36:前途多難
確認したくはないが状況を確認しよう。
現在位置はリカー星系。
目的地はムオルクリオ星系のセカンダリステーション。
恐らくはそこでシーラを引き渡すことになるので、それまで彼女を守り切れば依頼達成だ。
事前準備も怠らなかったおかげで補給の心配もなし――航行に関する問題はない。
当然アトラスも万全に近い状態なのでこちらも大丈夫。
問題があるとすれば、それは護衛対象にある。
「何故だ!? 何故できん!?」
「だからな、さっき説明した通り、俺はお前を護送するのが仕事なんだよ」
ブリッジにて――艦長席に座って船のチェックや船内の状況を調べていると「トレーニングをサボるとは何事か」と詰め寄るシーラを適当にあしらっていた。
そのついでに今後の予定を軽く話したところ、思っていたのと違うのか、何度も説明を求められてうんざりした俺が溜息を吐く。
理解できていないわけではない。
ただ食い違っている。
言ってしまえば、シーラは盛大に勘違いをしていたのだ。
「我の世直しはどうなる!?」
「これはお前が殴りに行くための船じゃねーんだよ! 何回説明させる気だ!?」
そう、このグラップラーは元凶を殴り倒しに行くとばかり思いこんでいたのだ。
短い金髪をかきむしりながら「これでは父に顔向けできんではないか!?」と叫ぶ幼女。
どうやら暗殺者を撃退し続けているうちに「自分の命を狙う悪の親玉を叩き潰す」というストーリーが出来上がっていたらしく、俺が目的地までの護送のために雇われたと知るとこの通り発狂し始めた。
「お前なぁ……世の中、何でもかんでも殴れば解決するわけでもないだろ。もっといい解決策がある場合がほとんどだ。今回は諦めろ」
というか仕事の邪魔だから出ていけ、と手で追い払う仕草をするも、シーラは艦長席を掴んで離さない。
「馬鹿な! 暴力は万能の解決策だ! たとえ権力者だろうが恐怖の前には無力。その象徴たる暴力に勝るものなどあろうはずがない!」
ズビシ、と俺を指差すシーラに呆れてものも言えない。
どうやらこいつの汚染された脳には「穏便に済ませる」や「平和的解決」という言葉はないようだ。
それどころか面倒な権力絡みだから、直接的な対決をせず、侯爵やその地位を狙う者たちが裏で動いている事実すら見えていない。
「所詮はガキか」という感想はさておき、今はこいつをどう対処するか、である。
ちなみに腕力による解決は不可能。
アイリスが言うには「既に肉体強化がステージ3まで進んでおります。細胞単位で強化されておりますので御主人様では奇跡が起きない限り勝ち目はありません」とのことである。
それなりに鍛えた俺でもまず間違いなく無理、と断言された。
こんな暴力至上主義者が将来上に立つ日が来るかもしれないのだから世も末である。
「クソ!『安全に父の元に送り届けることができる船がないから』と言うから待ち続けたというのに……! ダータリアンめ、我の目的を曲解しおってからに!」
誰だって同じ対応を取ると思うぞ、という言葉を呑み込み、俺は頭を掻きながら言い捨てる。
「向こうに着けばお迎えが来るはずだ。後はそっちで何とかしてくれ」
「貴様も貴様だ! あの素晴らしき漢の生き様を見て何故考え方を改めない!?」
「どう考えても改善されてねぇからに決まってんだろ!」
この馬鹿げた会話をどうやって切り上げようかと考えていたところにある疑問が頭に浮かぶ。
「大体、殴りに行くと言うが……その殴る相手が何処にいるのかお前はわかっているのか?」
「それを含めて依頼を受けたと思っていた!」
「殴ること以外も考えろよ、お前!」
正しくお話にならないとはこのこと。
傭兵時代にもこれに近い思考の持ち主はいたが、ここまで酷くはなかった。
こんな依頼はさっさと終わらせるに限る、と目的地までのルートと時間を確認。
何事もなく順調に進んだとしても現在地からマンマール星系に戻り、そこからヤイン星系、レゼックス星系と続いてようやくナーベステル星系からムオルクリオ星系に到着する。
その間なんと68日。
カーゴスペースが空でなければ90日越えは確実だった。
そしてこれは「何事もなければ」の数字である。
