕方のないことだ。
「ということで誤魔化されてやるにしてもこれだけじゃ足りない。他に何かないか? 例えば返済金額とかその辺をどうにかなったりしないか?」
「残念ながらそちらは私の権限だけでは難しいので諦めてください。私から提示できるのは二つ。現在の調理器具に使用している食用有機物カートリッジをクオリア製に変更。またはご奉仕レベルの調整。御主人様が望む程度のものとします」
どちらも今回の依頼中に限定されるとのことだが、中々に悩ましい選択である。
クオリアから購入した分のカートリッジはまだ少し残っており、帝国産との食べ比べを行ったからこそ、その質の違いを理解している。
どちらも美味い。
だが俺でも明らかに一段階上とわかる差が両者にはあるのだ。
つまりこれは実質「食欲を取るか、性欲を取るか」の選択とも言える。
しかし俺は別の理由で後者を選択した。
その理由は至って単純で、食事に関しては既に体験済みなので未体験の後者を選択するのだ。
「予想通りの選択で安心しました。後遺症はないようですね」
「さらっと不穏な単語流すのやめてくれませんかね?」
ともあれ、これでしばらくは安寧の日々が約束された。
安心してこの感触を楽しんでいたところでアイリスから報告。
「こちらに接近する艦影を前方に捕捉。数は4。どちらも民間船に偽装した軍用艦です」
来たか、と俺は顔を上げ……ようとしたがホールドされたままだ。
取り敢えず呼びかけてみるが解放される気配はない。
「早速今からお楽しみになりますか? それともギリギリまでお楽しみになりますか?」
「この状況でその選択はないだろう?」
俺の予想通りにまずはヤイン星系での会敵。
しかし襲撃が予想されるポイントは予測できても相手がどのような手でくるかまではわからない。
故にこれをどうにかするまではお預けだ。
護衛対象がいることも忘れずに対処しよう。
(懸念事項があるとすれば……ある程度武装を減らしたとはいえ、このアトラス相手にたったの4隻というのが気になる)
明らかに何かしらの策を持った相手であることには違いない。
船の性能、戦力差は明らかだが油断はできない。
まだ相手の情報もアトラスでは確認できておらず、明確な対策もまだ先だ。
顔の向きを変え、柔らかな双丘に挟まれながらブリッジの先に見える船の光を見据えていると、不意に頭上から声が聞こえてくる。
「……なるほど。そう来ましたか」
アイリスが感心したような声を出す。
それだけのことだがはっきりと理解した。
どうやら敵は一筋縄ではいかない相手のようだ。