(今回敵となるのは侯爵夫人と弟。それに二人の息子だ。既に送り込んだ刺客が返り討ちにあったことは把握済みだろう。となれば仕掛けてくるなら……ここか)
俺が指を差したのはヤイン、レゼックスのハイパーレーン。
ナーベステルは観光惑星が存在していたはずなので、ここでの戦闘は万が一を考えれば侯爵家といえど避けるはず。
そう考えれば船の往来が激しいマンマールは論外、ムオルクリオ星系は目的地が近すぎるのでこれも除外。
(消去法でこの二つ……ハイパーレーンで事故に見せかけるか、それとも直接叩きに来るか……判断材料が少ない)
結局後手に回ることになることに俺は小さく舌打ちした。
「我の話を聞け!」
簡易星系図を睨んでいると突然耳元で叫ばれた。
「叫ぶな、うるさい!」
「だったら人の話を聞け!」
お前が言うな、という至極真っ当な意見はこの際措いておくとして、何か言いたげなので聞いてやる。
「良いか? 我はいずれは侯爵家の当主となる身。ならば今ここで悪を裁かねば、何を以て己の正義を語る? ここを見逃せば、我が正義に筋が通らぬ」
このセリフに俺はそれはそれは大きな溜息を吐いた。
そして憐れむような目を向けて言い聞かせるように語る。
「正義? 言っておくが、今回の件に正義なんてものはないぞ? あるのはただのお家騒動。帝国貴族ってのは、力がなくては話にならない。だから互いに競い、蹴落とし合う。俺が知る限り、この程度のイザコザは珍しくもない。これは言ってしまえば貴族という社会における生存競争だ。そこに正義が介在する余地なんてないんだよ」
俺の言葉を聞くシーラが眉を顰める。
理解しているかどうかは不明だが、俺はそのまま話を続ける。
「仮にあったとしても、お前が掲げる正義の前に立ち塞がるのは、悪ではなく別の視点から見た正義だ。お前は目の前に立ち塞がる者が正義を掲げ、自分を悪と断じる者を前にして、どのように自分の正義を証明する?
どのように解決する? どのような形であれ、力による解決は禍根が残るぞ。それこそ根絶やしにでもしない限りはな。お前が望むのものはそんな世界か? 法よりも力での解決を優先すれば、それだけ多くの敵を作る。お前は貴族となるのだろう? 貴族となれば守るべき者が増える。その腕に抱え込めないほどの多くの人に、そんな世界を見せる気か? お前は本当にそれでいいと思っているのか?」
「一向に構わん!」
「即答!?」
考える素振りすらなく胸を張って答える幼女に驚愕の声を出す俺。
少なくとも為政者としての資質は皆無に等しいセリフにシーラの正気を疑った。
しかしこの幼女にも思うところはあるらしく、遠い目をして今回の一件は例外であると語る。
「貴様が言いたいことはわかるさ。だがな、我とて引けぬ理由がある。託された想いは、如何なる障害を排除してでも成就させる」
固く握った拳を見せ、シーラは己の決意を口にする。
「我は父に託されたのだ。『この拳をあの裏切り者に叩き込め』と――受けた痛みを返すことができるのは、我が侯爵家の人間となる前しかない。立場を得れば、この拳は落としどころを失ってしまう」
真面目に話をしているところ悪いのだが、多分それは勘違いだろう。
どのような会話と曲解があればそのような結論が導き出されるのかは存ぜぬが、少なくとも俺の知識の中には血の繋がった親子の間で交わす言葉の中に、こんな物騒な話になるようなものはなかったはずだ。
だが10歳の幼女の決心に水を差すのも悪い気がして口に出すことができなかった。
というか、かかわりたくなかった。
(話しぶりから察するに、既に通信で会話程度のことは行っていたか……)
となると疑問が生じる。
イズルードル侯爵はアレを見て自分の後継ぎとして鍛えることを選んだということだ。
「通信だけでは伝わらなかったかー……」
同情を過分に含んだ小さな呟きが漏れた。
猫を被っていたか、それとも会話が短すぎてその片鱗すら見えなかったのか?
ともあれ、致命的な選択をした侯爵には悪いが、俺が受けた依頼は送り届けるだけである。
貴族ってのも大変だなぁ、と遠い目をしつつ、横で熱く語るシーラの言葉をブリッジの艦長席で聞き流していた。




